46 公爵家のお茶会

「フィフィ、トアール国の国王が病死した」

「えっ!?」

「明日の新聞の一面だ」



「それならもう恐れたり警戒したりしなくていいのね」


「リオール閣下や義父上も背負っていたものを下せるだろう」

「二人ともお母さまのことでずっと苦しんでいたのよね。私はそれが一番うれしいわ」


「これからはフィフィも行動範囲を広げられるな」


「あの、それならマリアベルや、帝国の令嬢達とお茶をしたりして交流したいの」

「ああ、皇太子宮に招待してもいいし、ルイスの家、公爵家の邸宅も安全だ。好きにするといい」

「ありがとう」


「あと旅行だが、スノーバレーの代わりにサウススプリングスに行こうと思うがどうだ?」

「サウススプリングス……、南部のリゾート地で、海を見ながら温泉に入れるところね」


「今回はお忍び旅だ。フィフィには国のいろいろな場所を知ってもらいたいからな」


「公務は絡めなくていいの?」

「いろいろなものが片付いたから、今は少し羽を伸ばしたい気分なんだ」

「わかったわ。楽しみね」



 ◇◇◇


 今日は、クラーク公爵家にお邪魔して、マリアベルとお茶をする日だ。


「マリィ、久しぶりに会えてうれしいわ」

「私もよ」


 マリアベルは、ソフィアの婚約式より少し前に帝国に来ていて、クラーク公爵家にて次期公爵夫人としての教育を受けている。


 公爵夫妻も、マリアベルの聡明さとかわいらしさに、まだ結婚前にもかかわらず、うちの嫁かわいい自慢を始めているらしい。


「同じ国にいても、なかなか会えないものなのね」

「そうね。ソフィーも私も覚えなければならないことだらけだもの」


 時間の許す限りお互いの近況を話していると、マリアベルがある人物のことを話題に挙げた。


「そういえば、帝国の令嬢で1人、面倒なタイプの令嬢がいるみたいね」

「それって、ヴァレンティナ侯爵令嬢?」

「そうよ。ソフィーの嘘の噂をあちこちでばらまいているみたいなの」


「えっ? どんな?」

「ソフィーは本当は不細工で、厚化粧をして皇太子殿下を騙している悪役令嬢だって話よ」

「どうしてそういう話になったのかしら?」

「ね、不思議でしょ? どういう情報を仕入れたらソフィーが不細工だってなるのかしら。思考回路が謎すぎるわ」


「ヴァレンティナ嬢の中では、私が悪役令嬢で、彼女がヒロインなのね」

「私、その話を聞くたびに訂正しているけど、まだ知り合いも多くはないから、なかなか噂が消えないのよ」


「そういえばお城でもね……」


 ソフィアは温室前での出来事を説明する。


「筆頭婚約者候補って自称なんでしょ」

「そうなの。まったく話が噛み合わなくて、みんな疲れてしまったのよ」


「あ、私いいこと思いついたわ。今度ヴァレンティナ嬢やほかの令嬢達を招待してお茶会をするの」

「?」


「でね……」



 ◇◇◇


 別の日、クラーク公爵家にてお茶会が催された。

 招待された令嬢も多く、華やかな感じだ。


 公爵家にふさわしく、最上級のお茶とお菓子が用意されており、部屋の装飾も令嬢達に合わせてかわいらしい雰囲気で整えられている。


 そこに、ヴァレンティナ嬢も来場した。

 流石にいきなりソフィアには絡んでは来ないが、なんだか感じの悪い空気をまとっている。



 お茶会が始まるとソフィアやマリアベルと話をしてみたい令嬢達が次々に声をかけて来る。

「ソフィア様、今日はお話できてうれしいです」

「私、ソフィア様とマリアベル様に憧れているんです」


「今、帝国の令息たちの中で、ランドール王国への留学希望者が殺到しているんですよ」

「ソフィア様とマリアベル様を見て、王国に行けばお二人のような恋人を作れると勘違いしている者が多いとか」

「男って単純ですわね」



 などと、雑談をしていると、ヴァレンティナ嬢がカットインしてきた。


「ちょっとあなた、まだ帝国にいたの?」

 一瞬にして会場は静まりかえる。

「メイクを落として、素顔を見せなさいよ」



「それなら、今日はメイク教室にしましょうか?」

 すかさず、マリアベルが切り返す。


「は?」

「ソフィア様や皆様にモデルになってもらって、いろいろなメイクを試してみたら面白いと思うのだけどいかがかしら?」

「その女の、すっぴん顔が見れるのならなんでもいいわ」


 たまたまこの流れになったが、もともと素顔を見せるのは計画のうちだ。


「では、ソフィア様、公爵家でメイクの腕が良い侍女を呼びますね」



 侍女が化粧道具一式を持参して部屋に入ると、令嬢達がワクワク顔に変わった。


 噂通りなのかそれとも……。



「では、ソフィア様、まずはクレンジングをします」

 そう言ってコットンを手に取ると、手際よくソフィアのメイクを落としていく。


「クレンジング終わりました。ソフィア様、素顔もお美しいです」

 侍女がそう言うと、令嬢達が驚きの反応を見せる。


「えっ、全然変わらない、ですわ」

「少し幼げな雰囲気にになったのかしら? お綺麗です」

「すっぴんでも変わらぬその美しさ。羨ましいですわ」



 令嬢達の反応に対して、ヴァレンティナ嬢が食って掛かる。

「ちょっと、そこの侍女、ちゃんと仕事をしたの!?」

「はい、仰せの通り」

「もっと不細工なはずなのよ」

「いいえ、ソフィア様はあまり濃いメイクではございませんでした」

「あなた、侍女のくせに口答えするなんて生意気よ!」


 マリアベルが毅然と対応する。

「ヴァレンティナ嬢、ソフィア様や公爵家の侍女を貶める言い方はお止めになって」


「あなたもよそ者のクセに生意気なのよ。ルイス様を手に入れたからって偉くなったつもりでいるんでしょう?」


「このように場を乱すのなら、お帰りください」

「ふん、言われなくても帰るわよ。こんなお茶会、楽しくないもの」


 そう言って、ヴァレンティナ嬢は帰って行った。

 話が伝わらないのは相変わらずだった。


 だが、ほかの令嬢達にソフィアの素顔を見せられたのが、今日の成果だ。




「それで、これが小悪魔風メイクです」

「きゃー! ソフィア様、魅惑的ですぅ」


 すっかりメイク大会だ。


 侍女の腕がいいのは間違いないが、さっきから、舞台女優風メイクだの、踊り子風メイクだの、いろいろ試されていて流石に疲れてきた。

 もう目的は果たしたし、恥ずかしいので帰りたい。



 そのタイミングでルイスが帰宅し、レオナルドが迎えに来たと言いながらやってきた。


 令嬢達の興奮が増す。



 レオナルドはまさかの小悪魔風メイクのソフィアとご対面だ。


「フィフィ!? ……今日はお茶会……だよな?」

「レオ、恥ずかしいから見ないで」

「早く帰ろう」


 レオナルドは、なぜかソフィアを横抱きにして馬車に消えていった。



 マリアベルがルイスに言った。

「あの二人、……あんな感じで仲が良いのね」

「僕もいろいろ大変なんだ」

「わかる気がするわ」



 その後、ソフィアが不細工だという噂は瞬く間に消えていった。

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