もう私『へとへと聖女』ではありません! 〜婚約者から偽聖女扱いされて追放された私は、隣国で皇太子に溺愛されました〜

遠都衣(とお とい)

第1章

第1話 エステル、偽聖女と言われ婚約破棄、追放される

 わたしの名前はエステル。

 17歳。職業、聖女。


 この世界において、聖女とは。

 世界中に常に一人しか存在しない、稀有なる存在なのであるーー。


 はずなのだが。


 聖女?

 修道女の間違いじゃないの?

 ってくらい、毎日毎日、へとへとになるまで働いています……。


 え? なんでかって?

 まあ……、なんていうか……。

 『わたしにできることであれば、できるだけ人の助けになることをしよう!』と思って色々引き受けていたら、いつのまにかめちゃくちゃ仕事が増えちゃって。


 そうしたらまた、いつのまにか。

 この国の王子であり、わたしの婚約者でもあるフレドリック様から、なんだかよくわからない雑用までなんでもかんでもおしつけられるようになってしまい……。


 あれ? そもそも聖女の仕事って休みがないのに、さらにやること増えちゃってしんどくない?

 ↓

 でもみんな喜んでくれてるし。

 ↓

 喜んでくれると嬉しいし……。

 ↓

 いまさらできないとか言えないし……。

 ↓

 でも休みなくてしんどい……。

 ↓

 というか睡眠時間まで圧迫されはじめてて結構きつい……(白目)。


 とかいう日々を過ごしていたわけで……。


 ところがそれが、ある日のこと。





「エステル。お前を聖女詐称の罪で追放する。もちろん、僕との婚約も破棄だ」


 ーーと。

 ある日突然、フレドリック様に呼び出されて、偽聖女として断罪・追放宣告されたのでした。


「せいじょ、さしょう、ですか……?」

「そうだ。そもそも、お前のような孤児出身の、卑しい娘が聖女などということ自体、あり得るはずがなかったのだ」


 わたしの茫然としたつぶやきに、フレドリック様が蔑むように答えてくる。


 あ、そうなんです。

 わたし、孤児院出身なんです。

 物心つく前に親が亡くなって、それ以来、孤児院で育ててもらっていたんですけど。


 13歳のある日、突然聖女の証とされる【聖痕せいこん】が浮かび上がって、それからあれよあれよと言う間に聖王国に引き取られてきて。

 こうして、聖女として祀り上げられることになったんですね。

 さらにですね、この聖王国には【聖女となったものは代々この国の王子と結婚して聖妃となる】っていう決まりがあって、この方、聖王国の王子であるフレドリック様と婚約をするに至ったわけですが。

 当のフレドリック様が、ご自分の聖妃となる女が、孤児院出身であることがたいそう嫌だったみたいで。


 この3年ほど、フレドリック様からはずっと、空気のような存在としてーーそれもただの空気じゃなく、汚い空気のような存在としてーー扱われてきました。


「……あの、そうすると。本物の、聖女の方が現れたと言うことでしょうか」

「当たり前のことを聞くな。だからこうしてお前を偽物だと断罪しているのではないか」


 そう言うと、ドアの近くに控えていた執事に向かって、フレドリック様がさっと合図を送ったのが見えた。


「見せてやろう。お前が偽物だと言う証拠をな。ーーシルヴィア」

「ーー失礼致します」


 そう言って。

 がちゃり、と開いた扉から現れたのは。

 この国の伯爵令嬢で、フレドリック様の幼馴染でもある、シルヴィア様だった。


「シルヴィア。よく来てくれた」

「とんでもございませんわ、フレドリック様。わたくし、ようやくフレドリック様のお役に立てる日が来て、本当にもう、心から嬉しくて仕方ありませんの」


 甘ったるい声でフレドリック様の名前を呼び、人目も憚らずにべったりとフレドリック様に抱きついてしなだれるシルヴィア様。


 シルヴィア様は昔からこうで、大好きだったフレドリック様の婚約者の座を、庶民で孤児のわたしに奪われたのが許せなかったらしく、事あるごとに当てつけのように嫌がらせをしてくるのだった。


「ーーそれに」


 と、シルヴィア様はちらりとわたしのほうに目を向けて、手の甲をこちらに見せつけるようにスッと顔に手を添える。


「聖王の高貴な血筋が、卑しい娘の汚い策略で汚されることを防げて、本当によかったですわ」


 そう、嫣然と微笑む、その顔に添えられた手の甲には。

 わたしの手の甲にあるものとが、色鮮やかに刻み込まれていたのだった。



 ――思わず、自分の手の甲と見比べる。


 ……えっと。あれ?

 なんで、シルヴィア様の手の甲に、わたしのと同じ聖痕があるんだろう?

 え、じゃあなに? 向こうが本物でわたしが偽物ってこと?


 とっさに自分でもどっちが正しいのかわからなくなる。

 でもそうしたら、わたしの手の甲にあるこれはなんなのか。

 ある日突然浮かび上がってきたのは、神託的なものではなかったのだろうか?


 脳内に次々に浮かぶ疑問点に眉をしかめながら、まじまじと己の聖痕を見つめる。


 聖痕は、星をかたどった紋章の形をなしている。

 この星は、この世界の神、イリス神の象徴とされている。

 寝ぼけてぶつけて出来ました、っていう痣とは全然わけが違うんですよ。


 いまだ混乱から抜け出せていないわたしに構わず、フレドリック様は話の先を続けてきた。


「お前のやったことは、王家を謀ったということだ。本来ならば死罪に値する重罪だが……。それだと可哀想だと心優しいシルヴィアが言うのでな」


 国外追放で勘弁してやる――。

 と、フレドリック様が冷たく言い放った。


「あの……、わたしがもし本当に聖女じゃなかったのなら、混乱を避けるために国外追放とかでも構わないのですが……。ほんとうに、ほんとうに大丈夫なのでしょうか。わたしがいなくなることで、この国の国民の皆さんに迷惑がかからないかが……」


 展開の速さに思わず心配になり、余計な質問だとはわかりつつもフレドリック様に問いかけてしまった。

 だってほら、わたしにも聖痕があるんですよ?

 こんな、事の真偽も訊さずに、ペペっと追い出しちゃったりなんかして、本当に大丈夫なんだろうか。


 ちなみに、なぜわたしがこんなに心配しているかというと、それを説明するにはまず、この国において聖女の役割とはなにか、という話から説明が必要になる。


 この聖王国は、いまから400年程前に、初代聖女エリシエルと勇者が、この地に現れた魔獣フレスヴェルグを倒したことで興ったのだとされている。

 聖女と勇者が魔獣を倒したことで、人々はようやく、再び平和な暮らしを送ることができるようになったと安堵した。

 ――しかし。

 魔獣の亡骸から放たれる瘴気が、この地を、人の住む事のできない不毛の地と変えてしまったのだ。

 自分たちの土地を汚され、悲しみに嘆く人々を前に、聖女が魔獣の亡骸に祈りを捧げた。

 すると、それまで立ち込めていた瘴気が浄化され、たちまち、再び人が住めるような土地に生き返ったと言う。


 それ以来。

 勇者はこの場所に国を興し、自らが聖王となり。

 聖女が亡くなったら次の聖女を見つけ出し、浄化してこの土地に住み続けられるようにすることで、この国が続いてきた。

 この地に【聖王国】という自治国家が生まれることになったのは、このような経緯があったからだと言われている。


「もし、わたしがこの土地を離れたことで、この国に瘴気がおこって人が住めなくなったりしたら……」

「……はっ。くだらぬ。お前はそんなくだらない話を、本気で信じているのか?」


 わたしがあわあわとフレドリック様に問い訊ねたら、嘲るように一笑にふされてしまった。


「子供ですらおとぎ話だとわかっているような話だぞ? そんな話にばかり気を取られているから、お前には聖女としての威厳も、為政者としての責任も備わらなかったのだ」


 と、フレドリック様が呆れたと言わんばかりに話を続ける。


「魔獣の伝説など戯言だ。それに、仮に本当に瘴気が発生したとしても、いまや魔道具でも浄化ができるほどに魔法文明は発達している。ただ祈るだけで、効果があるのか無いのかわからない聖女の力などよりも、そっちの方がよっぽどあてになる」


 そう言うと、フレドリック様はわたしに向かって「話はそれだけだ。わかったらとっととこの城からでていってくれ」と汚いものでも払うように、しっしっ、と手を振った。


「あの、では、シルヴィア様にもろもろの引き継ぎとかは」

「うるさい! そうやって、ぐずぐずと居座る気でいるのだろう! でていけといったのに、何度も同じことを言わせるな!」


 フレドリック様が声を荒げると、わたしはちょうど両サイドにいた兵士ふたりに両脇を引っ掴まれて、ぽいっと部屋の外に放り出されて、ばたん! と部屋から追い出されてしまった。



「…………。」



 突然のことに、ただただ茫然とした。

 しかし、いつまでもドアの前に立ち尽くしていても、またフレドリック様にどやされると思って、とぼとぼと歩み始める。


 忙しさに追われることがなくなって、ほっとしたような。

 偽物だ、お前がいても無駄だ、って言われて、がっくりきたような。


 わたしがこれまで頑張ってきたことってなんだったんだろう……。

 フレドリック様の聖女として、みんなの役に立てるよう、頑張ってきたつもりだったんだけどな……。

 それが全部、空回ってしまっていたのだろうか。


 なんだか泣きたいような気もするけど、涙を流すほどの気力もなく。

 重い足を引きずりながら、わたしは部屋へと戻っていったのだった。

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