八、作戦

 飛雄馬が町を守るために戦うと決めたことで町の防衛隊は戦車を含むモンスターの群れに直接対抗できるようになり、作戦の幅が広がった。


 特に、町の防御施設の外で戦う作戦を採れるようになったことは町が被害を受ける可能性を小さくすることでもあり、町の住民や滞在者たちの不安を大きく軽減した。


 町の商工会は町がモンスターの群れの多連装ロケットの射程に入る前に迎え撃つ方針を決め、町の防衛隊はこの方針に沿って作戦を練った。


 町の防衛隊に参加する商会やパーティーの代表者が集まって練り上げた作戦は、防衛隊の車両より数が多いモンスターの群れを電子戦の優勢と無人機による航空優勢で妨害しながら、味方の多連装ロケットや榴弾砲の火力支援を受けやすい、町がモンスターの群れの多連装ロケットの射程に入る直前で、飛雄馬たち車両隊が直接迎え撃って撃破するというものだった。


 車両隊は間接火力支援型装甲車の迫撃砲で先手を取り、フサリアを先頭にした斜行隊形によってモンスターの群れの前進を受け流しながら側方に回り込んで群れを前後に分断し、後方から戦車などを撃破した上で、モンスターの群れの後方にいるはずの自走多連装ロケットを撃破するという計画で、側方に回り込むことが難しければ、フサリアを最後尾にして味方の多連装ロケットや榴弾砲の射程内まで後退して火力支援を受けて逆襲し、後退が難しければ、戦闘を町に残っている味方に任せて一旦離脱した上で改めて群れの後方から攻撃することになっていた。


 整備工場の応接室で、ミカと共に作戦会議に参加したタケルから作戦の説明を受けていた飛雄馬は、感じた疑問を口にした。


「モンスターの群れは戦車が二両いて、砲火力支援型装甲車の数でも防衛隊を上回っているし、さらに何両か装甲車やトラックが合流する見込みっす。数の優位を活かしていくつかの集団に分かれ、二方向以上から攻めてきたらどうするんすか?」

「無人機による攻撃で足止めしつつ、各個撃破します。

 モンスターの群れで無人機に対して自衛以上の戦闘能力を持つ車両は自走多連装無人機ランチャー二両だけで、新たに合流する見込みもありません。モンスターの群れは元々貨物型装甲車や大型トラックといった戦闘に適さない車両や自走多連装ロケットなど最前線での戦闘に向かない車両を後方に分けなければなりませんから、それ以上に群れを分けると無人機からの攻撃に対して脆弱になります。戦車など一部の車両は耐えられても、ほかの車両が大きな損害を受ければ町への襲撃は失敗するでしょう」

「作戦では妨害しかしない予定っすけど、無人機で足止めできるんすか?」

「無人機からの攻撃に対して脆弱な相手であれば十分にできます。

 町の防御施設の外から町を攻撃できる自走多連装ロケットさえ撃破してしまえば、各個撃破するまで放置してしまっても支障ありませんし、装甲車を減らせるだけでも楽に戦えるようになるでしょう」

「オレたちが多連装ロケットや無人機で攻撃されたらどうするんすか?」

「被害は出るでしょうが、味方の無人機や携帯対空ミサイル、車両防護システムである程度迎撃できますから、大きな被害にはならないと思います。

 また、私たちが攻撃される分、多連装ロケットや無人機で町を攻撃される可能性が減ります。モンスターの群れの自走多連装ロケットは三両、多連装ロケット用弾薬車が二両ですから、多連装ロケットが攻撃できる回数は最大で五斉射です。モンスターの群れは町の外郭防衛線と内郭防衛線の門を最低一ヶ所ずつ破壊しなければ町に入れないので、私たちが四斉射されれば、モンスターの群れを撃破できなくても町を守れます。

 とはいえ、四斉射するためには時間のかかる再装填をしなければなりませんし、車両攻撃と門などの構造物攻撃では違う種類のロケット弾を使うはずですから、実際に私たちが多連装ロケットで攻撃されるのは最大で三斉射でしょう」

「戦車のモンスター二両はオレが相手するんすよね。勝てるっすか?」

「無傷とはいかないでしょうが、勝てるはずです。

 モンスターの群れが町への襲撃を成功させるためには私たちをすべて撃破しなければなりませんから、私たちを包囲するために横に広がるか、縦に延びます。戦車のモンスターはその両端に配置されるでしょうから、一度に相手をするのは一両です。また、戦車のモンスターはホバー型と多脚型が一両ずつで、どちらもフサリアより軽装甲かつ荒野では機動力が劣ります。一三〇ミリ戦車砲に換装するフサリアがそれほど苦戦するとは思いません」


 テーブルを挟んで飛雄馬の正面に座るタケルが二つの大きな複眼で飛雄馬を見詰め返した。


 安心させるために励ます訳でも、奮い立たせるために挑発する訳でもなく、ただ事実のみを説明する感じで、飛雄馬は一定以上に近付けない壁を感じたが、うそやごまかしのないところに改めて良い印象を覚えた。


「ほかに質問はありますか?」

「ないっす」


 飛雄馬の返事を受けて、タケルは隣に座っているミカに頭を向けた。二人のやりとりを見ていて油断していたらしいミカは一瞬だけ慌てていたが、すぐに取り繕った様子でうなずき返した。


「ミカ、フサリアの主砲の換装と装甲シートの増設はあとどれくらいで終わりますか?」

「早めに連絡をもらえたので、あと数時間で完了する予定です」

「ありがとうございます。

 飛雄馬、作業が完了したらすぐに走行試験と射撃試験を始めてください。モンスターの群れがいつ動き始めるか不明ですが、それ程余裕があるとは思えません」

「了解っす」

「ミカ、私からは以上なので、あとの連絡事項はお願いします。

 私はこれから民間防衛隊の後任者を手伝ってきます」

「分かりました」


 ミカは円柱を斜めに固定したような形のイスから立ち上がったタケルを目で追いながら答えた。


 このイスにまたがるように座っていたタケルは飛雄馬の鼻の位置くらいの背の高さで、L字型の胴体に一対二本の腕と一対二本の上半身を起こすための長い足、二対四本の下半身を支える短い足があって、頭には複眼のほかに堅くて大きな物を噛み砕いて食べるための大きくて強いアゴを持っていた。


「タケルも無理はしないでください」

「ありがとうございます。

 ミカも無理だと思ったら周りの人にどんどん仕事を投げてください。手伝いたくて待っている人たちもいますから」


 タケルはミカに向き直り、右手を胸に当てて感謝すると、一足先に応接室を出ていった。革鎧のように丈夫で堅い服を着ていることもあって、地球の昆虫というより騎士や武士のように見えた。


 広い応接室に飛雄馬とミカが残されて、タケルを見送ったミカが飛雄馬に向き直った。


「私たちも急ぎましょう。

 タケルみたいに質問にはっきり答えられる自信はないから、先に資料を共有しておくね。タケルが説明した部分の資料も入ってるから、よく分からないところがあったりしたら確認して」

「張り切ってるっすね」

「新米でも商会長だからって遠慮なく責任を割り振られてるからね。飛雄馬だってやることたくさんあるんでしょ?」

「そうっすね。タケルから個人装備の点検と銃の射撃訓練とサバイバル訓練を復習するように言われて、終わったら部隊行動のシミュレーション訓練もやるように言われてるっす」

「傭兵やハンターでもなかったら、部隊としての戦闘行動なんてまずしないものね」


 ミカが飛雄馬の返事にうなずいてから話を戻した。


「飛雄馬に知っておいてもらわなきゃいけないことはいくつもあるけど、まず私たちの商会から車両隊に参加するのは飛雄馬とタケルの二人、フサリアと間接火力支援型装輪装甲車の二両です。ほかには傭兵団の砂漠のネズミから砲火力支援型装輪装甲車と大口径機関砲搭載型装輪装甲車、間接火力支援型装輪装甲車、通信・電子戦型装輪装甲車、偵察型装輪装甲車、人員輸送型装輪装甲車が各一両ずつの計六両、ハンターのパーティーの大物狩りと電光から大口径機関砲搭載型装輪装甲車と間接火力支援型装輪装甲車、偵察型装輪装甲車がそれぞれ各一両ずつの計六両参加するから、車両隊全体では一四両になります。

 隊長は今までどおり砂漠のネズミの副団長ですが、各車両を直接指揮することはなくてパーティーごとに指示を出すので、飛雄馬はタケルの指示に従ってください。なお、タケルが乗る間接火力支援型装甲車はフサリアの後ろを走りますが、援護などは考えないで敵戦車に集中してほしいそうです。

 隊列は飛雄馬とタケル、砂漠のネズミ、電光、大物狩りの順で、時間があれば最寄りの門近くの駐車場に集合してから出撃します。モンスターの群れの監視はできているので不意をつかれることはないと思いますが、その辺はタケルの指示に従ってください。

 あとは、各自用意すべき物や通信機の設定、暗号コード、符丁リストなどは共有した資料を参考にしてください。フォボスとダイナは一三〇ミリ戦車砲の制御に必要なソフトウェアのインストールと調整以外では運転席周りに触りませんから、その辺の確認と微調整もお願いします」

「了解っす」


 飛雄馬はテーブルの上に表示した資料を確認しながらうなずいた。


 資料によると、車両隊に参加する車両が防衛隊に参加している車両の半分以下である理由は、モンスターの群れと同じように、戦闘に適さない車両や最前線での戦闘に向かない車両が含まれるためで、数の差は電子戦や無人機による妨害と一部の装甲車に特殊装備として搭載する対戦車ミサイルで補うとあった。


(一四両といっても直接敵と撃ち合えるのは、フサリアと砲火力支援型装甲車、大口径機関砲搭載型装甲車、偵察型装甲車の八両だから、なかなか厳しいっすね。序盤にどれだけ混乱させて削れるかがカギっす)


 初めての本格的な戦車戦に興奮している飛雄馬は、自分も序盤から貢献できないかと思って資料から一三〇ミリ戦車砲の射程や命中精度を探して、一二〇ミリ戦車砲より射程が長く、命中精度も悪くないことを確認した。先制攻撃ができるなら、飛雄馬も十分貢献できそうだった。


(威力も大きいみたいだし、戦車との対戦はそんなに苦戦しないかもしれないっす)


 同じ資料に搭載弾数は少なくなるともあったが、わざわざ徹甲弾を多めにする必要はないかもしれないと思った。


「ミカ、フサリアに搭載する弾種についてフォボスとダイナに相談してきて良いっすか?」

「何言ってるの。

 まだ説明が終わっただけだし、飛雄馬だって部隊行動のシミュレーション訓練があるんでしょ。これから飛雄馬に確認しなくちゃならないことだってあるんだからあとにして」


 ミカは飛雄馬の言葉を即座に却下して、腰を浮かせかけた飛雄馬をにらんだ。どうやらミカは飛雄馬が資料から顔を上げるのを待っていたらしかった。


「個人装備の点検で問題はなかったみたいだけど、交換や補充が必要な物は本当にない? サイズが合わなくなってて、きついとかゆるいとかあったら遠慮しないで言ってよ。サイズが合わないせいで集中できなくてやられたとかイヤだからね」

「大丈夫っす。サイズは変わってないっす」

「体調はどう? 落ち着かないとか、集中できないとか、気持ちが落ち込むとかある?」

「ないっす」

「落ち着きが少し足りないみたいだけど、それ以外は大丈夫そうね。飛雄馬は自分の心身を過信しているところがあるから、休めるときはしっかり休んでよ?」

「了解っす」

「遺言状と遺言執行者は変更なしで良いの? この半年間で変更したくなったり、追加したくなったりしたことはない?」

「ないっす。死ぬつもりもないっす」

「万が一フサリアが撃破されて脱出することになったらどうするか分かってる?」

「安全な距離まで離れたら、できるだけ動かないで救助が来るまで隠れているっす」

「そう。必ず助けに行くから、自力で脱出しようとか、仲間のために犠牲になろうとかしないでよ。

 あと、蘇生してもらえるからって自分から死を選ばないで。蘇生だって絶対じゃないし、簡単に死を選ぶ人はそのうち特攻するようになったり、させるようになったりして、命を軽く考えるようになるから」

「分かったっす。約束するっす」


 飛雄馬は確認のための質問という以上にあたりがきつくなってきたミカに気圧されて姿勢を正した。


 ミカの言っていることは大げさにも思えたが、シーダーに居続けたいからと無理をしたり、しようとしたりしていたことは事実だったから、飛雄馬は反論しないで受け入れた。


「ほかに確認することはあるっすか?」

「ないけど、本当に無事に帰ってきてよ?」

「フサリアを傷付けたくないし、オレ自身も痛い思いをしたくないから、できるだけ気を付けるっす」


 飛雄馬から目を離さないミカを飛雄馬も見詰め返した。無理に格好良いことを言おうとすればフラグを立ててしまう気がして特別なことは言わなかったが、目に力を込めて精一杯信じてもらおうとした。


 二人は少しの間無言で見詰め合って、飛雄馬が先に目をそらせた。


「ミカも次の仕事があるんすよね?

 モンスターの群れがいつ動き始めるか分からないから、お互いやるべきことをがんばるっす」

「そうね。そろそろ次の仕事に行かなきゃ」


 最後まで飛雄馬から目を離さなかったミカが先に立ち上がって、妖精に応接室の後片付けを頼んだ。


 応接室の扉へ向かうミカに続いて飛雄馬も遅れないように立ち上がった。


(……ミカに勝てなかったっす)


 飛雄馬はまだ信用が足りていなかったことを実感した。


 シーダーから移籍したくないとごねていたことからまだ挽回できていなかったし、初めての戦車戦で防衛隊唯一の戦車だからと浮かれすぎていたかもしれなかった。


 応接室を出ていくミカの背中を追いかけながら、飛雄馬は信用を得るためにも部隊行動のシミュレーション訓練をがんばろうと思った。

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