35 皇妃からの助言
次の日になり、サマンサと二人きりのお茶会だ。
ソフィアのスイーツ好きは情報として伝わっているようで、しっかり用意されていた。
朝食の後だから量を食べられないのが残念だが。
「ソフィーちゃん、あの子、あなたにしつこく迫ったりしていないわよね? 大変だと思ったら、私に言ってちょうだいね。すぐに対処するわ」
「そんなことなど……、ございませんわ」
「その間が少し気になるけど、まあ、大丈夫そうね」
しばらく雑談をしていたが、サマンサから尋ねられる。
「ところで、ソフィーちゃんは、その……、あのミュージカルは観たのかしら?」
「それは、『子犬の縁結び』ですか?」
「そう、それよ」
「はい。観ました」
「そうなのね。あれ、自分がモデルになっていると思うと恥ずかしいのよ」
「でも、素敵でした。今の皇帝陛下はあのように情熱的でいらっしゃるのですね」
「……ソフィーちゃん、ここだけの話してもいいかしら?」
「はい?」
「この国の歴代皇帝はね、為政者としてはとても優秀なのよ。優秀なんだけど……、唯一様に対してはヘタレぞろいなの。レオナルドもそうなんでしょう?」
「えっ?」
「あのミュージカルの盛り上がるシーン、かなり脚色しているのよ」
ん?
ソフィアは首をかしげるしかなかった。
「実際は、後から聞いたんだけど、あの人、私と出会った瞬間、嬉しすぎて固まってしまったらしいの。それと同時に『嫌われたら生きていけない』と思ったそうよ。そこから、もじもじしてしまって、なかなか近づいて来なかったの。精霊がこんなにベタベタ甘えて来るのに。ねえ、パフ?」
サマンサの膝の上には子犬の姿をしたマゼランの精霊――名前をパフと言う――がサマンサに声をかけられてしっぽをプルプル振っている。
マゼランの髪の色と同じ赤い毛色のふわふわの子犬だ。とてもかわいらしい。
「あの人、私に対して付かず離れずの距離感をキープしたままでね。半年過ぎてしまったの。半年よ。私ってどういうご縁なのかさんざん悩んだわ」
その気持ちはソフィアがついこの間まで感じていたものとほぼ同じもののようだ。
「結局、あの人の側近が私の背中を押すものだから私から動いたのよ。……今思うと納得できないわ。本当ならあの人の背中を押すべきよね?」
後で確認しなくちゃ、と独り言を言いながらサマンサは続ける。
「だからあのミュージカルの出会いのシーンは実際は半年後のことよ。そして、あの場面を途中まで男女入れ替えてイメージしてみて頂戴」
実際にイメージしてみるが、だとすると、サマンサ皇妃がかなり積極的に頑張ったということになる。
「……そうだったのですね」
「あくまで途中までだけどね。途中から主導権を握られてしまって大変だったのよ。なかなか離してくれなくて……」
サマンサが遠い目をしながら話すところを見ると、彼女もどうやら大変な思いをしたらしかった。
「だからね、ソフィーちゃん、ここからが注意事項よ。この血筋はね、一度ここまでならOKだと思ったら、歯止めがきかないのよ。我慢していた反動なのかしら。恐ろしいわ」
ソフィアも、あの日あの時以降、ところかまわずキスを求めて来るレオナルドに、既に少し手を焼いていたのだ。
「レオ様にも少しその傾向があるような気がします」
「少しで済んでるの? 嫌な時はガツンと言っていいのよ。そのせいで嫌われることなど絶対ないから」
「……はい。わかりました」
「もしかしたら、婚約式の後は、さらに距離を詰めようとするかもしれないわね。結婚式まで待てができない子かもしれないわ。あの人と一緒で……。ソフィーちゃんが嫌でないならこちらとしてはかまわないけど」
「えっ、か、考えたこともありませんでしたわ」
急にそっちの話を振られてソフィアは思考回路が働かなくなってしまった。
あらあら初心なのね。
などと、サマンサが思っていたことは伏せておこう。
「いろいろ心の準備のために話しておきたかったのよ」
「ありがとうございます」
「今日話したことは唯一に選ばれてしまった私たちだけの秘密よ。歴代の皇帝や皇太子が唯一様にヘタレだなんて威厳を保てないもの」
「はい。もちろんです。今日はお話が聞けて良かったです」
レオ様ってヘタレだったの?
告白まで時間がかかったのもそのせいだったってこと?
こんなこと、誰にも言えないと思うソフィアだった。
王国に戻る前にレオナルドが見せたいものがあるとソフィアを城の外に連れていく。
城の東側に立派な建物が建っているのが見える。
「あれが皇太子宮だ。帰国したら俺と君が過ごすところだよ」
「すごく美しい建物なのね」
建築物としても相当な価値がありそうだ。
「今、内装を改装中でね。二人のために家具なども全部入れ替えているんだ」
「そんな、そこまでお金をかけなくても、使えるものはそのままで構わないわ」
「いや、ちゃんとリサイクルはするから大丈夫だ。その日まで楽しみしてくれ」
レオナルドはとても機嫌が良さそうだった。
「フィフィ、ちょっとこっちへ」
「?」
手を引かれて通路の隅に移動する。
「ここなら人目がないから。ね」
ああ、この流れは『歯止めがきかない』アレかしら。
ソフィアの予想は外れなかった。
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