第15話 あ、アスラン様、唇が当たっています……!
「あの、アスラン様」
「ん?」
「この子のことなんですけど……」
それでも、やっぱり大事なことを言わずにいるのはよくないと思い、意を決して口を開く。
「レイヴン、おいで」
わたしは、そう言ってレイヴンを呼ぶと、寄ってきたレイヴンをそのまま膝上に抱き上げる。
「実は、さっきこの子と……」
がぶっ。
「いたあ!」
か、噛みつかれた!?
レイヴンが、わたしの手の親指の付け根あたりを、かぷっと噛んできたのだ!
「エステル!」
「れ、レイヴン……! ちょっと! ……あ、あれ?」
い、痛くない?
「エステル、大丈夫!?」
「いえ、あの、痛くはないです……」
衝撃と驚きで痛いとは言ったが、実際には噛むというより咥えていると言った方が近い感覚だった。
「レイヴン、ちょ、放して……」
そう言うと、さっきのアスラン様の時よりもずっと、あっさり素直に放してくれた。
そうして、わたしがレイヴンに「え、なんなの?」と思いながらじっと見つめると、レイヴンがふるふると、わたしに向かってもの言いたげに首を横に振ってくるので。
え? ……アスラン様に、レイヴンの正体言っちゃダメってこと?
なんで?
「なんだか、エステルのことをもの言いたげに見ているね……」
アスラン様も、わたしのとなりで不思議そうに首をかしげていた。
「この子、昔から噛み癖でもあるの?」
「あ、いえ。そんなことは無いんですけど……」
ずっと一緒にいるけど、レイヴンがひとに噛みつくのを見たことさえ、今日が初めてなのに。
人化できるようになったことが何か関係しているとか?
一気にわからないことだらけになって、ううんと頭を悩ませる。
「それにしても、エステルの手に傷がつかなくてよかった」
そう言うと、アスラン様はわたしの手を取って、レイヴンに噛みつかれたであろう場所の近くに唇を寄せる。
「ア、アスラン様……」
あ……、当たって……、当たってます……!
アスラン様の吐息とか体温とか、しっとりした唇が、手の甲に当たってます……!!
そう思っていると、アスラン様がわたしの手に唇を寄せたまま、わたしの方を上目遣いにちらりと見てくる。
ぼふん!
瞬間、そのしぐさのあまりの麗しさにわたしの顔面がオーバーヒートしました……。
「……ふっ」
と、声のする方を見ると、アスラン様が顔を背けながら、くつくつと笑いをこらえている様子が見えた。
「……アスラン様!? わ、わかっててからかってますね!?」
「ごめん。可愛くてつい」
わたしが声を荒げて抗議すると、アスラン様はくすくすと笑いながら素直に白状した。
「でも、エステルの手に傷がつかなくてよかったって思ってるのは本当だよ?」
そう言って、わたしの手を両手で握り込む。
「それは……っ、わたしだって同じです。わたしも、アスラン様の手に傷がつかなくてよかったって思ってます」
「じゃあ、エステルも同じようにしてくれる?」
と、アスラン様が悪戯っぽく笑う。
ふぁっ!?
わたしにも、自分がしたのと同じように、手に唇を寄せろというんですか!?
「そ、それは……」
「アスラン様、お休みのところすみません。急ぎの要件が入りまして」
アスラン様のお願いに、たじたじとたじろいでいた私に、救いの声がかかった。
執事のクラウス様の声だ。
「わかった、今行く」
そういうと、アスラン様は名残惜しそうに私の手を離した。
「残念だけど、行かなくちゃ。この続きは、また今度してもらおうかな」
「なっ……」
「おやすみ。エステル」
「お、おやすみなさいです……」
にっこりと、麗しい笑顔を残して、アスラン様が部屋を出て行った。
…………。
「はぁ〜……」
アスラン様が去って、一人になったところで。
わたしは、ドキドキとうるさい動悸を抑えようと、胸を抑えながら大きくため息をついた。
「なんだあいつ、キザなやつだなあ」
「レイヴン!」
振り向くと、いつのまにか少年の姿に戻ったレイヴンがいた。
「レイヴン! 何で噛み付いたりしたの? だめでしょ、人に噛み付いたら」
「ごめんって。でも牙立ててないし、誰も怪我してないだろ?」
「それはそうだけど……」
普段あまりレイヴンに怒らないわたしが珍しく怒っているのに、当のレイヴンはちっとも悪びれた様子もなく。
怒り慣れていないこともあって、わたしは何と言って説明すればいいのか思い悩んだ。
「それでも、噛み付いたことでレイヴンが罰されたりしちゃうかもしれないんだよ? たまたまアスラン様がいい人だったから許してくれただけで……。なんで、アスラン様に噛み付いたの?」
「あいつ……。あいつは……、臭かったから」
「ん?」
臭い?
臭いとは……、臭いということだろうか? 生臭いとか、ゴミ臭いとか……。
「臭いってどういうこと? ……いい匂いはするけど、特にそんな嫌な匂いはしてなかったと思うけど」
「聖獣臭いんだよ。あいつ、聖王の血族なんだろ? 先祖返りなのかもしれないけど、あいつから聖獣の匂いがぷんぷんする」
あいつの匂いと似てるんだ、とレイヴンが小さく吐き捨てるようにつぶやく。
「あいつ?」
「……おれの、弟だったやつ」
レイヴンの言う”弟”というのは、例の、聖獣だったころの弟――つまり、この聖王国を起こしたその人のことを言っているのだと思い至る。
「それは……、子孫なんだからやっぱり似てるんじゃないの?」
「そうかもしれないけど。それにしたって、なんだか似すぎてる気がする。今の聖王はあんなに濃く匂わなかった」
まさか、あいつの転生体とかじゃないよな、と苦々しげにレイヴンが言う。
「転生って、生まれ変わりとかっていうこと? そんなの本当にあるの?」
小説や神話なんかにはよくある話だけど。
実際に転生した人の話なんて聞いたことないし、物語の中の出来事だと思っていた。
しかし、もともと
「……? 何言ってんの? エステルだって、エリシエルの転生体じゃないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます