アメリカ女性劇作家のこと

Yukari Kousaka

 

 他の分野同様、アメリカ演劇界においても女性は居場所を奪われつづけてきた。

 しかしまた他の分野同様に、先人たちのたゆまぬ努力によってその声と居場所は取り戻されはじめている。

 今回はアメリカ演劇界を牽引する女性劇作家たちのうち、特に「家族劇」というジャンルにおいて重要な五人の作家を紹介する。



①マーシャ・ノーマン

 『おやすみ、母さん(‘Night Mother、邦訳済み・絶版)』という家族劇で1983年にピュリッツァー戯曲賞を受賞した作家。アーサー・ミラー『セールスマンの死』を思わせる家族の一人が自殺に追い込まれてゆく物語だが、登場する家族は母親と娘しかいない。競争社会からあぶれたから、息子が望む男性像に沿わなかったから、とどこかマッチョな『セールスマンの死』を女性劇作家が女性たちだけで描き直したと言ってもいいだろう。だが、本作はただ先行作品を裏返しただけの単純なものではない。

理由もなく自殺を望む中年の娘と、彼女の自殺を止めたい高齢の母親の二人劇である。理由はないと告げ続ける娘と、彼女の離婚や息子との不和を挙げて自殺を止めようとする母親のやり取りは、悲しくもどこか滑稽ですらある。いっぽう本作において特徴的なのは、舞台上の時計と「娘が自殺することを母に話してから自殺するまで(すなわち冒頭から幕切れまで)」の劇の進行がぴったり九十分で一致することであろう。台詞の僅かな揺れや感情の動きが時間の外に出ることは許されない。不条理劇でありながら、冷酷なリアリズム。観客の抱える問題意識によって、浮かび上がる面が変わる興味深い一作だ。



②ポーラ・ヴォーゲル

 『運転免許、わたしの場合(How I Learned to Drive、上演されたが未邦訳)』で1998年にピュリッツァー戯曲賞を受賞した作家。ナボコフの『ロリータ』を読んで、(レズビアン・フェミニストでありながら)小児性愛者であるハンバート・ハンバートに共感しながら読んだという作者によるこれもまた非常に多面的で技巧的な一作である。キャラクターは大勢登場するが、役者は五人しか登場しない。主人公リルビット、主人公に車の運転方法を教えながら主人公と性的な関係を持ちたがる伯父ピットにはそれぞれ役者が一人ずつあてがわれているが、他のキャラクターは「男性コーラス」「女性コーラス」「子どもコーラス」の三人がすべてを演じる。加えて伯父に性的関係を求められた十一歳から伯父との関係を経った三十数歳までのリルビットすべてを演じるのが三十数歳の役者であるよう指定されている。これによって本作は単にリルビットの半生を追うのではなく、記憶のなかで重要でない者たちはコーラスとしてぼんやりと思い出される、かつ現在のリルビットの声で語るリルビットの回想として観ることが可能になる。作者がハンバート・ハンバートに共感してしまった、という様子もこの技法から伺い知ることができる。彼との関係を本気で嫌だと思った過去の自分の気持ちも、崩壊した家庭環境から救い出して運転に連れて行ってくれていたことを思い出してどうしても憎めない現在の自分の声も、確かに自分の声なのだと再確認するのである。これは、声を奪われてきた女性、それもレズビアン劇作家であるポーラ・ヴォーゲルだからこそできた業であろう。

 『ミネオラ・ツインズ(Mineola Twins)、大原櫻子主演で上演・邦訳済み』も忘れてはならない。大人しくて保守的で「良い子」の姉と、レズビアンで活動家で「悪い子」の妹の双子がアメリカを巻き込みながらその関係を大きく変えていく、今こそ上演されるべき一作だ。ポーラ・ヴォーゲルは極めてセンシティブでシリアスな内容を見事にブラック・ユーモアとして昇華させた。もちろん、中絶問題が作品のなかで重要な要素として登場する。

 ヴォーゲルは難解で政治色の強い劇作家だが、日本でもかなり研究の進んだ作家であるため、論文も多く見られる。観劇と合わせて是非。



③エイミー・ハーツォグ

 女性たちのケアについて描いた作品『メアリー・ジェーン(Mary Jane、未邦訳)』については以下のリンクからどうぞ(筆者の学部三年生前期末レポート)。家族を語るときには、ケアを無視することはできない。絶対に。 

 https://onl.la/C7SQtpe



④キアラ・アレグリア・ヒュデス(ヒューズ)

 ②で紹介したポーラ・ヴォーゲルの愛弟子である。ポーラ・ヴォーゲル賞も受賞している。プエルトリコ系劇作家で『イン・ザ・ハイツ(In the Heights)』の脚本家。アメリカではエスニック・マイノリティとして差別を受けがちなキューバ、プエルトリカンであることにプライドを抱き、プエルトリコ系の人々の物語だけを書く。プエルトリコの音楽を用いて表現することの多い作家である。アメリカ海兵隊としてイラン戦争に従軍していた少年ElliotをめぐるElliot三部作については以下のリンクからどうぞ(筆者の学部三年生ゼミ前期・後期プレゼン資料)。本三部作の二作目『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル(Water by the Spoonful、尾上右近主演で上演だが未邦訳)』でピュリッツァー戯曲賞を受賞している。

 一作目について:https://onl.la/2xiqs2Q

 二作目について:https://onl.la/jTkExgM

 一作目は祖父・父・息子三代の従軍体験をめぐる物語であり、二作目はElliotが帰国してからの「実の母」「育ての母の死」「インターネットでの交流(=様々な人種との関わり)」にまつわるケアの物語に拡張され、三作目は対面でのケアとコミュニケーションがより一層押し広げられ、三部作として世界がつぎつぎに拡張されてゆくのが面白い。『イン・ザ・ハイツ』とは全く違う魅力があるので、映画が良かったと思う方にはぜひ薦めたい。



⑤スーザン=ロリ・パークス

 2002年にピュリッツァー戯曲賞を受賞。2019年公開の映画『ネイティブ・サン 〜アメリカの息子〜』や2022年公開の映画『ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ』の脚本も務めている。キアラ・アレグリア・ヒュデスと同様に、黒人としてのルーツを大切にし、「ジャズ」が自らの作劇において重要であると話している。作品集を読んでいる途中なので個別の作品についての言及は控えるが、現在最も有名な黒人女性劇作家であることは疑いようもない。

 同じく家族劇をえがく黒人男性劇作家が気になる方にはオーガスト・ウィルソンを薦めたい。代表作『フェンス(Fences)』が映画化され、アカデミー主演女優賞を獲得している。



 アメリカでは「ホームに帰る」ことから野球が家族劇の比喩や象徴として用いられていたり、エスニック・マイノリティにとっての家族観が日本人のそれとは全く異なるものであったりと研究したい部分が数多くある。筆者も学び始めの身であるため、誤りがあれば躊躇わず指摘してほしい。

 戯曲は驚くほど日本で翻訳紹介されない。書店に行けば古典ばかりが目に留まる。シェイクスピア。アーサー・ミラー。テネシー・ウィリアムズ。すると女性劇作家やクィアな劇作家は益々紹介されなくなってゆく。上演もされなくなってゆく。だがアメリカ本国では女性劇作家たちは益々その輝きを増していることを覚えていてほしい。多くの戯曲は電子書籍でも手に入るから、これを機に興味を抱いていただければ幸いである。

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