第12話 レイヴン、ただのポメラニアンじゃなかったんですか?
皇太子妃教育・現状テストで合格をもらった後。
それからわたしは毎朝、アスラン様のお仕事のお手伝いをさせてもらえることになった。
「書類仕事をやったことがあるなら、僕と一緒に毎朝執務室で処理しながら、仕事を覚えてもらおうかな」
――実際に、仕事をしながらのほうが早く覚えられるし。なにより、毎朝必然的にエステルと一緒に居られる時間が増えるからね――というのが、アスラン様の言い分だった。
わたしの申し出を邪険にあしらわず、むしろにこにこと嬉しそうに受け入れてくれることが、わたしはとっては、なによりも嬉しいことだった。
*
「はぁ……」
「ぽめ?」
わたしが自室のベッドの上で、膝を抱えてため息をついていると、レイヴンが「どちたん?」といった様子でぽてぽてと近づいてきた。
「アスラン様がね……」
顔が良すぎるんですよ……、顔が……。
いままで自覚なかったけど、わたしって面食いだったんだなあ……。
いや、それだけじゃなく。
ただでさえ、顔が良いというだけでアドバンテージ高いのに。
一緒に仕事しながらとか、食事とかお茶したりしながらとか、明らか好き好きオーラを出されたり、こちらを見て嬉しそうに微笑んでいたりするのを目の当たりにして、果たして――好きにならない女子がいるだろうか?
いや、いない。
自分チョロすぎでは? って思うけれど、文字通り王子様に手放しで好かれて、嫌だと思う人間なんている!? いないよね!?
イケメン皇太子に猛烈アタックされて玉の輿……。
一生分の運を、いままさに急速消費しているのではないかという不安さえ覚える。
いや、いやいやいや。
だめ……、だめよエステル。
いっときの恋心にとらわれて、自分の
最初に、まだアスラン様がアランさんだった時に、アランさんに向かって言ったじゃない。
わたしにこの家業が務まるかわからないですし、って。
実際、思った以上に重すぎる家業だったし……。
フレドリック様の婚約者になった時みたいに、『お前にはふさわしくない!』という輩が出てこないとも言い切れない。
――心頭滅却するのよエステル。
心頭滅却すれば、恋もまた涼し。
恋心におぼれて、我を失ってはいけないのよ!
やれるだけの努力をして、「あ、もうなんかいろいろ大丈夫かな?」と思えるまでは、気を抜かずに地道に自らを研鑽すべし……!
そうは言いながらも、最近はアスラン様といて、ふとした時にときめいてしまう自分を自覚しているのであった。
だからこそこうして、時々自分自身と向き合っては、気を引き締めようと心を入れ替えるわけだが。
「はぁ……」
なかなかに難敵な相手に、ため息をつかざるを得ないのであった。
と、そこに――。
「ずいぶんと悩んでるみたいだね」
わたしのため息に重なるように、突然、聞き覚えのない少年の声が室内に響く。
「……えっ!?!?」
ひとりきり(正確には一匹とひとりだが)だったはずの部屋に、急に見知らぬ声が聞こえてきて、驚きで心臓が飛び跳ねる。
ぎょっとしながら声のしたほうへ振り返ると、わたしが座っているベッドの反対側に、6歳くらいの黒髪の少年がちょこんと座りこんでいた。
「あ~~、ようやく実体化できた」
そういうと、突然現れた少年は両腕を天井に向かって伸ばし、「う~ん」と背伸びをする。
「だ、誰!? どこから……!?」
「誰って……。聖女なんだから、見た目に惑わされないでちゃんと本質見ようよ。自分の飼い犬がわからないとかってある?」
まあ、本当は犬でもないんだけど、とうそぶきながら、少年が言う。
「飼い……犬? あっ、レイヴン!?」
言われて、慌てて周りを見回す。
――レイヴンが、いない。
さっきまで、近くで心配そうに寄り添ってくれていた、わたしの黒ポメが。
いつの間にか室内のどこにも、見当たらなくなっていた。
「言ったじゃん、本質見てって。いるでしょ目の前に」
そう言って、
少年が、あぐらをかいたままの体勢で、ふわふわと宙に浮かんでいた。
「な……」
「だからぁ、おれがレイヴンなんだって」
わかった? と少年がたたみかけてくる。
見た目はたいそうかわいらしい少年なのだが、なにぶん、言うことがこまっしゃくれていて、なんというか……。
「か……」
「か?」
「かわいくない……!」
「え」
「いやだってそうでしょ! ずっとぽめぽめ言ってたのに、突然変化したと思ったら……言うことがぜんぜん可愛くない!」
「え〜……」
少年……、じゃない、レイヴンが不満そうな声を出す。
あれ、もしかして傷つけちゃったかな……?
いや、見た目はね、黒髪の可愛い少年なんだよ。
でも言動がね……。
「ある日突然現れた黒いわんこを、これまでずっと大切だと思って一緒に過ごしてきたのに。開口一番言うことってそれなの……?」
別にね、養ってやった恩を返せとか、恩着せがましいことを言いたいわけじゃないですよ?
なんなら、養ったのだってわたしが好きでやってたことなんだし。
でもさ、ずっと可愛がってた子が突然喋り出して「おまえって、どんくせえなあ」みたいなこと言われたら、そりゃなんなんだよみたいな気持ちにはなるでしょうよ! ですよ!
「……ごめん」
わたしの言葉に、なにか感じるところがあったのか、存外素直にレイヴンが謝ってきた。
「確かに。人化できたことでテンション上がって、ちょっと調子に乗った発言したかも。それはごめん。謝る」
「あ、いや……、わたしもちょっといいすぎたから……。別に、養ってきたっていうのも、わたしが好きでやってきたことだし」
急にレイヴンがしおらしい態度になったことで、わたしも若干あわあわしてしまった。
決して、傷つけたかったわけじゃないし。とりあえずちゃんと話をする場を設けられればそれで良いわけで……。
「それで、その。レイヴンは、ただのポメラニアンじゃなかったってこと? なんで、ひとの姿……?」
「あー」
わたしの問いかけに、ちゃんと話し合いの姿勢を持ってくれるようになったレイヴンが、ぽりぽりと頭を描きながら、言いにくそうに言葉を継いだ。
「それはその……」
「うん」
「おれが、魔獣だから、かな」
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