幕間_束の間の憩い

「また私の負け!もう、これインチキじゃないの」

 そういってクロエが机を両手で叩いた。

 僕とユウの部屋に集まって、僕らはババ抜きをしている。

 今日は月曜日だが授業に行く必要はない。正確には僕らは先の蛇の魔獣…バジリスクだったか、それとの戦闘で自然力を使い果たしてしまい、実地の授業は受けられる状態ではないらしい。それで三日間ほどは午後の座学以外は出ることが禁じられている。

 しかし、その三日間というのもチヅルとユウと蒼葉だけで、僕を含む他の人はより長い休養が必要と治癒師の先生に診断された。ナオトは全身の裂傷、クロエは左眼を損傷、僕は右足の筋肉、靭帯を負傷している。

 水魔術の応用である治癒は、対象の自然力を活性化させて傷を再生するものだ。自然力が空に近い僕らには到底使えるものではない。クロエと僕は一週間、ナオトは三週間待たないと治療はできないそうだ。

「にしても、あの二人組ちゃんと助けを呼んできてくれるなんてな」

 ナオトは回収したカードを配りながらそう口にする。

「あなたが何か交渉材料を出したのでしょう?」

「さーね」

『さーね』

 ナオトの声をペトラが復唱する。明らかに濁していることはわかったが、それを追求するようなことはしなかった。ナオトのことだ。いくら聞いても流されてしまうだろう。

 僕らがバジリスクを倒した後、町から救援がきた。すぐに救急活動が行われ、僕らは馬車に乗せられて天誅に帰った。その時の処理はユウとチヅルが行ってくれたらしい。蒼葉はただの狼の振りをしていたそうだ。

「それにしても急に大金が手元に入ってくるのは落ち着かないな」

「私もちょっと怖いよ」

 ユウとチヅルは配られた手札に目を通し、ペアの物を出していく。相変わらずクロエは初手から枚数が多い。逆に計られたようにナオトの手札は少ない。


・金森商会の依頼達成…七銀貨

・うさぎの皮(五十二枚)…二百六十銅貨(一人当たり五十二銅貨)

・バジリスク討伐…金貨二枚(銀貨百枚)、懐中時計


 すでに依頼とウサギの皮の分はもらっている。相変わらず、ナオトは商人に強いようでウサギの皮を相場より少し上の値段で売買を成立させていた。(相場…四銅貨)。懐中時計、バジリスク討伐の報奨は後日、同職組合ギルドに出向く必要があると聞いている。

 それに今回の臨時対応に当たる特別報酬としてバジリスクの素材を使った防具と武器を作ってもらえるそうだ。

「そんなものよ。私たち相当強い部類に入る魔獣を仕留めたのだから。…やった、これで減ったわ」

 クロエは当然のようにそう言う。しかし、視線はカードの方へ伸びていて顔の中央に皺が寄っている。チヅルから引いたカードのペアがあったようでパッと顔を明るくしていた。

…勝ち負けにはかなり執着するタイプらしい。

『それにしてもナオト。お前、なんでその傷で生きてんだ?』

 蒼葉は絨毯の上で丸くなっていた。聞き耳を立てていたらしく会話に参加してくる。

「知らねーよ。治癒師さんにもなんか露骨に『ウワッ』みたいな表情されたわ」

 ナオトは首から下は薬草を綿で浸したものを巻いている。それも当然だった。裂傷がひどいところに自らの魔術の出力を上げる反動で体を炙ったのだ。本当に生きているのが不思議なくらいだった。

「あなたねえ、本当にそのうち死ぬわよ。そうしたら、あなたを溺愛しているお祖父様、精神病になりかねないわ」

「そうだぞ、ナオト。あの御人はお前のこと好きすぎるから、…いつもはひどく怖い顔をしているけど」

 彼は、それは痛いところを突かれたようで、虫の居所が悪いという表情をする。その後も七並べ、スピード、神経衰弱とルールを変えてトランプをしていた。

 すると昼を知らせる鐘の音が寮内を木霊した。

「食事に行きましょう」

「あいよ」

「わかった」

「うん」

「りょうかい」

『暇なのも大概にしてほしいな』

 クロエの提案にそれぞれ返事をして、僕らは食堂に向かった。

 僕はふと思った。何故あんな森の浅いところに魔獣がいたのだろうか、と。

「おーーい、ヨスガ。置いていくぞー」

 しかし、その問いについて僕は深く考えることもなく程なくして霧散した。


*  *  *


「おいおい、マジかよ」

 俺はスズカを教える授業中、事件の後処理を行なっていた金森家からの書類のある部分を見て驚いた。


 ・バジリスクと命名された個体の尻尾の裏には『斧と槍を交差させたような印』がありました。彼らの手のものと考えるのが妥当でしょう。


「あいつ、野良じゃなかったか」

 …これは知恵の回るやつ『獣人』が何か仕掛けてきているな。もしかしたら、あの『影ビト』も…。

「先生、視覚の切り替えが上手くいかなくて…」

 俺は、スズカの声に資料から目を上げる。

「それじゃ、もう一回。俺の自然力をお前に流すから、感覚を覚えろよ」

「はい!」

 ヨスガたちが魔獣を倒したという情報は瞬く間に校内に知れ渡っていた。スズカは、いい影響を受けているようでかなり熱心に授業を受けてくれている。感覚の共有を終えるとスズカは自主練に戻った。

 …戦線は遥か北。それに今は小康状態だったはずだ。ヨスガたちが戦闘になったのは天誅の西側。あいつらが真っ向からの戦いをやめたとなると…これからは随分とやりにくくなるな。

 今の状態は、相手が兵を北に集中させているから成り立っているようなものなのだ。仮にそれが神出鬼没ということになったら、都市は容易に瓦解する。

 …エミちゃん流石にそろそろ危ないよ。

 東の未開地の森深くに居住するその人へ思いを馳せた。


*  *  *


「ハクちゃん、あの子どう?」

 今日は土曜日。ママからの手紙で屋敷に来ていた。今は机に座って一緒に編み物をしている。

「…ヨスガが魔獣を倒したって噂を聞いた」

 そういうとママは編み棒を動かす手を止めて、口角を上げ高笑いした。

「アハハハ!やっぱり面白いわね。器はやっぱり数奇な運命を辿るのねえ」

「…数奇な、運命?」

 私はママの言葉に首を傾げる。どういうことだろうか。いや、考えなくていいか。考えるのはママの仕事だ。

「ハクちゃん、あの子の監視。これからもよろしくお願いね」

「…わかった」

 栗野縁と蒼葉の監視をするのは面白い。これまでも何度か監視をお願いされることはあったけれど、ここまで気持ちが昂ることはなかった。

 彼らの掛け合いは見ていて、多大な信頼がお互いの中で作られていることが分かる。

 …いつか、あの中に私も入りたいな。それで蒼葉をモフモフしてみたい。

 やはりあのモフモフへの好奇心は私の中で尽きないようだった。

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