ひかりフィアンセ-001


「ってことがあったんですよね」

「それ、わたしに言ってよかったの……?」

「────っすー……聞かなかったことに出来ませんか?」

「本当に何か狙いがあった訳じゃないんだ!? 今更無理だよ!?」


 甘楽くんは本当に、時々物凄い馬鹿だよねぇ。という、ド辛辣な台詞を言っているとは思えないほど、柔らかい笑みを浮かべたのは、当然ながら月ヶ瀬先輩であった。


 元より遠慮など無かったようにも思えるが、それにしたって最近は、俺の扱いがテキトー過ぎるのではないか、と思わざるを得ない、あの月ヶ瀬先輩である。


 ここらでそろそろ、優しく接してくれないと、その内グレるかもしれないということを、懇切丁寧に教えてあげた方が良いかもしれなかった。


「グレる勇気なんて無い癖に、良く言うよ……」

「おっと追撃ですか? 容赦してくれないと俺は普通に泣きますからね」

「ふふっ、医務室でレアちゃんに泣かされてたもんね」

「何で月ヶ瀬先輩が知ってんの!?」


 あってはならない情報共有がされていることが発覚し、思わず叫んでしまう。


 いや……ダメだろ……!

 特別口止めした訳では無いが、これでは俺のプライバシーが筒抜け過ぎである。


 いや、プライバシーというのなら、月ヶ瀬先輩ほど、俺のことを知っている人もいないだろうが……と思いながら、ティーカップを傾けた。


 時刻は午後三時。ちょうど、おやつの時間。

 俺は如何にも良いところのお坊ちゃんらしく、月ヶ瀬先輩と優雅なティータイムを過ごしていた。


 何とも俺には似合わないというか、どことなく居心地の悪い上品さがあるのだが、甘楽おれの記憶的に、これはかなり普通のことらしいので、文句を言える訳もない。


 この辺で、変に怪しまれたりするのは、面倒過ぎるので避けたいところである────実家だと、こういうリスクが高いから、帰ってきたくなかったんだよな……。


 まあ、残念ながら、そんな文句は今更にすぎるのだが。

 帰って来なければいけない理由が、今回はあまりにも多すぎた。


「それが分かってるのなら、ギリギリまで駄々こねないで欲しかったけどね、わたしは……」

「最後の最後まで抵抗するのが俺のモットーなので……」

「言葉だけなら立派だなぁ……」


 あからさまにため息を吐かれる俺であった────というのも、ここで帰って来るまでに、それはそれは、俺は抵抗した方なのである。


 未玖の《予知》だって、言ってしまえば別に、直接聞く必要はない。メッセージや電話だってあるし、顔が見たいのならば、画面通話に切り替えれば良い。

 もちろん、未玖の狂気すら感じるメッセージの連打に打ち克つ必要はあるが……。


 出来ないことではない。というか、そこに関しては実際に、そうするつもりであった。

 そこを半ば力ずくで連行したのが、他の誰でもない、月ヶ瀬先輩なのである。


 幼馴染である彼女の家は、当然のように俺の実家のすぐ隣であった。


「もう、そうやって、わたしを悪者にしようとするのは、良くないと思うけどなー?」

「寝てる俺を簀巻きにして連行した女が良く言いますね……」

「アレはむしろ、起きなかった甘楽くんに、わたしはビックリだったけどね……」

「いや、起きましたけど、あんなの普通夢だと思うでしょうが……!」


 誰がふと目を覚ましたら簀巻きにされて、ふわふわ空中漂ってるような状況を現実だと思えるんだよ……!

 久々にイカれた夢を見ているな、と思って、無抵抗貫いちゃっただろうが。


 あと、意外にも寝心地が良かったし……。

 そのまま意識落としちゃったよね。


 そうしたら、気付けば乗り物に揺られていたし、隣には「あ、やっと起きたね、甘楽くん」と申し訳なさそうに、それでも可憐に笑う月ヶ瀬先輩がいた訳だ。


 現実だったか~、と流石に膝を打ってしまったというものだ。


「何だかんだ、甘楽くんってそういうところの割り切りは良い方だよね」

「まあ……過ぎたことを悔やんでも仕方ないですからね」

「かっこよさげな台詞ばっかり得意になってくなあ、甘楽くんは……ま、それじゃあいい加減、本題に入ろっか」

「えぇー……」

「ここで不満そうな顔をするんだ!? 全然未練たらたらじゃん!」


 しっかりしてよー、と苦笑いする月ヶ瀬先輩に、俺もまた苦笑いを浮かべる。


 いや、ね……。

 未玖の時と同じで、こちらも重要な本題があるのだが、未玖の時とは逆で、あまり手早く本題に入りたくなかった。


 というか、出来れば向こう五年くらい入りたくない。許されるのならばこのまま、なあなあとした感じで、自然消滅して欲しいまであった。

 まあ、なあなあにしたら、それはそれで最悪ではあるのだが……。


 内心でため息を一つ。それから月ヶ瀬先輩の、藍色の瞳と目を合わせた。


「それじゃあ、話すとしましょうか。俺たち二人の未来について」

「意味深な言い方するなあ……」

「それとも、って言った方が良かったですか?」

「………………」

「いや顔真っ赤にして黙り込むのやめましょうね、俺まで恥ずかしくなって来ちゃうんで……」


 まあ、我ながら言い方が最悪ではあったな、と反省しながらも、俯いてしまった月ヶ瀬先輩を眺める。

 それから「いや本当に、この先どうしていくべきなんだろう」と、外を眺めた。

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