26_懐中時計と彼の謎

「捕まったかしら?」

 乗り場で待っているとクロエは袋を肩にぶら下げてやってきた。ナオトが相変わらずの大声で応じる。御者席で立って、手を馬車にかけていたので少し揺れた。


 この御者とはさっきまで交渉をしていた。交渉というのは価格交渉である。僕らは学生服を着ている為に魔術学院の生徒であることは明白だった。制服は軽いわりに金属製の防具と大差ない防護能力を有している。市販の防具よりも優れていることから学生の愛用者は多いらしい。

 しかし、その弊害もある。学院の生徒は大抵、良い家の出であるために価格を釣り上げられることも多いのだ。

 実際、相場の五割増しに要求されたのをナオトが相場まで戻した。事前に彼が相場を知っていたこと、身分証を最初に提示させたことが大きかったと思う。しかし、最後に御者に耳元で囁いていたように見え、僕は少々気になった。


 僕らは馬車の中で待っていた。すぐにクロエも乗り、間もなく馬車が動き出す。

「これ、ユウ」

 先ほど肩からかけていた袋から二つの懐中時計が顔を出した。一つはクロエ自身が持つらしい。二人ともなれたように付属の鎖を腰のベルトに固定し、ポケットに入れる。

「私とチヅルちゃんとナオト、ヨスガとアオバとユウ。この班わけで今回は動くわ。時計は貸し出しだから壊さないようにして。本当は三つ借りたかったのだけど、『二人につき、一つの貸し出しとなります。規則ですので』と言われてしまったわ」

 不満そうに膝に肘を当てて項垂れる。まあそれも仕方がない。時計自体が珍しい。だいたい持っているのは国が認めた仕事人、領主などだ。一般人も買うことができるが量産できないこともあってかなり値が張る。確か金貨三枚(一枚あたり銀貨百枚)とかだったはずだ。


 …ん、今三つあれば、っていったか。


 制服のポケットに手を入れると爺ちゃんからもらった懐中時計に手が当たる。握るとカチカチと秒針が動くのが腕に伝わった。

「クロエ、これ使える?」

 部分的に錆び、所々に使用感のあるそれを取り出す。ゼンマイは昨日の昼頃に巻いたから止まることはないだろう。 


「え…なんで持っているのよ」

 顔を上げた彼女は時計を見ると数度瞬きをして固まった。馬車の揺れが直接彼女の体に響いているのが分かるくらいに。

 それまで会話の雰囲気と一転して、興味と猜疑によって混沌としたものになる。沈黙していたチズルとユウが視線を送り、御者席にいたナオトが荷車の方に体を向けた。

「……小さい時に爺ちゃんに貰ったんだ。『欲しいなら、やるよ』って。だから、少し古びてるけど…。あ、時計はちゃんと動くから」

 驚かれることは承知の上で提示したのだが、予想の遥かに超える反応に僕は戸惑ってしまった。

「お爺様のご職業は」

「鍛冶師」

「家名は」

「…それが何度聞いても教えてくれないんだ。『あんまり人に言うもんじゃねえ』っていつも言ってた」

 その答えが一層、疑心を駆り立てたようで空気が引き締まるのを感じた。

「そう。なら、背面を見てみて。そこに持ち主の名前が刻まれているはずよ」

 言われるままに時計の裏をみる。しかし、名前はほとんどが削り取られていた。分かるのは『金』をいう文字だけだ。

「わからないよ。見てくれ、書いていないんだ、『金』以外」

「あなたの持っているそれは王国製。つまり、マイスターしか賜らないものなの。盗品の可能性の方が高いわ。一度、衛兵に提出した方が…」


「いや、多分その必要ないぞ」


 ナオトがクロエの言葉を遮った。しかし、どういうことだろうか。

「ヨスガ、『金』って書いてるんだよな。それ多分、元々は『鉄穴かんな』って書いていたんじゃないか。俺も昔、爺に聞いたことがある。」

 ナオトは昔の記憶を掘り出すようにして説明を始める。散文的だったが要はこういう話だ。


 昔から鉄穴家は鉱物の加工、武器制作を生業にしている。どの職業でも特に腕の立つものは、王から恩賜として懐中時計と貢族としての地位を与えられる。それを賜った生産職の人は敬意を込めてマイスターと呼ばれるそうだ。

 ことは三十年前、懐中時計目的の強盗殺人が起こったことに始まる。名前さえ消して仕舞えば、かなりの高値で売買される王国製時計を狙った犯行だった。。非戦闘職ばかりを狙った犯行だった。犯人は中々捕まえられず四十三人の尊い技術者(工房にいた人を含む)が遺体となった。それは都市で起こることもあって辺境に多くの技術者が逃げ果せた。そして犯人が捕まり処刑された後、辺境から都市へと技術者の大半が戻った。

 しかし、衛兵が犯人を逮捕するまでに時間がかかり過ぎたことを訝しみ、都市に帰らない人もいたという。中でも有名なマイスターの一人が一向に帰って来ず、行方知れずになったのは当時、かなり取り沙汰されたらしい。


「…だから、お前が爺ちゃんっていっている人がその帰らなかったマイスターなんじゃねって話だ。それと、ちょっと時計見して。」

 「ナオトは長話になるから」と御者にいい、馬車の座席に移る。僕は言われた通りに彼に時計を渡す。すると彼は外から入る光を頼りにそれを目に近づけたり、遠ざけたりを繰り返して「ほい」と僕に時計を返した。


「鍛冶師に多い癖として時計の凹みを直さないのがある。ヨスガのそれももれなく凸凹しているだろ。鍛冶師は火花が飛んだり、持った時に凹んだりがしょっちゅうだから壊れない限りは直さないらしい。それに年代物特有の経年変化も現れてる。ここまで実質証拠が揃うと盗品である可能性の方が低いと思うぞ」

「……はあ。あなたがそう言うのならそうなのね。衛兵に出すのはやめておくわ」

 どうやらナオトは時計好きらしく、それを所有する人から見せてもらうことを繰り返した結果、かなりの鑑定能力を備えているようだった。家にも歴代の当主が王から賜った時計が数多く飾られているらしい。

 彼の生い立ちに少々興味を持った僕だった。

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