ひかりフィアンセ-002


 『蒼天に咲く徒花』と第三章と言えば、これまでの章と比べても多くのイベントが起こり、その先のストーリーにも関わって来る、大きな分岐点の一つではあるのだけれども、それをそうたらしめている一番大きな理由は、やはり『月ヶ瀬ひかり婚約イベント』だろう。


 そう、婚約。結婚の約束を誓うアレを、月ヶ瀬家の方から持ち掛けられるというイベントが、三章では発生するのだ。


 とはいえ、月ヶ瀬先輩との親密度と、主人公のレベルが一定以上でなければ発生しないのだが、まあ、どちらも要求値が低いので、意図して調整しなければ必ず発生するイベントだ。俺でさえ、十回は見た気がするくらいには頻発する。


 一章、二章で活躍した主人公が月ヶ瀬家の目に留まり、話を持ち掛けられて……と言うのが流れである。


 ここで素直に婚約しておくと、月ヶ瀬先輩のパラメータが急上昇し、彼女のルートに強制的に入ることになる。つまり、そこから先は、月ヶ瀬先輩を良く構ってやらないと即死するようになる、という訳だ。


 無論、断ることも出来るのだが、その場合親密度が目に見えて減る。具体的には20ほど下がる(最大が100なのでこれはかなり大きい)。


 まあ、そうは言っても、そこから親密度を上げるのはまあまあ容易なので、普通に月ヶ瀬ルートに入ることは出来るのだが……。

 婚約した時と、しなかった時でエンドがかなり違うので、やはり大きな分岐点と言うのは過言ではないだろう。


 さて、ここまで聞けば分かる通り、これは誰でも発生するイベントという訳では無い。当然ながら、主人公にのみ発生するイベントだ。


 まかり間違っても、踏み台である甘楽おれに、そんなイベントが起こりうるわけが無いのだが……。

 まあ、何かね。出てきちゃったよね、そういう話が……。


 さも当然みたいな感じで、俺と月ヶ瀬先輩を婚約者にしましょう! みたいな話が、親の間で自然発生していた。

 決め手は迷宮粉砕事件ダンジョン・ブレイキングである。


 俺の親も、月ヶ瀬先輩の親も、「え? 何かあいつ、知らんうちにクソ強くなってない……? え? どうなってんの?」となってしまい、芋づる式のように今までの活躍やらかしが引きずり出されてしまった結果だった。

 ついでに言えば、未玖と交わした


「俺が身体を治したことは、秘密ってことで頼んだからな……!」

「はい、お任せください、お兄様!」


 という約束も、流れに乗るかのようにぶち破られてしまい、急速に話は進んでしまったのである。未玖のやつ、かなり月ヶ瀬先輩のことが好きなんだよな……。


 お陰で月ヶ瀬家の人間に、「何か……きみ、知らない内に性格矯正して、色んなこと出来るようになってたんだね、へぇ~……」みたいな目で見られたであろうことは、想像に容易かった。


 かなり実力主義なところあるんだよな、月ヶ瀬先輩の親は……。

 と、まあ、そういう訳で、やたらと目立ってしまった俺に、月ヶ瀬先輩との婚約話が生まれてしまった、ということだった。


 断るか断らないか、と言われれば、最早そんな段階の話ではない、と言うのが適切だろう。

 

 そう、そうなのだ。

 今回の話は正確に言うのなら、「婚約しない?」という問いかけではなく、「婚約させといたから」という事後報告だったのである。


 原作とは違い、「親同士の仲が良く、幼馴染である」という関係性が、馬鹿のシナジーを生み出していた。

 そりゃビックリし過ぎて実家に帰って来ちゃうというものであったし、月ヶ瀬先輩とも一度、ちゃんと話をしておかなければならない、というものである。


 これがゲームだとしたら、選択肢をミスった瞬間死ぬだろ、みたいな展開だった。

 というか、現実も正しくその通りって感じである。


 もし希望を見出すのならば、俺が主人公ではなく、また月ヶ瀬先輩も俺のことを、そういう目では見ていないだろう、といった点だろうか。


「まあでも、婚約破棄イベントは、人生で一回は経験しておきたいところですからね……」

「あたかも当たり前みたいな顔で、そんなこと言う人初めて見たよ、わたし……」

「そうは言っても月ヶ瀬先輩だって、悪い女に騙された俺に『月ヶ瀬ひかり! お前との婚約はこの場で破棄させてもらう! 俺はこの、真実の愛を教えてくれた○○と結婚することにした! 分かったのなら、さっさとこの場から出て行くと良い!!』とか言われたいでしょうし、そんな滑稽な俺を見下しながら『ええ、構いませんよ? 実はわたしも、そう考えていたところですの』とか余裕綽々な台詞と共に、カッコイイ王子様と去って行きたくないですか?」

「流石にそんな邪悪な願望は持ち合わせてないよ!?」

「そんな……悪役令嬢が婚約破棄されて絶望するかと思いきや、実は悪役令嬢の方が何枚も上手でした! みたいなのが、現代のマストでは無かったんですか……!?」

「良く分からないけど、多分結構偏ってるよ、それ……」


 かなり可哀想なものを見る目を向けて来る月ヶ瀬先輩だった。おかしいな、今の若者にはこれがバカウケだと思ってたんだけど。


 ちょっとリサーチが足りなかったのかもしれない。

 そうだよな、婚約破棄されるのを逆手に取るんじゃなくて、自分から婚約破棄を告げるパターンだってあるもんな……。


「嘗め腐った言動をする俺に、パーティ会場で俺の悪行を並べたてながら、『あなたとの婚約は破棄させていただきます。それが、お互いにとって一番良い決断だと思いますので』とか告げて、『ふっ、ふざけるなぁ! そんな、そんなことが許されると思っているのか!? 貴様は俺の、道具だろうがァ……!』とかほざく俺を一笑に付しつつも、優雅に去って行きたいですよね……」

「それさっき言ってたことと、ほとんど同じじゃない? ていうか、甘楽くんはそういう役がやりたいんだ……!?」

「いや、婚約破棄イベントって大体、男が悪いイメージじゃないですか」

「どう考えても、源流は破棄される女性側に問題がある方だと思うんだけど……」

「む……」


 確かに、と思わず頷いてしまった。

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