二、エルダーの差し入れ

 この部屋にある物資がエルダーの差し入れであることを証明するためにはどうすれば良いか?


 エルダーが差し入れる物資は大体ほかの場所でも差し入れられていて流通もしているから物資そのもので証明することは難しい。


 この部屋にある物資がエルダーの差し入れであることを証明するためにはどうすれば良いか?


 それ以外ではありえないと証明すれば良い。


 それ以外ではありえないと証明するためにはどうすれば良いか?


 この部屋が密室であり、物資を運び込むことは不可能であると証明すれば良い。今のところこの部屋の出入り口もこの地下施設の出入り口も一つだけだ。


 でも、ほかにも見付かるかもしれないし、見付からなかったとしても情報や痕跡を消されていたら密室であると証明することは難しい。


 この部屋にある物資がエルダーの差し入れであることを証明するためにはどうすれば良いか?


 エルダーの……。


 メッセージの着信音が割って入る。


 周辺の警戒をそっちのけにして考えにふけっていた飛雄馬はヘッドホンからメッセージの着信音が聞こえて我に返った。ヘッドマウントディスプレイにも同じ表示が出ていて、音声操作でメッセージを表示させると、ドローンによる初期調査とローバーによる物資の調査が一区切りついて報告があるようだ。


 飛雄馬は考えるのを中断して、報告の資料として共有された三次元地図と物資を細かく撮影した数枚の画像を多目的ディスプレイに表示させる。仲間たちもすぐに資料を開いたようで、担当したばあやと先生による報告が始まった。


「ドローンによる初期調査として光学パノラマ撮影とレーザー測量による簡易な三次元地図を作成しました。入念に偽装された出入り口を発見することは困難ですが、私たちが通った扉のような扉や部分的に崩落するなどして車両サイズ以上の物体が通過できると思われる出入り口はありませんでした。また、モンスターなど脅威となりそうなものも発見できていません。

 そして、物資についてですが、コンテナの山は武器・弾薬用共通規格コンテナ各種と一般貨物用共通規格コンテナがほぼ無秩序に最大五段積み上げられていて全体で二、三百個あると推定されます。繭のように梱包された車両や大型機械と思われる物体は大小五個ありました。

 今は物資を中心に床の高解像度撮影と精密測量を行って物資を運び込んだ車両等の痕跡を発見できないか調査中です」

「ローバーによる調査はコンテナの山の最下段に置かれているコンテナの一部十数個の側面を可視光、近赤外光、近紫外光の各波長にて撮影しコンテナの所属が分かるマークの有無や荷札の記載内容を調査したほか、調査したコンテナのうち一個に対して超音波を使用して内部の調査を行いました。

 今のところマークは最初から付けられていなかった可能性が高く、塗りつぶされたり、削り取られたりした痕跡は見付かっていません。荷札の記載内容も同様で発送元や送付先が分かる情報は最初から記載されていなかったと思われます。また、内部の調査は荷札に『一三〇ミリ戦車砲』との記載があったコンテナに対して行い、おそらく記載どおりと思われる大口径の砲身状の物体が梱包されていることを確認しています。

 今は未調査のコンテナを対象とした調査を行っていますが、可能であればコンテナ内部にカメラを入れて直接調査したいと考えています」

「二人ともありがとう。とりあえず部屋の内外から挟み撃ちされる可能性を考えなくても良さそうなのはありがたい。

 そして、コンテナにはマークが最初からなかった可能性が高いか。何らかの犯罪に関係している可能性は考えていたが、エルダーの差し入れか、それを装った詐欺に使うためのコンテナである可能性まで出てきたということだな。少なくともどこかの団体が単純に秘密の倉庫として使っていたということはなさそうだ」


 二人の報告を聞いたリーダーが共通通訳機の向こうでため息を吐く。


 物資が犯罪に関係している場合とエルダーの差し入れだった場合のそれぞれ取らなければならない行動が違いすぎたし、エルダーの差し入れだった場合の価値が大きすぎた。安全を考えれば直ちにこの地下施設から出て、相手からの報復や口封じへの対抗策を考えて実行するべきだが、だからといって一、二億どころか数億クレジットにもなるかもしれない多額の物資をあきらめることはあまりにもおしい。

 このパーティーの年間売り上げの数十年分以上にもなりそうな物資がすべて手に入れば、仮に地質調査を依頼してきた商会と山分けしたとしても、パーティーの念願である自分たちの町を造るための拠点にする補給拠点の管理権どころか所有権だって買うことができるだろう。


 どちらの可能性を重視したとしても強い不満や後悔が残りそうな状況にリーダーはほかの仲間たちの意見も求めた。


「師匠は情報を洗い直して何か分かったか?」

「ここに誰かが大量の物資を運び込んだ可能性は低そうだよ。ワタシたちが見付けて入ってきた入り口は街道からそんなに離れてないからここを何台ものトラックが出入りしていたら目立つし、運んでいるときも目立つはずだから、一度に運び込んだにしろ小分けして運び込んだにしろ絶対ウワサになってどこかに記録が残っているはずなのに、そういう集団がどこかの町から出発したという情報も含めて残ってない。どんなに徹底的に情報や痕跡を消したとしても人の記憶までは消せないし、消し続けるなんてこともできないよ。

 もちろん、これだけの物資を運び込んで隠しておけるだけの団体なら、いくつもの町から分散して出発して、ルートも偽装して人目に付かない秘密の入り口から運び込むことくらいできるのかもしれないけど、時間も手間もかかりすぎて現実的とは思えないよ」

「ありがとう。確かにこれだけの物資を運ぶならどうやっても目立つし、人の記憶までは消せないな。

 お嬢は何か気付いたことはあるか?」

「私も何者かがここに物資を保管しているとは考えにくいと思います。秘密にすべき物資がこれだけあるのだから必ず何らかの警報装置をつけて侵入者を探知、撃退できるように備えるはずですが、私たちがこの部屋に入ってからも地下施設の内外で無線通信の通信量は変化していません。警報装置や撃退に向かってくる相手が有線通信や指向性の高い無線通信を行っているだけという可能性はありますが、通信設備にはそれだけ費用をかけるのに罠などにはまったく費用をかけないというのは極めて不自然だと思います」

「ありがとう。確かに不自然だな。

 エルダーの差し入れと思わせて油断させ、帰り道で不意打ちして身ぐるみをはぐ罠なのだとしても、使えるのはせいぜい二、三回だろう。被害者が警告するし、被害者全員の口を封じたとしてもおかしなことが起こっているとのうわさが広がって警戒されるからな。第一、不意打ちして身ぐるみをはぎたいならもっと簡単な方法がいくつもある。わざわざマークがついてない希少なコンテナを大量に集めてまでやることはないはずだ。

 飛雄馬はどう思う?」

「オレはエルダーの差し入れだと信じたいっす。断言できるだけの根拠はないっすけど、本当に詐欺や罠に使うならこんなにたくさんは用意しないと思うっす。

 というのも、エルダーの差し入れが高く評価されているのは品質が保証された正規品の新品みたいなものだからで、性能や貴重品としての価値なら一流工房のカスタム品やヴィンテージ品の方が上っす。それに、エルダーの差し入れでも一流商会が扱わないと保管や流通の管理が適切なのか疑われて評価が下がるっす。

 だから、詐欺をするのが一流商会でもない限りそんなにたくさんは売れないし、罠にしたとしてもすぐに一つの商会で扱いきれる量ではないと判断されて複数の商会や護衛の傭兵団とかが出てくる大事になって襲いにくくなると思うっす」


 飛雄馬は目をつむって集中しながら答える。あらかじめ考えていたことはほかの仲間たちに先に言われてしまっていたから、同じ意見を繰り返すだけにはならないようにしようと必死に頭を働かせた。結果として飛雄馬が自動車整備士として働いていたときに交換用部品を安く仕入れるために苦労させられた経験からの意見になったが、それが変に頭だけで考えた意見より良かったようだ。


 飛雄馬の意見を聞いたリーダーが少し驚いた声を出した。


「ありがとう。言われてみれば確かにそうだ。その辺りのことは考えないで身に降りかかる可能性がある危険についてばかり考えていた」

「私も同じです。飛雄馬が言うとおり、詐欺をするのが一流商会だったとしてもそんな信用を自ら投げ捨てる行為は何度もできないでしょう。大口取引ができたとしても途中でばれるはずです。

 リーダー、詐欺や罠の可能性が低くなり、その前提となる物資の運び込みも難しいとなれば、エルダーの差し入れである可能性だけが残りますね」

「そうだな。意見も出そろったしこれ以上頭を悩ませても時間の無駄だろう」


 さりげなく先生が割って入って意見をまとめ、リーダーがそれ以上考え込むのを止めると、リーダーも先生に答える。

 ほかの仲間たちもリーダーの言葉を待って何も言わない。


「ほかに意見はあるか? なければ今から物資はエルダーの差し入れとして扱い、早急に目録を作成して持ち帰る物を選別する。

 ばあやと先生は今行っている作業を中止してくれ。

 お嬢と師匠はばあやと三人でドローンを使って物資の荷札を撮影して目録を作成してほしい。細かい作業分担はお嬢に任せる。

 俺と先生は三人の作業の支援だ。コンテナの山の上の方を覆っている防水布を外したり、ほかの物資に埋もれて撮影が難しい荷札を撮影できるように物資を動かしたりする。先生には装甲車を運転して牽引してもらうことにもなるがよろしく頼む。

 飛雄馬は扉の防衛だ。部屋の外に出る必要はないが、作業中にモンスターが入ってこないように扉を守ってくれ」

「了解」


 リーダーの決断で報告と意見聴取が終わり、飛雄馬もヘルキャットのセンサーマストを動かしてどこに移動させるか確認してから、新しい持ち場へ向けてヘルキャットを発車させた。


 逃げ出さなくても良くなったことでパーティーの雰囲気が明らかに変わった。飛雄馬が聞いていて楽しいと感じる会話が戻ってきた。お嬢と師匠が分担について言い合いをしてばあやにたしなめられているし、リーダーと先生も防水布の外し方について話し合っている。


 一人だけ別の作業を割り当てられた飛雄馬はどちらにも参加できなかったが自然と表情が緩んだ。会話が戻ってきてうれしかったし、確実ではないとしてもスリラーやホラーの登場人物にならないですんだことに安心していた。その上、エルダーの差し入れまで大量に手に入るのだから心が弾んで鼻歌が出そうなくらいだった。


(繭みたいな梱包の一つはたぶん戦車っすよね。戦車砲もあったっすしパーツ一式そろっていたら整備して一度乗ってみたいっす)


 飛雄馬はヘルキャットを前進から右旋回させて装甲服を脱ぎにトラックへ向かうリーダーの後ろを通り、扉の正面で部屋に入ってすぐのところにブレーキを少しだけ強く踏んで止めた。


 自動車とほぼ同じ感覚で運転できて戦車砲だって使えるヘルキャットは愛着もあって好きだったが、飛雄馬はそれ以上に戦車がほしかった。元々飛雄馬は戦車に乗って戦うゲームが大好きで以前の生活では貴重な休日をすべてつぎ込む勢いでやりこんでいたくらいだったから、この戦車に乗ってモンスターと戦う世界に連れてこられたのに、パーティーでは費用や整備の手間などから戦車を持っていないと知ったときは衝撃のあまり絶望しかけたくらいだった。


 戦車は強くて格好良い。


 だから自分の戦車がほしい。


 装甲車に乗って実際にモンスターと戦い、ヘルキャットでも費用や整備の手間が自動車とは比べものにならないことを知ってもその思いは変わらない。


 自衛隊に入って戦車に関わることよりもファンであることを選んだ飛雄馬だったが、あこがれの一つだった戦車はいつか自分の戦車を持つという目標になっていた。

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