07 レオナルドの昼休み

 留学してしばらくたったある日の昼休み、突然ミールが反応した。時期的には中途半端なタイミングだ。


 ものすごい勢いで走っていくミールを追いかける。

 こんな走りは今までに見たことがない。その先に何がいるんだ。

 全力疾走のミールは見失ったが気配はわかる。散策林の中か。


 しばらく進むと、ミールの甘えたような鳴き声と女性の声が聞こえてきた。


「あなたは、いつもレオナルド殿下の肩に乗っている黒猫様ですね? な、撫でてもよろしいでしょうか?」


 まず、その声が好ましいと感じる。そしてミールが普段から見えていて、どうやら触れているようだ。

 ミールもされるがまま、なのか?

 間違いなくその条件を満たす女性であることは間違いないが……2人目のスーパー侍女でないことを祈る。


 近づくとその女性はベンチに座っていた。残念ながら向こうを向いていて後ろ姿しか見えないが、緩やかなウェーブで長めのプラチナブロンドがさらさらと風になびいている。姿勢も美しい。


 さらに距離を縮めた時、後ろ姿だが本能的に確信した。


 彼女が唯一だ!!


 ミールに話しかけている声をもう少し聞きたくて気配を消してゆっくり近づくが、心臓の鼓動がいつもより大きく、彼女に聞こえてしまいそうだ。


 早く顔が見たい。でもこの学園で、見目麗しいとされる令嬢は……ルイスに言われるがまま何人か確認したが、プラチナブロンドの女生徒はいなかったと思う。いや顔は関係ない。総合的に好ましいことに違いないのだから。


 さらに近づくと、すごく心地のいい香りがしてきた。これが彼女の匂いか。

 匂いだけでどうにかなってしまいそうだ。


 覚悟をもって横から声をかける。

「休憩中のところ、失礼?」


 果たして振り向いた彼女を見て、俺の心臓に何かが刺さり時間が止まった。



 美しい!! 彼女の笑顔が俺の心を一瞬にして奪う。

 プラチナブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳、そして透き通るような白い肌。

 好みなんて安易な言葉で表現できない、これこそ理想だと思える女性がそこにいた。


 完璧な一目ぼれだった。


(目の前にいるのは天使なのか!?)


 誰かが言った「雷に打たれたような」とはこういうことかと納得するほどの衝撃。

 唯一に出会えた事実に魂が震える。



「……てん?」

 彼女に聞かれたことで現実に戻ってきた。

 上目遣いで首をかしげるしぐさに俺の思考力は再び奪われそうになる。


 どうやら「天使」と思ったあたりで少し声に出てしまっていたようだ。

 いやいやいきなり天使とか恥ずかしい奴と思われたくない。とっさの機転で、「天気が~」と言い直し乗り切った。


 じっと顔を見つめるのはマナー違反とはわかっているが、目をそらすことができない。


 ああ美しい。もっと見つめていたい。声を聞きたい。触れたい。抱きしめたい。キスもしたいし、何ならその先も。


 あふれてくる衝動をなけなしの理性でぐっと抑えて、名前を尋ねる。

 君の名を口にする権利が欲しい。そしてできるなら、そのかわいい口から「レオ」と呼ばれたい。


 ところが、彼女は名乗るのを躊躇した。

 なぜだ。精霊が導いた唯一である存在に身分を問うことはない。いやむしろその品のある立居振る舞いを見るに君は高位貴族じゃないのか。


 何か理由があったとしても、その理由も含めて彼女のすべてが知りたいと思う。


 立ち去ろうとするのを引き留めたくて、とっさに手が伸びてしまった。

 手首を握ると甘美なしびれが全身を駆け抜ける。

 その肌は滑らかで、そこで押しとどまった自分をだれか褒めてほしいと思う。



 彼女にゲームの話を持ち掛けられてすぐに乗った。30数えた後に追いかけて捕まえる、そんな簡単なことで名前を教えてもらえるのであれば、受けない理由はなかった。


 体力差や脚力などを考えても俺に有利な気がしたが、何か勝算があるのだろうか。彼女に余裕を感じる。でも負けられない。


 君の魔力の気配は覚えたよ。


 30カウントで離れる程度の距離なら追跡もできるからだ。


「準備できました」と笑顔で言われた時は、また時間が止まりそうになったが耐える。


 数え始めて遠ざかる彼女の気配を意識が追いかける。楽勝だ。


 ところが20まで数えたところで、衝撃が走った。


 彼女の気配が消えた!?


 どういうことだ。まるで存在しなかったかのように居場所が掴めない。

 焦る気持ちで残り10カウントすると林の中を全速力で走り抜けた。

 散策林から出て周囲を見渡すと、ちらほら生徒はいるが、あのプラチナブロンドの彼女は見当たらない。


 ありえない。何かトリックがあるのか。

 やはり彼女が見せた余裕は、逃げ切れる算段があったからということか。


 探している間に予鈴が鳴り響き、このゲームは俺の負けで終わることとなった。



 ルイスに、唯一の女性を見つけた話をする。

「レオ様は、唯一への願望が強すぎて、白昼夢でも見たのではないですか?」

「失礼な奴だな~。とにかくプラチナブロンドでエメラルドグリーン瞳をもつ令嬢をリストアップしてくれ」

「わかりましたよ。でも、天使(ぷぷっ)、天使ですか? レオ様の口からその言葉が出てくるとは思いませんでしたよ。でも、そんな美少女、この学園にいましたか?」

「笑うな。間違いなくこの学園の制服を着ていたんだ」

「しかし、名前も聞き出せないとは……。レオ様に足りないのは女性とのかけ引き術か」

「何か言ったか?」

「いいえ」


 失礼な言い方をしつつも、側近ルイスは、レオナルドにとうとう将来の伴侶となりうる女性が現れたことに嬉しさを感じていた。


 まんまと逃げられたけど。

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