第25話 わたし、捕まっちゃいました……
ふわりと、意識が上昇する――。
「あ、目が覚めた?」
未だ靄がかかった状態の意識の中、わたしは声がした方にゆるりと目線を動かす。
そこには、ベッドの横に腰掛けて、にこりと笑うフレドリック様の姿があった。
「――」
言葉を発しようと口を動かせはするが、はくはくと空気が行ったり来たりするだけで、言葉を紡ぐことができない。
「ああ、隷属の剣を刺したままだからね。しゃべれないよね」
聖王国の宝物庫にあったんだ、便利な魔道具だよね――、とフレドリック様がにこにこと曰う。
「痛みはないはずだし、このままのほうが僕的に都合がいいから。あ、でも、今のままだとシルヴィアが主人になったままか。シルヴィア!」
フレドリック様が扉の外に向かってシルヴィア様の名を呼ぶと、それを受けたシルヴィア様が静々と室内に入ってきた。
「はい」
「ごめん、これ、ちょっと抜いてくれる? 隷属の主人を僕に移し替えたいから」
「……はい」
そう言うと、シルヴィア様は黙ってわたしが寝そべるベッドの上に登ってきて、わたしの体を横向きにした後、肩に手を当てて、背中から突き出た柄をぐい、と引き抜いた。
「――――!」
「あれ? 痛い? 痛くないって聞いてたんだけどな」
軽口を叩くフレドリック様に、わたしは涙目になりながら睨みつける。
刃物に貫かれている、という痛みはない――痛みはないが、抜かれる時の違和感が酷い。
もっと端的にいうと、体内を異物が通り抜けていく気持ち悪さだ。
そんなことを考えていたら、今度はフレドリック様がわたしのほうに身を寄せてきて、シルヴィア様から抜いたばかりの短剣を「ありがと」と言って受け取る。
「ごめんね。抜いたばっかで悪いけど。もう一回いくから」
そう言って、今度はフレドリック様がわたしの肩を抑えて、ずぶずぶと――弄ぶようにゆっくりと――背中に短剣を突き立てていく。
「ゔっ……、あ゛ぁ……っ」
「はいはい、がまんがまん」
うめき声をあげるわたしを、フレドリック様が軽い口調で押さえつける。
刺されないように必死でもがくものの、シルヴィア様と二人がかりで押さえつけられてどうしようもできず。
実際には、思うように体を動かせなかったので、そうたいして抵抗もできていなかったかもしれない。
短剣を突き立てられる痛みこそないが、刺された部分から、身体中が何かに侵食される、痛いのかなんなのかわからない感覚が全身を駆け巡った。
「うーん。僕、変態かな? エロいよね。痛みに喘ぐ
「……フレドリック様、楽しんでらっしゃるのですか?」
最初にシルヴィ様に短剣を突き立てられた時は、一瞬だったし衝撃が強くて何もわからなかった。
しかし、フレドリック様はことさらにゆっくりと突き刺してくるので、永遠に終わらないのではと言う苦痛に苛まれた。
「ゔ……、あ……」
「あーあ、根元までいっちゃった」
もう少し見たかったなー、と、フレドリック様が残念そうに言う。
はぁはぁと涙目になりながら、荒く息をついているわたしのことなどお構いなしだ。
「ありがとうシルヴィア。もう下がっていいよ」
「……」
フレドリック様の言葉に、シルヴィア様が無言で礼をして部屋を出ていく。
「さて。
「……」
体に、力が入らない。
隷属の剣、というのはつまり、刺された人間が刺した相手に隷属する、というものなのだろう。
言うことを聞かず、ベッドに転がされた状態のまま、目だけでフレドリック様に訴える。
これは、一体誰なのだろう?
「まあ、そうだよね。そう思うよね」
うんうんと、こちらの考えを読んだかのように、フレドリック様の形をしたものが鷹揚にうなづく。
「でも仕方がないよね。自分の体がどっか行っちゃったんだし。誰かの体を借りないとどうしようもないし」
おあつらえ向きに、自分の体の痕跡が残ってて、自分の意識と同調できる肉体があった。
そんなの見つけちゃったら、ちょっと拝借しちゃうよね、と。
その言葉で、あの、帝都の見晴台にフレドリック様がきた時、レイヴンがフレドリック様に噛み付いた時のことを思い出した。
――あの時、本体の体の痕跡を辿って、魔獣の魂がフレドリック様を辿ってきたって言うこと……?
「うんまあ、おおよそ考えていることは当たってると思うよ」
ぱちぱちぱちと、魔獣がふざけたように両手で拍手する。
「聖女がいなくなって。滞った怨嗟が凝って凝って、とうとう聖王もおかしくなるくらい凝っちゃって。そしたらさ、なんでかわからないけど行き場を失った怨嗟に塗れた魂が自我を確立して、復活しちゃったんだよね。せっかくもうすぐ浄化が終わりそうだったとこなのに」
「……」
「でさあ。僕も考えたわけ。とはいえ怨嗟抱えたままってのもしんどいし。浄化されちゃったほうがいいかなって思ったんだけど。そしたら僕じゃなくなっちゃうわけでしょ? だったらさ、うるさい
ねえ、と、魔獣がゆっくりと近づいてくる。
「幸いにも、この体はこの国の王子で、聖女は王子と結婚するって取り決めがある。すごくおあつらえむきじゃない? 僕ときみで子供を産んで、その子供が、この聖王国を治めていくんだ」
魔獣が、フレドリック様の顔で、にいっ、と嗤う。
それから再びベッドに上がってきた魔獣が、わたしのあごに指先をかけて、太ももの間にぐいと足を割り入れ、わたしの上にのしかかってくる。
――生まれて初めて、貞操の危機というものを感じた。
と同時に、全身に耐え難い激痛が走った。
「あ゛、あ゛ぁっ!!」
「あ、面白い。これ、感覚も従属させられるんだ」
痛みに喘ぐわたしを見下ろしながら、楽しそうに魔獣がくすくすと嗤う。
――痛い……!
どこを怪我しているわけでもないのに、短剣を刺された場所から、激痛に全身が苛まれる。
「あ゛……っ! 」
これ以上続くと気が狂ってしまうのでは、と言うタイミングで、痛みがパタリとなくなった。
痛みは消えたが、余韻でぜいぜいと息をついていると、今度はまた妙な感覚が迫り上がってくる。
「……?」
おなかのあたりから上がってくる、ぞわりとした感覚。
先ほどとは違う、疼くような感覚で息が上がる。
「どう? 気持ち良くなってきたんじゃない?」
気持ちいい……?
魔獣に言われた言葉もよく理解できず、だんだんと意識が酩酊してくる。
「あ……?」
とろりと意識がとろけだし、体がやたらと熱を持つ。
これが、気持ちいいって言うことなの……?
理由もわからず、はぁはぁと荒い息が漏れ出したところで、魔獣が背中に突き刺さった柄を指先でピンと弾いた。
「あんっ……!」
「あれ? 気持ちいいの?」
な、なにこれ……?
ピンと弾かれた根本から、ビリビリと快感が全身に響いた。
味わったことのない感覚と、よくわからない恐怖で、目尻から涙がこぼれる。
「なんか、思わぬ副産物。これくらいぐずぐずになってたら、このまま――美味しく頂いちゃってもいいよねえ」
そう言って、フレドリック様の姿をした魔獣が、ゆっくりとわたしの上に覆い被さってくる。
ま、まずい……。
――助けて、アスラン様――!!
わたしの、必死の天への祈りが届いたのか。
その瞬間、べしっ! と音を立てて、フレドリック様の体が、何者かに蹴り上げられたのを目の当たりにした。
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