31 思いの丈


 自分のことをフィフィと呼ぶ声がして、慌てて振り向くと、憔悴しきった顔のレオナルドが立っていた。


 !!!

 なぜ、レオ様がここに……。

 今は会いたくないのに。


 ソフィアは図書室から出ていこうと立ち上がったが、出口の方向にレオナルドがいるため、進むことができない。


 ソフィアは目をそらしながら独り言のように声を出す。

「レオナルド殿下、しばらくお会いしたくないとお伝えしたはずですが」


「フィフィ、……どうして俺を避けるんだ!?」


 ソフィアはドキッとした。今までこんな風にレオナルドが感情を露わにするのを見たことがなかったからだ。

 レオナルドの顔を見ると、その辛そうな表情から目がそらせなくなってしまった。


「どうすれば君は俺のものになる?」

「殿下、私は……」

「レオだ。フィフィ、俺のことはレオと呼ぶんだ」


 レオナルドが一歩近づいた。

 つられてソフィアが一歩後ろに下がると、レオナルドはさらに距離を詰める。


「フィフィ、俺は君さえいてくればほかに何もいらないんだ」

「レ、レオ様、こちらに来ないでくださいませ」

「それはできない」


 ソフィアは少しずつ後ずさり、レオナルドから距離を取ろうとするが、レオナルドがそれを許さない。


「フィフィ、俺は君の全てが欲しい」


 気づけばソフィアの背後にはもうこれ以上後ろに下がれるスペースがなくなっていた。


 レオナルドが目の前に立ち塞がりソフィアの逃げ場はない。

 ソフィアの体は金縛りにあったかのように動けなくなっていた。


「俺はもう我慢しない!」


 次の瞬間、レオナルドの左腕がソフィアを抱き寄せ、右手の長い指がソフィアの顎にかかった。

「フィフィ、君が好きなんだ!」

 

 !!!



 唇が重なっていることに気づいた時には、ソフィアの身体はレオナルドに抱え込まれていた。

 甘いしびれが波のように全身を襲い、経験のない緊張が呼吸を苦しくする。


「はぁ……」

 息をしようとソフィアが口をあけた瞬間をレオナルドがとらえる。


「……んっ……」


 ……激し


 ……


 静まり返った図書室で、目を閉じたソフィアの耳に届くのは、衣ずれの音と二人の間の甘い音だけだ。


 何度も顔の角度を変え、繰り返されるソレは終わる気配もない。



 どのくらい時間がたったのか、一瞬レオナルドが唇を離した。

 ソフィアが薄く目を開けるとレオナルドの愛おしそうな目がこちらを見ている。

「フィフィ、君が俺の唯一だ」

 レオナルドの低い声がソフィアの心に響く。


「一目惚れだったんだ」 

 深いキスの合間にレオナルドからソフィアへの言葉がささやかれる。


「もう手放せないんだ」


「フィフィ、俺の女になって?」


「早く俺の気持ちを受け入れてくれ」


 レオナルドの言葉の数々がソフィアの頑なな気持ちを溶かす頃、レオナルドに支えられないとソフィアは足腰が立たなくなっていた。


「レオ……さま……わたくし……足が……」

「ん? 力が抜けてしまったか? 俺が支えるよ。体を預けて?」


 脱力したソフィアはレオナルドに身を委ねるしかないが、レオナルドの腕の中で満たされている自分に気づく。

 封印しようとしていた恋心があふれ出てしまって、もうこれ以上隠していられそうになかった。


「わたくし……も……レオが……好き……」


「……!! ……本当に? 本当か? 俺も好きだ。大好きだ! 一生この気持ちは変わらない!」


「レオ……」

「そうだ。フィフィ、この世で俺のことをレオと呼んでいいのは君だけなんだ」


 ここからまた二人の会話がなくなり部屋は静かになった。



 この時レオナルドの頭の中は次のステップを思い描いていた。


 プロポーズはまだだが、自分の唯一。もともと手放す気のない愛しい女が自分とのキスだけでこの状態なのだ。

 今度こそ全部手に入れてしまってもいいかもしれない。


 肩で息をして脱力し、とろんとしているソフィアの体をばっと横抱きにすると、レオナルドは図書室から出ていくことにした。目指すはソフィアが泊っている客室だ。

「フィフィの客室は2階か?」



 図書室の扉を開けると、そこには散歩に出かけたはずのルイスと、ホテルで待機していたはずのエマが待ち構えていた。


 レオナルドは固まり、ソフィアは横抱きにされている恥ずかしさから真っ赤になった。

「レオ様、誤解は解けましたか?」

「……ああ。もちろん。……皆に心配をかけたがもう大丈夫だ」

 皇太子らしく答えたが、そのセリフと今見られている姿がアンマッチだ。


「フィフィ様、部屋で休まれますか?」

 エマに言われてソフィアはうなずくことしかできなかった。



 立てなくなっていたソフィアを部屋まで送り届けると、レオナルドとルイスは一旦ホテルに戻った。


「とりあえず、誤解は解けて告白もできたということで?」

「……ああ、思いの丈を全部ぶつけてみた」

「それがどこでどういう流れになったら、あの状態のフィフィ様を横抱きにして急いで出てくる展開になるんですか!?」

「……自分なりの段階を踏んだ結果……だ」

「自分なりの段階……ねぇ」


 まあ、何はともあれ、レオ様にしては……

 大変よくできました。

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