最強女皇帝による世界征服(仮

彩無 涼鈴

第1話 絶望と追放

 私は、死んだはず――。

 なぜ……?


 ――事の発端は1年ほど前に遡る。




「かはッ――!」


 それは唐突だった。

 ルーネンブルク王国第一王女にして第一王位継承者、そして私の姉であるフィリア姉様は口から盛大に鮮血を迸らせた。原因は毒であろうことが予想されるが、それは私がフィリア姉様に頼まれて作った料理だった。


「フィリア姉様!?」

「フィリア! ティア……お前、何か変な物でも入れたのか?」


 いの一番に私を疑うお父様。


 お父様は今年で齢65となるこの国の国王である。短めの髪と髭は威厳ある金色をしており、いつも鋭い眼をしている瞳は赤色だ。昔は勇者をしており世界中を旅していたというだけあって、今でも体はがっしりしている。


 食堂の長いテーブルの端に座っていたお父様は、慌ててフィリア姉様の元まで駆け寄った。


 腰まである長い金髪が流れるように垂れる姿は、このような状況でも美しく見えてしまう。フィリア姉様はお母様の瞳の色を受け継いでおり、金髪にサファイアのような瞳はまさに奇跡の一言、誰もがその美しさに見とれるほどの美女だ。


 対する私はお母様の銀髪とお父様の紅い瞳。フィリア姉様と対局するかのようなその容姿に、「姉妹で何故こうも真逆になってしまうのか」と言われ、残念な方の王女と呼ばれることもあった。


「わ、私は何も……」


 そう弁解すると、お父様は食堂の端に待機するメイド達に視線を移す。


「ならば――この中の誰かが料理を運ぶ途中に毒を混ぜたということか!?」


 そ、それは……。


 怒鳴りに散らすお父様に対し、一人のメイドが一歩前に歩み出る。

 それを見たお父様が口を開きかけたが、メイドの方が早かった。


「それはありません。なぜなら、その料理はティア王女自らが運んでおられます」


「なにッ!? では、やはりティア、お前が……」

「ち、違いますお父様。私はそんなことしていません」


 さらに何か言いかけたお父様の顔に、フィリア姉様の手が触れる。


「お父様……ティアを、叱らないであげて…………」


 それだけ言い残し、フィリア姉様は意識を失った。


「フィリア! すぐに医者の元へ連れて行くぞ!」

「陛下、どうぞこちらへ」 


 フィリア姉様を抱きかかえたお父様が足早に歩き出すと、メイドの一人が扉を開け先導する。


 一体何が起こったのか皆目見当もつかない。

 私が料理を運んだのは事実だが、私は断じて毒など入れていない。




 ――翌日、隣国のユーテガルド王国の第二王子がこの国を訪れていた。ただの視察とかではない、フィリア姉様と婚約が決まっているためこうしてたまに会いに来るのだ。


 奇跡的なことに王子も金髪に青い瞳であり、国内では金髪美男美女のいいコンビだと、すでに祝福ムードになっている。


 そしてその夜、歓迎の宴が催されたのだが、私の記憶は何故か途中で消えていた。


 さらに翌日の朝、王城の前は大変な騒ぎとなっていた。

 何事かと現場に足を運ぶと、周囲に集まっていた人達が避けるように私から遠のき、さらにその場にいた全員の注目を浴びた。しかも、なにやらヒソヒソと小声で話す者までいる。


「な、なんだこれは!」

「こ、これは……」


 私が声を上げるよりも早く、いつの間にか隣にいたユーテガルド王国の第二王子、アルベス王子とフィリア姉様が先に声を上げていた。


 王城の門横に設置された掲示板には、とんでもない物が張り出されていた。それは、魔法投射と呼ばれる魔力により紙へ映像を転写したもので、そこにはこの町の外れにあるスイートハウスと呼ばれる建物から出てくる、私とアルベス王子が写っていた。

 スイートハウスは男女がアレをする専用の宿だと、メイドの一人に教えられた気がするのだが、それ以上の情報は私にはない。だが、そんな所で一緒にいるところを見られたらまずいくらいの認識はある。


「こ、これは……すまないユーテガルド王国の皆さん。僕にはフィリアという大事な婚約者がいながら、ティア王女の誘惑に勝てなかったんだ。アルレギの実を食べさせられたからといって、こんな誘惑に負けてしまうなんて、本当に申し訳ない!」


 初めて聞く果実(?)の名前だ。


「アルベス……」


 頭を下げるアルベス王子に寄り添うフィリア姉様。


「アルレギの実なんて食わされたら、理性が飛んでもおかしくねぇな」

「俺なら一口で30回はいけちゃうね」

「俺もここぞという時には使うな」


「もしかして王子を誘惑して婚約破棄を狙い、王位継承権を奪おうとしたんじゃないのか?」


 王位なんて、私には興味が無い。それに、22歳になるフィリア姉様とは6歳も離れているため、私にはまだまだそんな資格は先の話しだ。


「そんな……姉の婚約者である僕を陥れてまで王位が欲しいなんて……」


 誰が言ったのか分からないその言葉をアルベス王子が拾ったことにより、一瞬にして完全に私が悪者にされた。


「いつも優しい第二王女だと思っていたのに、なんてアバズレだ!」

「ティア様……信頼してましたのに」

「フィリア様可哀そう……」

「アルベス王子も元気出してくれ!」


 なんで……なんで私が悪者になってるの!?


 私は何もしてないのに!


「あっ、逃げたぞ!」


 私は居た堪れなくなりその場から走って逃げ出した。




 さらに翌日のこと、王城のバルコニーに私達は集まっていた。バルコニーの先頭にはフィリア姉様とアルベス王子が並んで立ち、二人の姿を見ようと集まった国の人々に向かって手を振っている。

 バルコニーはこの城の三階部分に設けられており、ここから見渡す限り王城の中庭だけでなく、町の方の屋根の上にまで人がいるのが見て取れる。

 

 ふいに、フィリア姉様が私に目配せをする。

 側に来いという合図だ。 

 

 私は立ち上がりフィリア姉様の隣に移動し――その瞬間、フィリア姉様の体がぐらりと傾いた。前のめりに止まることなく傾いて行き、気付いた時にはバルコニーから転落していた。


「キャァァァァァァッ!」

「フィリア王女!」


 湧き上がる悲鳴。だが、フィリア姉様の体は地面に激突する前に風に包まれて速度を落とし、何事もなかったかのように足から着地した。


「皆さまご安心下さい。この宮廷魔導師グレイオスがいる限り、フィリア王女の身の安全は保障されております」


 いつから下で待機していたのか、謎のローブの男が風の魔法を操りフィリア姉様を助けてくれた。そして、何のためか分からないが、周囲に向かい自分の声を魔法で増幅させてそう高らかに宣言した。


 だが、それで終わりではなかった。


「ティア王女、あなたが何回フィリア様を突き落そうと、私めが何度でも救って見せます」


「な――!」

「なんだとッ!」


 私よりも驚いた声を上げたのはお父様だった。


 下にいる民衆達も動揺――はしていないようだった。先日の件もあり、彼らの怒りは爆発した。


「そこまでするかティア王女!」

「そんなに王位が欲しいか!」

「そいつを国から追い出せ!」


 あまりの騒ぎになり、フィリア姉様達の国民へのお披露目はそこで中断した。


 その後、私はお父様に呼び出された。

 真剣な眼差しを向け、お父様は言った。


「フィリアの殺人未遂二回にアルベス王子への誘惑…………ティア、お前を永久国外追放とする」


「な、なん……」


 あまりのことに最後まで言葉が出なかった。 


 頭も真っ白になり他の言葉が思いつかない。


 なんで私が……? 何も悪いことしてないのに!?


 なんで私だけ悪いみたいになってるの!?


「連れて行け」


 お父様が冷たくそう言い放つと、放心状態の私の体を二人の兵士が両脇から抱えて連れ出して行った――。

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