34 婚約の手続き
エトワール侯爵家に戻ると、レオナルドが応接室で父と兄と書類のやり取りをしていた。
「フィフィ、婚約の挨拶は済ませたよ。今は両国での婚約手続きの話をしているんだ」
「えっ」
「お父さま、マックス兄さま、私がレオナルド殿下の婚約者になることを認めてくださるのですね」
「もちろんだ。ソフィーが望んだことで、それがソフィーの幸せに繋がることなら、私たちが反対するわけがないだろう。思ったより早かったのが残念だが、この日が来ることはわかっていたからな」
「逆に、帝国の方が、ソフィーをいろいろな意味で守れるかもしれないからな。レオナルド殿下、妹を頼みます」
「お父さま、マックス兄さま……」
ソフィアは、嬉しいような寂しいようなそんな気持ちに包まれていた。
「だがソフィー、帝国に渡る直前まで、カチューシャはつけているんだ。王国内では何かと不安があってね。父からのお願いだ」
「レオナルド殿下が、留学を終えて帰国される直前に、王宮で夜会が開かれるんだ。その夜会が、婚約発表とソフィーの素顔のお披露目の場とするのがいいと思う。もう兄としてソフィーをエスコートできないのが残念だが」
「それで、フィフィ、この書類に署名をしてくれないか?」
「えっと、王国に届け出る婚約の書類ですね」
見ると、ソフィアの署名欄以外は整っている状態のものだった。
いつの間に準備したのかしら。
「フィフィ、急ですまないが次の週末、帝国に一緒に行ってほしい。帝国でも書類上の手続きを済ませておきたいんだ」
「……わかりました」
この感じが、マリアベルの言っていた嵐のようなということなのだろうか。
「それともう一つ、両親と姉が、君に会いたいと駄々をこねていてね」
「謁見でしょうか? でしたらそれにふさわしいドレスを用意しなければなりませんわ」
「いや、そんな堅苦しいものではないし、ドレスならもうこちらで用意できているから大丈夫だ」
「えっ?」
「ま、まあ、エマという優秀な侍女がいるからね」
スーパー侍女エマは、ソフィアがエトワール侯爵令嬢だと判明したその翌日には、エトワール侯爵家ご用達のドレスメーカーに今後必要になりそうなドレスを注文していたのだ。
ついでにソフィアのサイズ表も手に入れ、帝国側でも着々と準備が進んでいたりする。
「がっかりされないかしら」
「それは絶対にない!」
帝国への移動は、王国から帝国への転移門を使用する。
事前に設置したポイントからポイントまで1回最大5人まで転移することができるが、悪事の利用を防ぐため、1日2回までしかできないようになっている。当然限られた要人の利用が中心となるのだ。
今回は学園の休日を使って1泊2日で訪問予定だ。
レオナルド、ルイス、エマ、ソフィアと父ブライアンの5人で登城することになった。
念のため、皇帝に会うまではカチューシャをつけていくことにした。
その日、転移門をくぐると、少しゆれたような感覚を覚えたものの、無事通過することができた。
帝国側の、転移門を出たところで用意されていた馬車に乗り込む。
ほどなく皇城に着くと謁見の間ではなく、プライベートスペースのような部屋に通された。
そこには帝国の皇帝陛下マゼランと皇妃のサマンサ、そしてレオナルドの姉アンジェラ皇女が待っていた。
お決まりの挨拶の後、謁見の間ではないので略式でよいと言われ、簡単な自己紹介を行う。
皇帝マゼランは、燃えるような赤い色の髪で、ダークブルーの瞳の美丈夫だった。皇帝としての威厳というかオーラが半端ない。
皇妃サマンサは、黒い髪にオレンジ色の瞳で、華奢な感じの清楚系の美女だった。
レオナルドの姉、アンジェラ皇女は、父親譲りの赤い髪に母親譲りの瞳の、ゴージャスな感じの美女だった。レオナルドと逆の形で親から色を受け継いだようだ。
ここで、ソフィアはエマにカチューシャを外してもらう。
皇帝マゼランが感嘆の声をあげた。
「なんと、印象を変える魔道具とは聞いていたが、ここまでの性能とは。この技術を表に出すのは危険だな」
「はい。ですので、今まで娘は『化粧』で目立たなくしていたということにするつもりです」
「それがいいだろう」
マゼランもサマンサも気さくな感じで話しかけて来る。
「お美しいご令嬢だと聞いていたんだけれど本当ね。ソフィアちゃんはうちのレオナルドにはもったいなく感じてしまうわ」
「こんなにかわいいソフィアちゃんがわが娘となるなんて夢のようだ。ところでレオナルド、ソフィアちゃんに無理やりあれこれしていないだろうな。暴走しないようしっかり感情を制御するんだぞ」
「余計なお世話です。父上。私は父上とは違ってちゃんとコントロールできていますから」
どこがだ
ルイスとエマが一瞬半目になったのをサマンサ皇妃だけはしっかり見ていた。
それまで無言だったアンジェラが口を開く。
「ソフィアちゃん、私、あなたみたいなかわいい義妹が欲しかったの。ソフィーと呼ばせてね。私のことはお義姉さまと呼んでほしいわ」
「はい。お義姉さま」
ソフィアは笑顔で答える。
「何これかわいい。私がもらってもいいかしら」
「ちょっとアンジェ、まだ正式に婚約もしていないのに気が早いわよ。でも、私もソフィーと呼びたいわ。うちの子と結婚したら私のことはお義母さまと呼んでね」
「はい、ぜひソフィーとお呼びください。私の母は早くに亡くなったので、皇妃様がたった一人のお義母さまです。とても嬉しいです」
「まぁ~、早く嫁いでいらっしゃい」
「二人ともずるいぞ。わしもソ、ソフィーと呼びたい。いずれはお義父さまと呼んでくれ」
「はい、ぜひ。素敵な『おとうさま』がもう一人増えるので、私は幸せ者です」
「“素敵な”のところをもう一度言ってくれないか?」
「あなた、調子に乗ってはいけませんわ」
「すまん」
「フィフィ、俺のことは?」
「レオ様?」
「そろそろレオと呼んでくれてもいいんだぞ」
「徐々に、でお願いします」
「レオナルド、あなたはいつでも話ができるでしょう。しゃしゃり出てこないでね。ソフィーは、今回は私たちと話すのよ」
姉は強かった。
いろいろ話をしているうちに、ミールがソフィアの膝の上に乗りゴロゴロし始めた。
「あら、ミール、甘えん坊さんね。やっぱりソフィーの膝の上が好きなのね」
とアンジェラが振ると、
「我が一族の精霊は、例外なく唯一様が好きなようだ」
とマゼランが反応し、
「主様と行動が似ていらしてよ」
とサマンサがすました顔で答える。
ああ……そういうことか
サマンサの一言で、この部屋にいたうちの心当たりのある何人かが遠い目になった。
マゼランとレオナルドは、意味が分からないといった表情だ。
婚約関係のいろいろな書類にサインをして、訪問した目的を果たすと今日の顔合わせはお開きだ。
書類上は婚約者となったが、帝国でのお披露目の場としての婚約式は、レオナルドが帰国してから2か月後に行われることとなった。これも異例の速さだ。
部屋を退出する時にソフィアはサマンサに呼び止められた。
「ソフィーちゃん、明日の午前中、帰国前に私とお茶をしましょう。どうしても話しておきたいことがあるの」
「はい。わかりました」
どうしても話しておきたいこととは何だろうか。
少しだけ緊張するソフィアだった。
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