四、偵察車両

 飛雄馬の乗ったフサリアが町へと続く街道を進む一六両の車列に車列の左方から接近する。


 すでに互いに直接確認できる距離になっていて、飛雄馬はフサリアの装甲越しに車列から向けられている多数の視線を感じた。


(緊張するっす)


 飛雄馬はこれから町の防衛隊のパート隊員として車列の確認をすることになっていた。町の商会にフサリアの費用を保証してもらうための条件としての仕事だったが、事前に申告されていなかったり、偽装したりしている不審な車両から町を守る大切な仕事だった。

また、町を初めて訪れる相手に対しては町への印象を左右する重大な仕事でもあった。


 友好的ではあっても軽く見られてはいけない。


 仕事に取りかかる前に、飛雄馬は防衛隊の上司である車両隊の隊長から言われたことを思い出した。暗記するくらい心に残っていたし、そうなりたいと思って努力もしていたが、飛雄馬は軽く見られないようにすることがまだできないでいた。


(共通通訳機がそれらしく通訳してくれれば助かるんすけど)


 飛雄馬はリーダーの口調を思い出しながら、実力のある防衛隊員を精一杯演じて車列の代表に通話をつなぐよう音声操作した。


「車列の代表に町の防衛隊から通告。これより申告された車列の編成を確認するため、車列の左後方より接近して併走する。

 武器を向けたり、速度や進路の急な変更をしたりするなど、敵対的と判断される行動をしたときは自衛の手段として攻撃する場合があるので、確認が終わるまで速度と進路を維持してこちらの指示に従うように」

「了解。

 まさか本当に戦車が来るとはな。いつものドローンはどうしたんだ?」

「戦車では不満か?」

「町の交通管制にあらかじめ言われていても、見慣れない戦車に接近されて動じないほど図太くないんでな」

「それはすまなかった。今から見慣れてくれ」

「そうするよ。

 しかしまあ、ずいぶんと強そうな戦車だな。おたくの町が戦車を使い始めたという話は聞いていたが、大手の傭兵団でもなかなか見ないぞ?」

「そうらしいな。エルダーの差し入れに感謝だ」

「まったくうらやましい話だ。

 新しい基地を造り始めたとも聞くし、人手がいくらあっても足らないだろう」

「どうだろうな。往来が増えてオレたちがいつもより忙しいことは確かだ。

 開始位置に到着した。これより左旋回して併走しながら確認を行う。センサーマストを車列に向けるが、攻撃動作ではないので反応しないように」


 飛雄馬はボロが出ないうちに車列の代表との通話を打ち切って、フサリアを左旋回させる。車列の位置を確認しながらハンドルを回してアクセルを踏み込み、できるだけフサリアをふらつかせないように細心の注意を払って車列と併走させた。


 演じている実力のある防衛隊員にふさわしい運転をしようと、流れるような滑らかな動きでフサリアを運転するのは大変でも、すぐにあれこれ聞こえてこない分、通話よりは気が楽だった。


 フサリアは無事に車列と併走を始め、センサーマストを車列に向けてゆっくりと追い抜きながら車列の編成を撮影した。


 撮影した画像などのデータは町に送られて詳しく確認されるが、データの一部は飛雄馬が見ているヘッドマウントディスプレイにも表示される。


(見て分かるような申告漏れや偽装はなさそうっすね)


 整備士として車両の足回りに注目してみても、サスペンションの不自然な沈み込みや挙動はなさそうだったし、未申告の改造も行われてなさそうだった。

また、それ以外に視線を移しても、ラジエーターが過剰に増強されていたり、用途が分からないハッチがいくつも設置されていたりといったこともなさそうだった。


 町に送ったデータを確認していた担当者も飛雄馬と同じ判断だったらしく、フサリアが車列を追い抜いてすぐ、飛雄馬に通話で車列の反対側も撮影するように指示を出した。


 飛雄馬も車列の代表に通話で指示する。


「車列の代表に町の防衛隊から通告。車列の左方の確認を終了した。これより車列の前方に出たのち、右方に移って車列に追い抜かせながら確認を行う。敵対行動ではないので反応しないように」

「了解」


 車列の代表からの返事を聞いて通話を終了し、飛雄馬はフサリアを加速させて車列の前に出た。そして、そのまま車列の右前方に移動して、今度は車列にゆっくり追い抜かせながら車列の右側を撮影した。


(うまくできたっすかね)


 先生が地下施設で装輪装甲車を遠隔操作したときの無駄がなく、流れるような運転を目指して運転したつもりだったが、飛雄馬はまだ同じ運転をできる自信がなかった。


 飛雄馬はいつか先生と同じ運転ができることを期待しながら、車列の右後方まで移動し、町の担当者の指示を待って車列の代表に通話をつないだ。


「車列の代表に町の防衛隊から通告。確認が終了した。協力に感謝する」

「了解。

 こっちこそおたくの町の戦車をじっくり見せてもらって土産ができた。滞在中に会うことがあったら一杯おごらせてくれ」

「期待している。

 このあとは再び町の交通管制の指示に従ってほしい」

「了解」


 車列の代表との通話を終了してあとの対応を町の交通管制に任せ、飛雄馬はハンドルを右に回してフサリアを車列との併走から離脱させた。


 街道を遠ざかっていく車列が小さくなるまで見送って、飛雄馬は町の交通管制に通話をつないだ。


「交通管制にフサリアから報告。指示された車列の確認を終了した。次の指示を請う」

「了解。

 次は街道を無視して町へ向かっている車両の確認を頼む。座標は地図を確認してほしい。今から向かえば町の警戒圏の外縁近くで接触できるはずだ。

 さっきから呼びかけをしているが、データ通信も通話も反応がない。モンスターの可能性が高いから気を付けてくれ」

「了解。街道を無視して町へ向かっている車両の確認を行う」


 飛雄馬は復唱してすぐに音声操作で地図を呼び出し、車両の座標を確認する。車両の位置はそれほど遠くない。ドローンでの確認はできてないようで画像はなかったが、例え戦車だったとしても飛雄馬に負けるつもりはなかった。


 視線操作で地図を視界の邪魔にならないところに小さく表示し直した飛雄馬は、車列を確認する前から上空で周辺の警戒をしている小型の固定翼無人機を先行させ、ハンドルを回しながらアクセルを踏み込んでフサリアの針路を車両に向けた。




 先行した小型無人機が町へ向かって荒野を直進する車両を確認した。


 飛雄馬はヘッドマウントディスプレイに表示された車両の映像を視線操作で拡大し、確認に最低限必要な映像が得られていることを確認すると、多目的ディスプレイのボタンを叩いてそれ以上車両に接近しないように小型無人機への指示を変更した。車両に発見されて小型無人機を攻撃されたくなかったし、逃げられて追跡したくもなかった。


 小型無人機が進路を変えてからも車両の動きが変わっていないことを確認して、飛雄馬は音声操作で通話を町の交通管制につないだ。


「交通管制にフサリアから報告。指示された車両を発見した。車両の照合を頼む」

「了解。

 ……巨熊族の無人装甲トラックから派生した偵察車両のようだ。路外走破性能はそれほど高くないが、小型のドローンを最大四機、小型の無人陸上車両を最大二両搭載して、有力な通信能力とそれなりの電子戦能力がある。あと、車体前面に自衛用の小口径機関砲を一門搭載しているはずだ」

「所有者は?」

「もっと近寄ってもらわないと確認できないが、現場周辺で使用するとの届け出は受けていない」

「了解。

 今のところ特にどこかと通信しているような電磁波を発信していないし、単独行動中のモンスターと判断して対処する。攻撃中止の指示は早めに頼む」

「了解。一応、攻撃前には連絡してほしい」

「了解」


 飛雄馬は交通管制との通話を終え、対処法を検討する。


 車両系モンスターは集まると弾薬や装甲シートなどの消耗品を求めて組織的に町や拠点を襲うようになるため、発見したときは速やかな破壊が推奨されていた。

 その一方で、鹵獲して制御関係のソフトウェアを書き換えるだけで使用できるくらい規格が共通していることもあって、車両や部品の確保のために最小限の破壊で無力化することが求められてもいた。


(照合されたとおりの性能なら体当たりして横転させても良さそうっすけど、気付かれないように近付くのは多分無理だし、体当たりするまで小口径機関砲に撃たれっぱなしだと消費する装甲シートと牽引代で赤字になりそうっすね。やっぱり前輪と小口径機関砲をまとめて破壊するように側方から徹甲弾を撃つのが良さそうっす)


 対処の方針を決め、音声操作で表示した三次元地図を使って射撃位置やそこへの経路の検討に飛雄馬の意識が移ったところで、ヘッドホンからフサリアの通信システムへの不正アクセスがあったことを知らせる警告音が聞こえ、ヘッドマウントディスプレイにも警告が表示された。


「見付かったっすね」


 偵察車両も小型ドローンでフサリアを発見して、味方かどうか尋ねる通信を送ってきたようだ。


 通信の内容は車両を制御不能にしてモンスターにするコンピューターウイルスでもあるため、フサリアの通信システムに拒否されたが、対抗して自動で送られた通信も同じように偵察車両に拒否された。


 飛雄馬が視線操作で警告を消して偵察車両の拡大映像に注目すると、まっすぐ町へ向かっていた偵察車両は旋回しながら複数の小型固定翼無人機を発射し、車体後部から複数の小型無人地上車両を発進させていた。


 小型無人機や小型無人車両でフサリアの足止めをして時間を稼ぎ、その間に逃げるつもりのようだ。


 飛雄馬はアクセルをさらに踏み込んでフサリアを最高速度まで加速させ、交通管制に通話をつないだ。


「交通管制、フサリアから報告。目標の偵察車両から不正アクセスを受けた。発見されたため、妨害のドローンと無人車両を排除しながら追跡して速やかに破壊する。追跡の打ち切りが必要なときは早めに連絡してくれ」

「了解。こちらもフサリアの判断に同意する。できるだけ交通管制圏内で破壊してくれ。追跡を打ち切ってほしいときは改めて連絡する」

「了解。交通管制圏内で破壊できるように努力する」


 交通管制との通話を終え、飛雄馬はそれまで検討していた内容をすべて破棄して、最短で偵察車両を戦車砲の射程に収められる経路をフサリアの戦闘支援システムに作らせた。


(こうなったら撃破が最優先っす。ドローンも無人車両もすぐに来るから忙しいっす)


 飛雄馬が周辺警戒用に小型の固定翼無人機を発射するより先に、フサリアの全周を監視している車両防護システムが向かってくる小型無人機を発見して警報音が鳴り、警告が表示された。


 ほぼ同時に迎撃用メーザーが射撃を開始し、発見された小型無人機が次々に爆発する。


 空に広がる残煙は全部で三つ。


 急いで飛雄馬も周囲を見回して警戒したが、向かってきた小型無人機はそれですべてだったようだ。


 続いて向かってくる小型無人車両を車両防護システムが発見して、今度は同軸機銃で迎撃する。


 砲塔が自動で旋回して同軸機銃を発砲し、装甲のない小型無人車両を撃破するには過剰な火力が小型無人車両をたちまちスクラップにした。スクラップになった小型無人車両はそれぞれ爆発して、荒野に二つの小さなクレーターを作った。


(なかなかやるっすね)


 ヘルキャットだったら対処しきれなかったかもしれない連携の良さを見て、飛雄馬は偵察車両の評価を引き上げた。ここまでできるのなら、切り札を残していてもおかしくない気がした。


 飛雄馬は小型無人機と小型無人車両を迎撃している間もフサリアに戦闘支援システムが作った経路を突き進ませる。

 同時に、車外の映像に視線を走らせてもいたが、偵察車両の切り札への警戒を打ち切って正面に意識を戻した。偵察車両の切り札はまだ使われてないようだったし、戦闘支援システムの予想どおりなら、偵察車両はすでに戦車砲の射程に入っていて、そろそろ射線が通るはずだった。


 街道から大きく外れた荒野を突き進むフサリアが宙に飛び出す勢いで起伏を乗り越え、ついに偵察車両が巻き上げる砂塵を発見した。


「いた!」


 飛雄馬はフサリアが着地した影響で座席に押し付けられても気にしないで砂塵の奥に見える偵察車両の影に視線を固定し、戦車砲をロックオンした。偵察車両が針路を左右に変えてロックオンから逃れようとしても、フサリアの優れた射撃管制システムは逃がさなかった。


 着地の影響がなくなり、フサリアの姿勢が安定してすぐ、フサリアが戦車砲を発砲。


 発射された榴弾は偵察車両の後部に命中し、重機関銃に対抗できる程度でしかない装甲を容易に貫通して内部で爆発した。


「よし!」


 内側からの爆発に耐えきれずに四散する偵察車両を拡大映像で見て、飛雄馬は片手をハンドルから離して強く握った。偵察車両に切り札を使わせず、飛雄馬とフサリアの完全勝利だった。


 完全勝利の余韻に浸りながら、飛雄馬はアクセルから足を離してフサリアを減速させた。四散させてしまったため部品も回収できなくなってしまったのは残念だったが、切り札を使われて被害を受けるよりはましだと思い直した。


 飛雄馬は偵察車両の撃破を確認するためにフサリアを走らせながら音声操作で交通管制に通話をつないだ。


「交通管制にフサリアから報告。目標の偵察車両を撃破した。フサリアに被害なし」

「了解。こちらもそちらからの映像で確認した。引き続き確認を頼む」

「了解」

「あと、偵察車両がフサリアを発見した際に使っていた小型ドローンが行方不明だ。偵察車両の逃走経路を確認していたと思われるが、戻ってくるようなら撃破してほしい」

「了解。捜索した方が良いか?」

「そこまでは不要だ。近寄ってこない小型ドローンを対空装備もなしに発見することは困難だ」

「了解。小型ドローンが戻ってきたら撃破する」


 飛雄馬は交通管制との通話を終えて、撃破した偵察車両に視線を戻した。


(帰る場所をなくした小型ドローンはどうなるんすかね?)


 今まで気にしたことがなかったが、飛雄馬はふと気になった。

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