36_開戦前夜sideB
「ええと…『動植物の過度な殺生をしない』、『無闇な領地拡大は厳禁』で…」
私は教科書片手の呟きながら、部屋をうろちょろしていた。なんとか詰め込みで王国律全六十八節のうち二十七節まで頭に入れる。まだ半分以上あると考えると辟易するが、かなり根詰めてやったのでそこで疲労が込み上げてきた。
机の上においていた皮袋に手を伸ばし、水を呷る。その時、いつものように試験が終わったら、マルっと忘れてしまうのだろうな、と考えた。
この学校に受かった時もそうだ。その時は中学生の中でもかなり秀でていたはずなのに、試験が終わると一転。緊張の糸がぷつんと切れたように忘れてしまう。現に中学最後の期末テストはツーランク下の高校に行った子に負けてしまうくらいだった。
「お疲れ、千鶴」
「あ、お疲れ様。黒栄ちゃん」
休んでいると彼女が個室に入ってきた。おそらく暗唱が聞こえなくなったから、休憩中と踏んでのことだろう。
「黒栄ちゃんはどこまで進んだ?」
「大体終わったわ。『王国律』と『旧・新世界学』は中学の頃に終わっているから。実質的に、他の子より課題が少ないのよ」
そうだった。黒栄ちゃんと直人は中学でもトップクラスの「
「ねぇ、黒栄ちゃん。勉強する意味ってあるのかなぁ…」
私の呟きに対し、彼女は天井に視線を送り「う〜ん」と唸りながら、考え始めた。眉間に皺が寄っている。左手の甲の上に右の肘を乗せるような格好だった彼女は「あっ」と声を発して手前の椅子を引き座った。
「意味はあるわ。まあ、実際つまらないものよ、特に基礎科目は。丸暗記も多いしね。でも、興味を惹きやすい専門性の分野を学ぶ時、基礎ができていないと本質的に理解できないのよ。ほら、木に例えると基礎科目が『幹』、専門科目が『枝葉』そんな感じかしら」
「ふ〜ん」
私は分かったような、そうでないような宙ぶらりんな気分になる。自身の結論としては「とりあえず、やっておいた方が良さそう」ということに落ち着いた。
その時、居間の方から芳しい匂いがこちらに漂ってきた。
…オーブンに仕掛けていたクッキーが完成に近いのだろう。
その香りを嗅いだ途端、私は急激な空腹を自覚する。
「一旦、休憩取る?」
「そうする」
勉強している時の甘いものの誘惑は異常だ。私たちは導かれるように居間へと移った。
* * *
「…さぶっ」
日も落ちかけ、空は夕焼けと宵闇が解け合っている。今日のノルマを終えた僕は寮の近くの森にやってきていた。
「よしっ」
準備運動を終えた僕は手始めに左肩を背の方へ迫り出すようにして能力を発動させる。体から白い燐光が発せられるのを認識する。
…調子は悪くない
僕は一度『スイッチ』を切ると、深呼吸をした。そして二歩、三歩と歩を進め、右足に意識を集中して高く飛んだ。最高到達点付近の枝葉に足をかけて、姿勢を安定させる。
黒蛇(命名:バジリスク)戦以後、僕は感覚を掴んだのか、先生の言っていた『然力の流れと純粋な運動がぴたりと一致した時に発生する衝撃は、単に能力を発動している時の運動能力を凌駕する』その技術を僅かながらに習得していた。僕は勝手に『
あの時のような、体内の自然力を全て絞り切るような攻撃をしたらまた足を壊すだろうが、『瞬間的に僅かな然力を込める』分には怪我をすることはない。
どうやらと言っても、自然なことなのだが。自然力の大きな流れを制御しようとする程、身体動作と然力のタイミングが重要で、然力の量が増えるほど、動作の一致は機敏になるらしい。
要は、自然力を込めれば込めるほど成功率が低下、失敗した時の反動が大きくなるということだ。
そのことが分かった今となっては、上位魔獣の核を砕いたあの攻撃さえも『まだ全力ではない』と思われた。
兎にも角にも、先生に課題と言われていた然力の節約は思いもよらぬ形で叶ったことになる。やはりあの時に使用した右足は秀でて然力の伝導率が良くなっており、この部位に関しては部分的な能力の発現も可能になっていた。
「…ここからはきっと試行回数だ」
そう。理屈が分かったため、此処からは感覚に覚え込ませていく作業になる。きっと、先生のようにできるようになるまでは途方もない時間がかかるだろう。
そこまで考えて、僕は鍛錬を再開した。
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