第5話 【SIDEフレドリック】フレドリック、聖王に激おこされる
「フレドリック! フレドリックはおらぬか!」
エステルを追放した翌日。
自分の執務室でシルヴィアと今後の動きについて打ち合わせをしていると、父である聖王が声を荒げて室内へ入ってきた。
「どういうことだ! なぜ聖女がいない!」
普段めったに取り乱す姿を見せることのない聖王が、ぜいぜいと息を荒げ、胸を押さえながら怒鳴りつけてくる。
「父上、落ち着いてください」
「なぜ落ち着いていられる! 聖女がいなくなったのだぞ!」
「父上、大丈夫です――聖女はここにおります」
そう言うと、私の意図を組みとったシルヴィアが、私に並び立つよう、優雅な動きですっと横へと進み出てきた。
「なに……?」
「これが、本物の聖女、シルヴィアです。父上……、エステルは偽の聖女だったのです」
「なんだと?」
「父上もおかしいとは思いませんでしたか? 孤児で、卑しい身分のものが聖女などということが。ほら! みてください」
眉を
「どうです? これこそが、シルヴィアが本物の聖女だという証です」
「聖王様。わたくし、神官様からも正式に神託を授かりました。これからは、わたくしがフレドリック様と共に、この聖王国を支えてまいります」
「お前は……! お前は、なんと愚かな……」
聖王である父は昨今、積極的に貴族とのつながりを作ろうとする動きを見せていた。
だから今回のことも、最初は困惑されても、最終的には納得してもらえるだろうと思っていたのだ。
しかし、今目の当たりにしている父の反応は、私が想像していたものとは全く異なっていた。
父は、ぜいぜいと息苦しそうに胸元を押さえながら傍のテーブルに手をつき、恨めしい目でこちらをぎろりとにらんでくる。
「父上?」
「お前は……、本当にその者が聖女だと思うのか?」
「……はい。神託も下りましたし……。父上、どうされたのですか?」
息苦しそうにこちらを睨んでくる父親は、いつもの威厳ある父の姿とは全く違っていた。
「お前……、お前は、誰の子だ」
「何をおっしゃるのです」
「お前が本当に聖王の血筋を受け継いでいるものであれば、聖女がわからないはずがないのだ。本当にその者を聖女だと言い張るのであれば、少なくとも、お前は私の子ではない……! お前の母がどこの誰ともわからぬ者と不義密通してできた、不義の子だ!」
「父上、どういうことです!」
「現に今、私がこうして苦しい思いをしているのに、お前は全く涼しい顔をしているではないか!」
父が何を言いたいのか、全く理解できなかった。
隣のシルヴィアも、怯えるようにこちらに身を寄せてきた。
「いいか、愚かなお前たちに教えてやろう……。真の聖女は、聖王の血筋にかかる呪いを浄化する……。シルヴィア、そなたが本物の聖女であれば、こんなに至近距離にいて、私がこのように呪いに苛まれるわけがないのだ!」
「聖王様、そんな……!」
「そして、お前が呪いを受けていないのは、お前が聖王の血筋を引いていない、何よりの証拠……。ははっ……、私は、お前の母親にしてやられたというわけか……」
「……父上」
「もういい。衛兵! この者どもを捕らえよ」
「なっ……!」
父が声をかけると、室外に待機していた衛兵たちがどっとなだれ込み、あっという間に私とシルヴィアを取り押さえて、がしゃん、と手枷をはめた。
「父上!お待ちください!どういうことです!」
「黙れ! お前はもはや息子ではない! エステルを連れ戻すまで、この国に戻ってくることを許さぬ!」
「そんな……! くっ、放せ!」
そのまま部屋から去ろうとする父に向かって追いすがるも、衛兵たちに押さえつけられて思うように動けない。
くそ! 昨日まで王子である自分に向かって媚びへつらってきたやつらが!
苛立ち任せにあらがっていると、部屋を出かけた父が、不意にこちらを振り返った。
「私が呪いで正気を失う前にエステルを連れ戻すことができれば、お前の処遇も再考しよう」
しかし、間に合わなかった場合どうなるかーー。
ついさきほどまで、父親だと信じて疑わなかった人間が、冷たい一瞥を残して去っていく。
「いやぁーーーーーー!」
衛兵たちにあらがう、シルヴィアの叫び声が耳に響く。
「フレドリック様! なんとか……、なんとかしてくださいませ! フレドリック様!!」
こちらとて、手枷をつけられて引きずり倒されているというのに、いったいあの女シルヴィアは私にどうしろというのか。
そもそものことの発端は、あの女シルヴィアが手の甲に刻んだ聖痕を見せつけて「自分こそが真の聖女だ」と言い出したことが原因だというのに!
私はーー正しかったはずだ……!
下賤な聖女を排して、高貴なる聖王の血筋で、正しい国に導くはずだったのだ。
なぜこんなことになってしまったのか。
全く解せないまま、兵士たちに引きずり倒される自分を、受け入れられないでいた。
*
あの後。
そのまま、兵士たちにみすぼらしい服装に着替えさせられ、手枷を付けられたまま、今にも朽ち果てそうな馬車に乗せられた。
隣では、同じようにみすぼらしい姿にさせられたシルヴィアがむせび泣いている。
冗談ではなく――エステルを探し出すまで帰ってくるな――ということだ。
何もかもが許せないと思った。
聖王の妻になっておきながら、どこの馬の骨ともわからぬ男と不義密通して自分を産んだ母親も。
卑しい身分のくせに聖女となり、のほほんとした顔で婚約者ヅラしていたエステルも。
私のためと言いながら、偽の聖痕で聖女になりすまして、自分を貶める羽目になったシルヴィアも。
何もかも――滅ぼしてしまいたいと、思った。
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