第二次巨人大戦《開戦》編
34_私が私で在れる人
その日、私はある人物を寮門で待ち構えていた。まだ日も上がっておらず、辺りは暗く、閑散としている。
「やっぱり、あなたにも届いたのね」
待ち人来たる。彼は撥水加工のされた濃い茶色のローブを羽織り、大きな荷物を持って現れた。
「そりゃ、来るだろ」
彼はそう言いながら、目元まであるフードに手を掛けた。
「なぁ、クロエ」
顔が顕になる。手元には私の手にも握られている鼠色の洋封筒があった。
「学生っていうのも肩書だけね。 ——本郷家次期当主、本郷直人」
私はそいつの名を口にする。すでにここは学校の敷地外だ。なら、校則に縛られる必要もない。
「律儀だな、相変わらず。寮門の外側で待つなんてな。 ——大日本王国第二王女、三日月黒栄様」
彼は多くの貢族がそうするように右手を左胸に添えて、敬礼をする。
「…………っぷふっ」
しじまの間、私たちは同時に吹き出した。
「っ……はぁ。今日は見送り。大丈夫なの、怪我」
彼の全治は三週間。現在、あれから二週間しか経っていない。どうしても聞きたいことだった。
「緊急事態っうので、無理矢理治してもらった」
おそらく外部からの自然力の取り込み、それを用いた再生魔術の行使だろう。損傷した体に無理な魔術行使…かなり負担がかかっているはずだ。
「そう。…今回はどれくらい」
「ざっと二週間ってとこだな」
さも当たり前のように彼は口にする。それもそうだ。戦場へ行くのも、今回が初めてではない。
「今回の進攻。かなり深刻ね」
私は手紙の内容を思い出す。
——三日後。二千に及ぶ巨人と会敵。その中には獣人も含まれる。貢族の家柄は可能な限りの戦力を北部戦線に集められたし。これほどの規模になるとあの『影ビト』が姿を現すことも考えられる。留意されよ。
通常時の進攻は二十程度のものだ。それは北部の駐屯騎士団で対応している。それより多くなると
しかし、今回は二千。ここ十年でもこれほど大きな部隊が送られてくることはなかった。だが、もう少し規模を大きくすると話が変わる。
丁度五十年前、影ビトまたそれに付き従う巨人、獣人によって宣戦布告された『第一次巨人大戦』と呼ばれる戦争。開戦以後、十五年は戦乱に見舞われたと伝わっている。
今回の敵勢力は大戦と同等の規模。民がパニックにならないようにと情報は伏せられているが、異常事態である。
「そんな深刻そうな顔すんな。俺たちが何とかする。パッパと終わらせてくるさ。まだ学生やってたいしな」
直人はそういって、ニッと口角を上げる。
『なんか僕のこと忘れてない〜』
その声と共に彼の顔の右横に火の気が現れる。ムンと膨れた顔で腕組みをしながら、ペトラが現れた。
「俺たちって言ったろ。お前ももちろん含まれてんだよ」
『……そっかぁ!』
ペトラは納得したのか、右手で左の手の平で叩いた。頭の火もポッポッと反応している。
「じゃ、しばらくな、黒栄」
直人は片手を掲げてそういうと出発しようとした。
「待って!」
私は彼を呼び止める。
「何だよ、大声出すな。一応、ここ寮門だぞ…」
「忘れてたのよ。これ渡すの」
私は上着のポケットを漁り、目当てのものを取り出す。
「これ、あなたにあげるわ」
手のひらにあるのは白耀鉱石、その原石を加工して作られたペンダントだ。
「ん、あんがとよ。貰っとく…って、これ純度高すぎるだろ。こんなの貰えるか!」
直人はペンダントを受けた手をそのままこちらに向けてくる。その反応が余りにも予想した通りで笑いが込み上げる。喉まで来ていたそれを何とか落ち着かせて話を戻す。
「貰って。これがあれば然力が不足した時にどうにか逃走くらいはできるでしょ」
「なんでお前にそこまでされる理由がある。もしかして俺のこと……好きなのか」
直人はキョトンとした顔でそういった。ペトラは私たちを交互に見て、ニヤリとする。面白いネタが入ったとでも考えていそうだ。
「そんなわけないでしょ、馬鹿。あなたに死なれると困るだけよ」
「何が困るんだよ」
そこでまた会話が途切れる。理由なんて恥ずかしくて言えるわけがなかった。
「……知らない!ほら、いった、いった!」
私は直人の手に無理やりペンダントを握らせて、肩を掴んで方向転換させる。明け方はまだ寒いのに私は高揚からか、わずかに汗をかいていた。
直人は「え」とか「あ」とか異音を鳴らしながら、私の力が加わるままに百八十度向きを変える。私はそのまま額を彼の背中に押しつけた。
「お願いだから、帰ってきてね」
自然とその言葉が口から溢れた。それを耳で聞いてハッとする。ただでさえ顔が熱かったのに、心の臓から熱が込み上げてきた。体が沸騰しそうだった。
「あっ、えと……これは…違くて………」
私は咄嗟に彼の背中から離れて後ずさりする。恥ずかしさで今すぐ姿を眩ましたいくらいだった。
「まあ、そんな心配すんなよ。一応、本郷の当主だぞ。じゃ、そろそろ行くから」
『じゃあな、黒栄!』
彼はわずかに体をこちらに傾けてから手を振ると、そのまま天誅の門の方へ去っていった。
——本当に生きて帰ってきてね
彼の背中を見送るとともに直人とあった日のことが記憶の海から呼び起こされた。
両親に物心ついた時に言われたことがある。
『自分が自分でいられる友達を作りなさい。私たちは王族として振る舞ううちに自分が少しずつ薄れていくように感じます。だから、そうあれる友達を作りなさい。』
その後にこぼれ落ちた言葉は、今でも耳に残っている。
『私たちもお父様やお母様に言われたのだけど。ついぞ、出来なかった……』
あの日、私は両親の言葉が怖くなって自室に引き篭もった。暗闇の中で嗚咽を漏らしていた。父も母も私の気持ちを理解してのことだろう。誰も人を寄越さなかった。
もうどれくらいか、時間の感覚も喪失して…泣き腫らして瞼が痛くなって…そんな時、扉が独りでに開いた。
「何だ、ここ……。ん、誰だ、お前」
『誰だ、お前!』
その声の方へ顔を上げると、一人の少年とその横にいる宙に浮いている何かがボヤけた視界に映った。
「んだよ。メソメソしてんじゃねぇ」
「えっ……あっ……あの」
ぎゅ〜〜〜〜〜〜〜
私が突然の来訪に取り乱していると、不意にお腹がなった。生存本能だ。こればかりはどうしようもなかった。
「腹減ってんのかよ。じゃあ、食堂行くぞ。ここの飯はうめえんだ」
そう言って差し出された手に導かれるようにして私は立ち上がった。その日に食べたご飯は今でも味を思い出せるほどに美味しかった。
この時出会ったのが直人とペトラだ。たまたま本郷家が三日月の王城を訪れていて、直人は暇で探検をしていたらしい。そこかしこの扉を開けては中を見るという遊びをしていたと聞いている。
これがきっかけで彼らが王城を訪れると遊ぶようになった。王城の敷地内を出ることのできない私にとって彼は唯一の外を知る遊び相手だった。
私が私のまま居られるのは、あなたのおかげ。のちに王族と知っても態度を変えないのはあなただけだった。
ふと私は元いた場所——天誅の王城を見やる。きっと今、あそこには私の影武者がいることだろう。
「未音、元気にしているかしら」
そう独りごちた。偶然、そよ風が吹いた。まるでその言葉を王城へと導いているかのようだった。
王族は表舞台に立つ時、影武者を使う。僅かながらも初代王の血を継いでいる私たちは常にその体を影ビトに狙われているからだ。私の魔眼も王族特有のものだと聞いている。だから、本当の王族のことを知るのは四大貢族、それも本家のものだけだ。彼らは王族と知ると平伏する。そして私たちは王族であることを強要される。
民が知っている王族は、
だから、私は学校では普通にしていられる。
学校を卒業しても、直人は私に会いにきてくれるのだろうか。
そんなことをふと考えた。刹那、胸がきゅうと苦しくなる。
…きてくれるといいな
そう考えながら、寮へ戻った。
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