最後の冬夜

じゃがりこ

23時58分

 潮風が前髪を掠める。冬の訪れを告げる様な冷たい風。隣に座る貴方の瞳を、ただじっと見つめていた。静かな水面の向こうにはまだ明かりの消えないビルが並んでいて、『この世界に二人だけ』のような感覚にはなれそうにもなかった。

 少し歩けばベンチもあるのに、わざわざ近くに街灯も無い、テラスの段差に座り込んだ私たちの間に、時間だけが刻々と過ぎていった。もう、どれだけ望んでも貴方はこちらを向いてはくれなかった。

「とーや君てさ、友達とLINEとかする?」

「するよ」

彼は星空を眺めたまま答えた。

「じゃあさ、電話は?」

「暇だったらするかも」

「なにそれ笑」「じゃあさ、遊びに行ったりは?ご飯とか」

「んーほとんどしないかも」

 ブカついたオーバサイズのパーカーが彼の細い首筋を際立たせていた。付き合い始める前に一緒に買った白のお揃いのパーカー。今を過ごしている時は同じ筈なのに、貴方との思い出が走馬灯のように脳裏を流れた。

「手繋いだりはする?」

「するわけ無いじゃん、友達でしょ?」

「だよね」

波の音が二人の静寂に響く。乾いた冬の空気の中で少し潤っているその虚ろな目からは、彼がなにを考えているのかなんて見つける事はできなかった。

私は膝を抱えたまま、少し俯いた。腕時計の細い針が12に近づく。

「とーや君、私ってさ」

いつの間にか彼も下を向いていた

「今日はまだ、彼女だよね?

 まだ、彼女で居てもいいよね?」

彼の顔が少しこちらへ傾いたが、その目に私が写っていない事だけはわかった。

「うん。今日までは彼女だったね」

秒針の針が明日へと近づく

 私は無言で彼の前へと手を差し出した。彼から貰った指輪が薬指で光った。

 あと1分、あと数十秒。

 彼の右手が私の左手に近づく。君との最後の時を恋人として過ごしたい、ただそれだけだった。最後に貴方の優しさに触れたかった。

 彼の指先が私に触れた。しかし、その手に包まれる事はなかった。

 彼の手には、さっきまで私の薬指についていた指輪が握られていた。


 深夜を回った海辺のテラスに、二人の他人が座っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最後の冬夜 じゃがりこ @Jyaga-riko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ