エピローグ
その後も、ヴァレンティナ嬢からの仕掛けは続いたが、残念ながら二人の仲を深める効果しか生まなかった。
城も出入禁止となっていたが、それでも侵入してこようとし、立場をわきまえない行動が目についたため、バーツ侯爵が厳重注意を受けることとなった。
「お父さま、重要なお話とは?」
「皇太子殿下と婚約者のソフィア様に対して、ティナが何度も迷惑な行為をしていると聞いたのだが、本当なのか?」
「いいえ、お父さま、私は悪くないのよ。あの悪女がレオ様をたぶらかしているのを私がお救いするの」
「あの悪女とはソフィア様のことなんだな?」
「そうよ。黒猫の精霊が見えるなんて、堂々と嘘をつける女よ。見た目も不細工のくせに隠しているの」
「やっぱり、宰相に言われたことは本当だったんだ」
「なあに? お父さま」
「ティナが自分勝手な妄想に取りつかれているということだ」
「妄想なんて……」
バーツ侯爵は、ヴァレンティナの言葉を遮って強い口調で言う。
「ティナの嫁ぎ先を決めた。他国の遠縁の子爵家だ」
「は? お父さま、どういうこと? 私はレオ様と結婚するのよ」
「唯一様と出会われた殿下とは結婚できるわけがないんだ。3日後にここを出ていけるよう準備しなさい。それまで、屋敷から出ることは許さない」
「えっ、嫌よ。私、レオ様以外の人と結婚なんてできないわ」
「3日後だ」
「お父さま、レオ様と話をさせて」
「これ以上かばえないんだ……」
バーツ侯爵はそれ以上の言葉を発することはなかった。
◇◇◇
ソフィアとレオナルドの結婚式は、婚約式から半年後に行われた。帝国の皇太子クラスとしては異例の速さだ。
そして、レオナルドはこの日までとにかく我慢を貫いた。
愛している婚約者が壁一枚隔てた隣の部屋で寝ている環境なのだ。
誰かに褒めてもらいたい。
とは言え、温泉での一件以来、ここまでならOKなラインがだいぶレオナルド寄りに来ていたため我慢できたとも言える。
ソフィアのウェディングドレス姿はそれはもう美しいものだった。
レオナルドのフリーズは人生4度目。
(君は太陽だ! まぶしすぎる!!)
そして俺はその太陽に向かう花、そう、ひまわりだ。
ソフィアが首をかしげながら言う。
「ひまわり?」
あ、そっち……
「ひまわり、のブーケもこのドレスなら似合うかなって思っただけだ。とにかく君は最高の俺の唯一だ」
「レオも私の唯一よ。愛してるわ」
ちょっと待った。
夜までまだ何時間もあるのに、さらっとそういうことを言わないでくれ。
我慢するのも大変なんだ。
そこからの儀式やお披露目などの行事は、ソフィアの一挙一動を目に焼き付けることに集中した。一生忘れることはない。
そして、次の日の朝、レオナルドは夫婦の寝室で目を覚ました。
我慢に我慢を重ね、昨夜やっとその時を迎えることができたのだ。
目が覚めたら隣に愛しい妻が眠っている。
「俺の妻……」
静かな部屋でつぶやいて響きを確かめる。
レオナルドはこの上ない充足感をかみしめていた。
唯一を見つけたこと、初めてキスをした時のこと、ソフィアを婚約者として迎えたこと、すべてが素晴らしいことだったが、それとは次元の違う極上のものもあるということを知ってしまったのだ。
一度味をしめてしまったこの満足感は、止められる気がしない。
自分がこれに飽きることなどあるのだろうか。
レオナルドは、肘枕をついて、しばらくソフィアの寝顔を見つめていたが、顔にかかる髪をよけるとおでこにキスをした。
ソフィアが身動いで、薄く開いた目がレオナルドをとらえた。
「ん、……レオ、おはよ」
「……ああ、おはよう。起こしてしまったか」
かわいい。
何これ幸せなんだけど。
「昨日は色々無理をさせてしまったな」
「ううん、……大丈夫。体が少し重いけど……、私、幸せ」
そう言うとソフィアは、レオナルドの胸元に顔をうずめるようにすり寄ってきた。
そんなことをしたら……
あーもう
……フィフィ、完全に起きてしまったじゃないか。
もう我慢しないから覚悟してくれよ。
「! レオ!?」
「朝食にはまだ早い時間だよな?」
◇◇◇
それからの日々は、レオナルドが我慢していた反動のせいか、ソフィアは朝早い時間には起きられない残念習慣が続いていた。
「レオ、今日は公務があるから抑えてって言ったのに」
「いつもよりは控え目だったただろう?」
「……レオの馬鹿」
子供もいずれは欲しいが、まだまだ先でいい。
あと数年は愛しい唯一を独り占めしたいから。
二人の甘い生活はまだまだ続きそうだ。
◇◇◇
さてさて公務の方は、というと……
婚約式が終わった後から、皇太子妃としての仕事を覚えるために、ソフィアには専用の執務室が用意されていた。
福祉や教育、文化などについて、サマンサ皇妃の仕事を教わりながら、早く覚えようと日々張り切っていたのだ。
ソフィアはもともと勉強や仕事は嫌いではない。
いろいろできるようになって来て楽しさも感じられるようになっていた。
正式に皇太子妃となり、新婚生活にも慣れてきた頃、いつものように執務室に入ると、机の上に見慣れない書類箱が置かれているのに気がついた。
「エマ、あの箱は何?」
「先ほどレオ様が置いていかれました」
「新しいお仕事の書類かしら?」
ソフィアが箱を開くと、何やら少し厚めの紙束が入っている。
ソフィアの目に飛び込んできたのは、一番上の紙の真ん中に書いてある言葉だった。
『黒猫のお散歩』
「……」
……このネーミングセンス
……嫌な予感
ソフィアは紙束を手に取り、パラパラとめくる。
……出会いの舞台は学園の散策林のベンチ
本の原稿だ。
ソフィアがその原稿を持つ手は、既にプルプル震えている。
「何これ……、R18!?」
ソフィアのつぶやきはエマにも聞こえないくらい小さいものだった。
すると、紙束に挟まっていた栞のような紙がひらひらと落ちた。
ソフィアが拾って見ると、それはレオナルドからのメッセージカードだった。
『舞台化予定だよ』
「エマぁー! レオを呼んでちょうだい。今すぐよ!!!」
Fin
―――――――――――――
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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