第29話 【エピローグ】ずっと、アスラン様のそばにいますね

「そういえば、アスラン様はどうやってわたしの居場所がわかったんですか?」


 ふと思い返すと、わたし、アスラン様に何の説明もしていなかったのでは……。と言うことに気づいた、事件の終焉直後。

 

 アスラン様から「僕、結構聞いてない話があるんじゃないかと思うんだけど……、詳しく説明してくれるかな、エステル?」と、かつてかけられたことのない圧をかけられ、ようやくお茶の席にて何もかもを説明した後に、ふと気になったことをアスラン様に尋ねた。


「ああ、それはね。これ」


 そういうと、アスラン様はわたしの手をひょいっと取って、左手の小指にはめたピンキーリングを指し示した。


「これね、緊急時にエステルの居場所を追跡できるようになってるんだ。まさか、こんな早々に使うことになるとは思わなかったけど」

「え」


 何事も、備えておくって大事だよね、とアスラン様がにっこりと笑った。


「気をつけろよー、それ、ヤバい執着男のすることだぞー」


 と、わたしを挟んで、アスラン様の反対側の席に座るレイヴンが、お茶を啜りながら呆れた様子でアスラン様に野次を入れる。


「れ、レイヴン! 失礼でしょ」

「大丈夫だよ、エステル。そんなことでめくじらを立てるほど、僕は子供じゃないからね」


 レイヴンを窘めようとするわたしに、アスラン様がまあまあと仲裁に入ってくる。

 ――なぜ、こんな不思議なメンツでお茶をしているのか……。

 まあ、不思議に思いますよね。わたしも不思議ですが。


 あれから。


 レイヴンを隷属れいぞくの剣で貫いた私は、とりあえず魂と肉体が一つに戻ったレイヴンの主人となったわけでして。

 あれ、じゃあ魂の方はどうなったの?

 ってレイヴンに聞いたら、どうやらわたしが隷属の剣でレイヴンを貫く時に、レイヴンを名指ししたことで、主人格がレイヴンになったとかならないとか。


 とはいえ、いまだ魂の浄化は終わっていないため、こうして引き続き、わたしのそばで浄化を受け続けることになりました――という話も含めて、アスラン様に説明をしていたわけです。


「まあ、エステルが聖王国に張り付いて浄化しなくても良くなったのは、結果的によかった、ってところかな」


 怨嗟の元凶がこうして実体化して歩き回れるようになったことで、わたしが聖王国に戻る必要がなくなったこと。

 帝国に籍を置いて、正式に、かつ大々的に、婚約者として置いて置けるようになったことに、アスラン様は喜んでいるようだった。


 ちなみに、フレドリック様は、あの後寝室で抜け殻になって気絶していたところを捕縛。

 聖王様は、自室で呪いによって昏倒していたところを捕縛され、今は謹慎の身となっているらしい。


 なんというか――なんだか、怒涛の展開だったな……。


「……いてる? 聞いてる? エステル」

「え? あ、はい!」


 ハイ!とか元気よく答えたものの。

 つい物思いに耽って、聞いていませんでした……。


 アスラン様も、わたしがボーッとして聞いていなかったことを察したらしく、もう一度改まって説明してくれた。


「とりあえず、レイヴンに関しては、エステルの使い魔、っていうことにしてこのまま置いて置けるようにするから……」

「え、いいんですか?」


 てっきり、魔獣は魔獣だし、皇宮のなかに置いてもらえないのでは、と思っていたのだ。


「いいもなにも。この子を外に出すとなると、必然的にエステルも外に出なくちゃいけなくなるじゃないか」


 たしかに。

 レイヴンがそばにいるから常時浄化できるようになったのであって、離れてしまって浄化できなくなってしまっては、意味がなくなってしまうわけで。


「そのかわり……、じゃないけど。エステルは、いままでどおりーー、いや、これからもずっと、僕のそばにいてくれるっていうことでいいんだよね?」


 なんだか、こころなしか遠慮がちな様子で、アスラン様が尋ねてくる。

 どうやら、あのあとこっそりクラウス様から聞いた話だと、アスラン様はどうやら、わたしを守りきれず、フレドリック様(というか正体は魔獣だったわけだけど)に攫われてしまったことに、ひどく負い目を感じているらしい。


 わたしとしては、別にそんなことでアスラン様が損なわれてしまうことなど何もないと思うのだけど、そこは、男のプライド、というものがあるそうで。


「……もちろんですよ。アスラン様がいいとおっしゃってくれるなら。……わたしをずっと、アスラン様のそばに置いておいてください」

「……!」


 わたしの返事に、アスラン様が嬉しそうに破顔する。


「エステル……」

「……はぁ。いちゃつくなら、飼い犬のいないところでやってくれよな……」


 感極まってわたしを抱きしめようと立ち上がったアスラン様に向かって、レイヴンが冷ややかに一瞥すると、そのまま椅子から立ち上がると同時に、ぱっとまた黒ポメに姿を変えて、ぽてぽてと去って行ってしまった。


 その様子に、わたしもアスラン様も、顔を見合わせてくすりと微笑み合う。


 そうして、アスラン様がそっと近づけてきた唇を、わたしは、ためらいながら受け止めたのだった――。


 *

 

 こうして、わたしは正式にアスラン様の婚約者となった。

 その後、帝国初の聖女と皇太子の婚約に、国中が沸き立つことになるのだが――。


 それはまた、しばらくのちの話である。

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