番外編 エステルの侍女1

「初にお目にかかります。わたくし、カリナ・グレイソンと申します」


 そう言ってカリナと名乗った少女がお辞儀をすると、肩先で揃えた髪がさらりと流れ落ちた。


「初めまして。エステルと申します。カリナさん、これからよろしくお願いしますね」

「かしこまりました、エステル様。……あの、エステル様。わたくしはエステル様の侍女ですので、どうかそのまま、カリナ、とお呼びください」


 黒髪に、黒を基調としたメイド服。そして白いエプロン。

 歳の頃も背丈も、わたしとそう変わらない。

 なのに、すごく落ち着いているように見える子だった。


「……わかりました、カリナ。わたしもまだ、この皇宮に慣れていない点がたくさんあるので、どうか力を貸してくださいね。……あ」

「ぽめっ!」


 わたしの部屋で、カリナとの顔合わせをしているところに、タイミングよくレイヴンが入ってくる。


「あ、ちょうどよかった。……カリナにこの子も紹介しますね」


 そう言うとわたしは、よいしょ、とレイヴンを床から抱き上げる。


「この子の名前はレイヴンです。わたしの、家族みたいなもので……、きっとこれから、カリナにも面倒を見てもらうことになると思うので、この子と一緒に、よろしくお願いしますね」

「かしこまりました。エステル様、レイヴン様も。これから何卒、よろしくお願いいたします」


 カリナはそういうと、わたしだけでなく、レイヴンに向かってもきっちりとお礼と挨拶をする。

 

「ぽめ!」


 そうして握手を求めるかのように、レイヴンがさっ、ともふもふの前足をカリナに向かって差し出した。

 わたしはその時、カリナがその前足をそっと握るのを微笑ましく見つめるのに夢中で。

 彼女がその時、どんなに動揺していたかを知るのは、この、少し後のことになるのだったーー。


 




「はぁ……。エステル……、少しだけ、抱きしめてもいい……?」

 

 夜も遅い時間。

 わたしが部屋で本を読んでいるところに、仕事を終えたアスラン様が訪ねてきた。

 初日だから疲れただろうし、今日はもう下がっていいですよ、とカリナを下がらせた後のことだ。

 レイヴンはと言うと、いつもの黒ポメの姿で、既に自分専用のベッドですやすやと寝息を立てている。


 ふたりきりなのをいいことに(ふたりきりだとわたしが拒まないと言うことを、アスラン様はもう学んでいるのだ)、アスラン様がぎゅうぎゅうとわたしのことを抱きしめてくる。

 そうしてわたしは、そんなアスラン様をかわいいなと思いながら、あやすように背中を優しく撫でる。


「アスラン様……、お疲れなんですね」

「まあ、ちょっとね。でもいいんだ……。こうやって癒してくれるエステルがそばにいてくれるんだし」

 

 アスラン様が忙しいのは、聖王国の事後処理や、その聖女であったわたしを、自分の婚約者とするための根回しをしているからだ。

 

 アスラン様はそのことをわたしに伝えたがらないが、わたしがクラウス様に「アスラン様のことをちゃんと支えていきたいから、できる限り力になれる情報は知りたいです」と懇願したら、苦笑しながら「私が言ったということは秘密ですよ」とこっそり教えてくれた。


 だからこそ、こうやってアスラン様がわたしに甘えてくるのを受け入れることは、わたしにできる大事なことだと思って誇りを持って抱きしめ返しております……!


「そういえば、カリナはどうだった?」


 変わらず、ぎゅっとわたしを抱きしめた体勢のまま、アスラン様が尋ねてくる。

 

「とても、優秀な方だと思いました」


 そしてわたしも、同じく背中を撫でながらアスラン様にこたえを返す。

 

 そう、カリナは、とても優秀な侍女だった。

 わたしがあれ、と思った瞬間には、必要なものを手元に用意してくれるし、お茶やお茶菓子もわたしの好みをしっかり把握した上で提供してくれたのだ。


「彼女は、僕の乳母の娘でね。小さい頃から知ってるけど、とっても実直ないい子だよ」


 だからきっと、エステルとも気が合うと思う――、と言いながら、アスラン様は少し落ち着いたのか、私を抱きしめている腕を解いて、ふう、と身体を起こした。


「でも、何か困ったことや気になることがあったら言ってね。エステル、割とそういうことすぐ我慢しちゃいそうだし」


 そして、こういう大事なことを言う時は、ちゃんとわたしの目を見て、真っ直ぐに伝えてくるのだ。

 

 う……。

 アスラン様は、わたしのことをよくわかっているなぁ……。


 だいぶ皇宮に慣れてきたとはいえ、それでも、1日の終わりにアスラン様の顔を見られるとホッとする。

 それに、アスラン様が「わたしに会いたい」と思ってくれているということを感じられて、わたしはとても、嬉しくて安心するのだ。

 

 今日だって、アスラン様は遅くまで仕事して、それでもわざわざわたしに会いたいからと時間を作って会いにきてくれている。

 

 だからこそ、それを知っているわたしが、アスラン様をわずらわせてしまうことを言い出せなくて。


 そういうことを全部分かった上で、わたしに配慮してくれる。

 そんな優しいアスラン様のことが、わたしは、とても大好きなのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る