十、決着

 盛大に砂塵を巻き上げながらホバー型戦車が走っている。


 無人機からの映像に映るホバー型戦車は砲塔を正面に向け、射程に入りそうな無人機に迎撃用メーザーを向けている。


(おかしいっす)


 フサリアが向かってきていることに気付いて離れるように進路を変えたのに、ホバー型戦車は反転どころか砲塔をフサリアに向けようとさえしない。


 一三〇ミリ戦車砲に換装したことやその射程を知らないのだとしても、追いつかれつつあることに気が付いていないはずがなかった。


(まさか、サイバー攻撃でおかしくなってるっすか?)


 考えたくもない思いつきを打ち消して、飛雄馬は視線操作でホバー型戦車をロックオンした。ロックオンされたことに気付けば、いくらおかしくなっていたとしても回避行動くらいはするはずだった。


 飛雄馬が射撃ボタンに指をかけて待ちかまえていると、ホバー型戦車が進路を大きく変えるために横滑りを始めた。砂塵を一層巻き上げて姿が見えにくくなったが、砲塔も旋回を始めて、フサリアを狙おうとしていた。


「勝負っす!」


 ホバー型戦車はフサリアの射程に入る直前で横滑りと砲塔の旋回を終え、フサリアの前方を右に横切る進路で再加速を開始した。


 その加速が不十分な間にフサリアは距離を詰めて一三〇ミリ戦車砲を発砲。


 砲塔下側の車体を狙った徹甲弾は地面の起伏で下がった車体上面を滑って砲塔正面に命中。それぞれの装甲シートを吹き飛ばしたが、貫通はできなかった。


 さらに距離が詰まってホバー型戦車も戦車砲を発砲。


 フサリアの砲塔正面を直撃して、飛雄馬は激しい衝撃と轟音に襲われた。


「クソ!」


 ヘッドマウントディスプレイに自動で表示された被害状況図によると、フサリアの装甲は多数の装甲シートと引き換えに直撃に耐え、戦闘続行に支障はないようだった。


 飛雄馬はハンドルを右に回してホバー型戦車の追跡を続けながら再び発砲。


 今度は車体後部の側面に命中して貫通。空気取り込み用のファン二基を破壊、一基を損傷させて、ホバー型戦車の特徴だった高い機動性を奪った。


 破壊されたファンと貫通した車体側面から取り込んでいた空気が吹き出し、車体を持ち上げられなくなったホバー型戦車は急ブレーキをかけたように速度を落として激しく砂塵を巻き上げた。


 ホバー型戦車はそれでも砲塔を動かしてフサリアを攻撃しようとしたが、自ら巻き上げた砂塵でフサリアをすぐに見付けられない。


「もらったっす!」


 無人機からの情報を使える飛雄馬はこの隙を見逃さなかった。迷わずに射撃ボタンを押して、再装填が完了した戦車砲を発砲。


 三発目は初弾が外した砲塔下部の車体側面を貫通して、車体内の弾薬庫を誘爆させた。


 飛雄馬は砲塔が吹き飛ぶところを想像したものの、実際のホバー型戦車はまだ破壊されていなかったファンから炎を激しく吹き出した。被害が広がりにくいように、あらかじめ爆発の勢いがファンに抜けるように作られていたようだ。


 勢いが弱くなった炎を吹き出しながら、ホバー型戦車は砲塔の旋回を再開してフサリアに発砲。


 もう戦闘不能だと思っていた飛雄馬を驚かせた砲弾はフサリアの近くを通過した。


「……それでこそ戦車っす」


 気持ちを落ち着かせるために大きく息を吐いてから、飛雄馬はもう一度戦車砲を発砲。


 四発目は車体後部の側面を貫通して主電源の対消滅熱電地を破壊し、ホバー型戦車を今度こそ完全に戦闘不能にした。


 飛雄馬は無人機からの映像も使ってホバー型戦車が戦闘不能になっていることを念入りに確認して、タケルに通話をつないだ。


「A1にA2から報告。THを撃破した。これよりTLを撃破するためG1に向かう」

「A1了解。TLは現在C班およびD班と交戦中。両班ともTLに押し込まれているため、A2は可能な限り早く両班と交代してTLを撃破せよ」

「A2了解。可能な限り早くC班およびD班と交代してTLを撃破する」


 復唱して通話を終えた飛雄馬はアクセルを再び踏み込み、ハンドルを切って両班のところへと引き返した。


 C班はハンターのパーティーの大物狩り、D班は同じくハンターのパーティーの電光のことで、それぞれ大口径機関砲搭載型装輪装甲車一両、間接火力支援型装輪装甲車一両、偵察型装輪装甲車一両の計三両で構成されていたが、飛雄馬がヘッドマウントディスプレイに情報を表示して状況を確認すると、大物狩りが偵察型装甲車一両、電光が大口径機関砲搭載型装甲車一両しか残っていなかった。


「ボロボロじゃないすか!」


 飛雄馬は身を乗り出してしまうほど驚いて、失われた四両についての情報を戦闘支援システムにまとめさせた。機動性で勝っているはずの四両がすべて多脚型戦車に撃破されたのなら、評価をやり直さなければならなかった。


 ヘッドマウントディスプレイにすぐに表示された情報によると、多脚型戦車に撃破されたのは二両だけで、一両は多連装ロケットに撃破され、一両はその護衛として外れたとのことだった。


(車高を下げた防御体勢でも車体旋回速度が思っていたより速いし、データリンクも活きてるみたいっすね)


 多脚型戦車に撃破されたときの二両の映像を確認して、飛雄馬は音声操作で多脚型戦車の現在の様子が分かる映像に変更した。


 二両を失った大物狩りと電光は孤立した多脚型戦車の左右から銃撃を繰り返して多脚型戦車の砲塔を防盾の陰に隠れさせ、左右を砲撃できないようにしながら足止めをしていた。

 偵察型装甲車の機関砲でもセンサーマストや迎撃用メーザーなどを破壊できたし、大口径機関砲搭載型装甲車の徹甲弾ならさらに砲塔後部や車体後部の装甲を貫通できるため、多脚型戦車も簡単には砲塔を出して反撃したり、無視して前進したりできないようだ。


 飛雄馬は戦闘支援システムにフサリアが多脚型戦車を攻撃できるようになるまでの時間を計算させ、大物狩りと電光に交代を伝えるために通話をつないだ。


「C4とD2にA2から連絡。TLとの戦闘を交代するために急行中。三二秒後に攻撃を開始するので、直前に退避してほしい」

「C4了解。A2による攻撃直前に退避する。データリンクでA2による攻撃のカウントダウンをしてほしい」

「D2了解。A2の攻撃直前に退避する。間に合わなくても構わず攻撃してくれ」


 共通通訳機越しの声がヘッドホンから聞こえた。


 今までほとんど言葉を交わしたことがなかったため、二人の声は共通通訳機が自動的に割り当てた声だったが、二人ともまだ戦い続けられそうな張りのある声だった。


(絶対に命中させるっす)


 余力がありそうな二人に宣言しておいて外したら最高に格好悪かった。


 飛雄馬は戦闘支援システムにカウントダウンを設定させ、視線操作で正面の映像を拡大して多脚型戦車の車体正面をロックオンした。


 カウントダウンがゼロになる直前に、多脚型戦車の左右から大物狩りの偵察型装甲車と電光の大口径機関砲搭載型装甲車がほぼ同時に退避する。


 フサリアの正面には多脚型戦車だけが存在した。途中に起伏や障害物もなく、ほぼ正面を向けて全身をさらしていた。


 飛雄馬はフサリアを最高速度で突進させながら、多脚型戦車の射程外から一三〇ミリ戦車砲を発砲。


 わずかな時間をおいて狙いどおりに命中して貫通。車体正面にある機器を破壊し、右側の一番目と二番目の脚を使用不能にした。


「よし!」


 飛雄馬は多脚型戦車が右脚をもつれさせ始めたのを見て、右手を握りしめて短く声を上げた。悪条件でも初弾から命中させるフサリアは本当に優秀だった。


 多脚型戦車は動かせなくなった脚を根元から切り離してフサリアの射線から逃れようと走り出すが、バランスの悪い六本脚では今までと同じ速度を出せなかった。反撃しようにも一二〇ミリクラスの戦車砲ではまだフサリアに届かない。


 左側面を向け、砲塔を大型の防盾に隠したまま走る多脚型戦車に再装填を完了したフサリアが発砲。


 二発目は左側一番目の脚の防盾を貫通して脚を破壊した。


 少しでも速度を上げようとしていた多脚型戦車は車体前方を支えていた脚の大半を失って前のめりに転倒。運転手が乗っていたら意識を失いかねないほどの衝撃で、砂塵が激しく巻き上がって多脚型戦車の姿を覆い隠した。


 飛雄馬はアクセルから足を離して減速させながら砂塵が収まるのを待つ。


 上空を旋回していた無人機が、立ち上がりながら砲塔をフサリアに向けようとしている多脚型戦車を発見した。


 あれだけの衝撃を受けてもすぐに立ち上がって戦い続けようとする様子は称賛に値した。飛雄馬にはとてもまねのできない戦い方だった。


 でも、その素早い行動もフサリアの再装填の速度にはかなわなかった。


(遅いっす)


 飛雄馬は無人機からの情報でロックオンしていた戦車砲を発砲。


 三発目は砲塔正面に命中して貫通。内部の機器を破壊されて多脚型戦車は射撃不能になった。


 それでも動こうとする多脚型戦車に、飛雄馬はとどめとして再び発砲。


 四発目は左側二番目の脚を破壊して、再び転倒した多脚型戦車は立ち上がることもできなくなった。


 飛雄馬はもがく以上のことができない多脚型戦車を見て戦闘不能にしたと判断し、タケルに通話をつないだ。


「A1にA2から報告。TLを戦闘不能にした。完全に破壊していないので、迫撃砲か無人機による支援を要請する」

「A1了解。TLの処分はこちらで行う。A2は本隊に合流して後退を援護せよ」

「A2了解。本隊に合流して後退を援護する」


 飛雄馬は通話を終了して、アクセルを踏み込みながら音声操作で地図をヘッドマウントディスプレイに表示して状況を確認する。


 車両隊の本隊とモンスターの前方集団は右前方で交戦しているが、前方集団を左翼から突き崩しきれなかった本隊は大きな被害を出して後退を始め、車両を多数失って多脚型戦車を孤立させるくらい劣勢だった前方集団は反撃に転じようとしていた。


(早く攻撃しないと危ないっす)


 一足先に合流した大物狩りと電光の二両によって戦力を回復させていても、本隊は直接敵と撃ち合えない車両が多く、守勢に回った場合に守りきれない可能性が高かった。


 地図をにらんでいた飛雄馬は前方集団がすでにフサリアの射程内で射線も通っていることに気付いて、合流するまでの間にも攻撃できないかと目標を探した。


 攻撃できそうなのは砲火力支援型装甲車一両、大口径機関砲搭載型装甲車一両、偵察型装甲車一両、軽装甲車一両の四両で、この四両だけでも今の本隊の戦力に匹敵した。


 飛雄馬は連続して攻撃できるように戦闘支援システムに四両の追尾を指示し、視線操作で地図を小さく表示し直してからタケルに通話をつないだ。


「A1にA2から連絡。今からG1への攻撃を開始する」

「A1了解。感謝する」


 タケルからの短い返事を受けて、飛雄馬は戦闘支援システムが追尾していた大口径機関砲搭載型装甲車にロックオンして発砲。


 弾種変更する時間を惜しんで発射された徹甲弾は、射撃を続ける砲塔正面の装甲を貫通しただけでなく、砲塔そのものを貫通した。


 一瞬遅れて機関砲弾が誘爆して貫通した穴などから炎が吹き出し、撃たれた装甲車は戦闘不能になった。


(次!)


 飛雄馬は次の目標として砲火力支援型装甲車をロックオンし、再装填を待って発砲。


 榴弾は車体側面を貫通して、車内で爆発。砲塔が炎と共に吹き飛んで戦闘不能になった。


 フサリアからの攻撃に気付いた前方集団は本隊を盾にしようと一斉に動き始めたが、逃がすつもりなどない飛雄馬は偵察型装甲車をロックオンして発砲。


 車体後部側面を貫通して爆発し、車体後部の大半をこっぱみじんにした。


 前方集団は瞬く間に今の主力だった三両を失い、本隊との戦闘の流れが変わった。後退中だった本隊も大物狩りと電光の二両を中心に反撃に転じる。


 一番小型で加速性が高く、本隊を盾にすることに成功した軽装甲車が大物狩りの偵察型装甲車からの射撃で撃破された。


 ほかにも二両が本隊からの攻撃で撃破されて、前方集団はフサリアを始めとする車両隊の前に全滅した。


(やったっす)


 飛雄馬は本隊と合流するためにフサリアを減速させながら、視線操作で地図を操作して次の目標である後方の集団の位置を確かめ、残っている本隊の車両を眺める。


 被害が大きいことは知っていたが、タケルの間接火力支援型装輪装甲車が撃破されていたことは初めて知った。けがをしていないらしいとはいえ、普通に通話できていたため考えもしなかった。


 砂漠のネズミも砲火力支援型装輪装甲車と偵察型装輪装甲車、人員輸送型装輪装甲車を撃破されていて、車両隊は半数以下の六両になってしまっていた。


 でも、後方集団は自走多連装ロケット三両を含む三十両近くがそっくり残っている。大型トラックや貨物型装甲車など戦力とはいえない車両が大半で、すでに撤退を始めているとはいっても、その数はあなどれなかった。


(この状態で追えるっすか?)


 フサリアならすぐに追撃できても、戦車砲の残弾が心もとなかった。ほかの車両も似た状況だと思うと、追撃してもすべて撃破することは難しいように思えた。


 飛雄馬がフサリアだけで追撃して自走多連装ロケットと多連装ロケット用弾薬車だけでも撃破することを検討していると、車両隊の隊長である砂漠のネズミの副団長から全員に向けての通話が入った。


「車両隊全員に隊長から通達。撃ち方止め。動ける者は全員集合せよ」


 すぐに追撃しないようだった。


 積極的に反対する理由もなかったので、飛雄馬も合流してほかの車両を援護しやすい場所にフサリアを止めた。後方集団は撤退を続けていることから、作戦はこれで終了という気がした。


 集合した全員が隊長の乗る通信・電子戦型装輪装甲車に注目する中、隊長から通話が再び入った。


「車両隊全員に隊長から通達。作戦を終了する。戦車二両を含む多数の車両モンスターを撃破して、残ったモンスターも撤退した。明らかに我々の勝利だ。全員の奮戦に心から感謝する。

 敗北したモンスターの群れは多数の車両と弾薬を失い、町で補給できなかった以上、戻ってくることはないはずだ。無人機による追跡と監視は続行するので、各班は撃破された車両と人員の救援を始めてほしい。町から応援も来るから、三時間後には町へ出発したい。周辺警戒はB3が行う」

「隊長にA1から質問。G2を追撃しないのですか?」

「しない。TLが予想より強かったため車両と残弾に余裕がない上、救援を求めている隊員や車両も多い。また、G2も撤退に際して予想を大きく上回る数の小型無人陸上車両を展開させている。少数でこの妨害を排除しながら追撃するのは困難が多く、万が一フサリアが履帯を切られて行動不能になったら形勢が逆転しかねない。

 よって、G2に対しては無人機による追跡と監視のみとし、もし反転してきた場合は今回と同様に迎撃する」

「A1了解。撃破された車両と人員の救援を開始します」


 代表して質問したタケルと隊長のやりとりが全員に聞こえて、飛雄馬も隊長の説明に納得した。飛雄馬も残弾が心もとない状態で追撃することには不安があったし、単独や少数で予想を大きく上回るという数の小型無人車両の相手なんてしたくなかった。


(G2を撃破できないのは残念だけど、役目は果たせたっす)


 もっと早くホバー型戦車を撃破して多脚型戦車に向かっていれば大物狩りも電光も被害を小さくできたかもしれないとか、そうできていれば砂漠のネズミの被害も小さくできてタケルの装甲車も撃破されなかったのではないかとか、車両隊の被害を小さくできていれば後方集団も撃破できたのではないかとか、後悔や反省はいくつもあったが、戦車二両と装甲車三両を撃破して活躍したこと、ホバー型戦車を撃破して車両隊が包囲されるのを阻止したことは確かだった。


 ミカや師匠は間違いなくほめてくれるだろうし、お嬢も厳しく批判しつつ認めてくれる気がした。大きな被害を出したほかのパーティーがどう思っているかは不安でも、タケルやリーダー、先生、ばあや、親方は味方してくれる気がした。


「フサリアにふさわしい持ち主になれてるっすかね」


 飛雄馬は誰にも聞かれないようにつぶやいて、救援するためにタケルに通話をつないだ。

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