第2話
「いらっしゃいませ!」
酒場で僕を出迎えたのは、リリィとは違う女給仕だった。可愛らしい丸顔の子だけれど、僕のお目当てではない。
というより、今夜の僕は客でさえないのだ。ただリリィに指定された待ち合わせ場所だから、ここへ来ただけだった。
「リリィいるかな? 彼女に用事があって……」
「あら、リリィをご指名?」
女給仕の顔から一瞬、営業スマイルが消える。
「リリィ! 指名だよー!」
振り返って叫んだ彼女がこちらに向き直った時には、元通りの笑顔を浮かべていた。
「すぐに来ますから、お待ちになってね」
そう言い残して立ち去るのと入れ違いに、リリィがやってくる。
「ジャックさん、今日も来てくださったのね。さあ、どうぞこちらへ」
いつも通りの女給仕の格好というだけでなく、対応まで普通の接客態度だった。
一応は僕も案内に従って、テーブル席に座ったが……。
「それで、本日のご注文は?」
「いや『ご注文は?』じゃなくてさ」
苦笑いしながら、言葉を続ける。
「今日は食事に来たんじゃないよ。君とデートしに来たんだ」
「私とデート……?」
リリィが不思議そうな表情をするので、僕も心配になった。つい口数も多くなる。
「ええっと、約束の日を間違えたわけじゃないよね? 僕が昨日『今度二人でメシでも行こうよ』って誘ったら『あら、いいですね』って言ってくれて……。『明日あたりどうかな?』に対しても『あら、いいですね』だったし、『明日の夜はどこにいるの?』って聞いたら『もちろんこのお店ですわ』って……」
だから僕は、ここまでリリィを迎えに来たのだ。
それなのに……。
彼女は今、困った顔になっていた。
「あらあら……」
お盆とメニューを持ったまま、言葉に詰まるリリィ。
まるで代わりに説明するかのように、近くのテーブルからクスクス笑いが聞こえてきた。
「おい、見ろよ。勘違い野郎だぜ」
「どうせ田舎から出てきたばかりで、冒険者になったばかりなんだろ。まだ右も左もわからないのさ」
「どう考えても営業トークだからな。適当に聞き流して、適当に『あら、いいですね』って相槌だけ打つやつだ」
「まさか本気にするとは……」
だんだん笑い声も大きくなり、ガハハという感じになる。
しかも、そのテーブルだけではなかった。
「『明日の夜はどこにいるの?』だってさ!」
「ここのウェイトレスなんだから、そりゃ『もちろんこのお店ですわ』って答えになるよなあ?」
と言っていたり、
「見ろ、花束持ってるぜ。花屋に言いくるめられて、売りつけられたらしい」
「あんな大きな花束、デートに持ってきたら邪魔じゃね? あれ抱えたまま、どっか行く気だったの?」
と言っていたり。
いたたまれなくなった僕は、テーブルの上に薔薇の花束を残して、店を飛び出すのだった。
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