戦いの後で


「ん、おはよう……よう眠れたかいな?」

「……誰?」

「あれ!? うちのこと、知らへん感じ!?」


 目を覚ましたら、全然見知らぬ女が当然みたいな面で、親し気に声をかけてきた。

 え? マジで誰?


 何か、どこかで見た覚えはある気がするのだが、視界が少しだけぼやけているのもあって、「この人!」というのが分からなかった。


 これが月ヶ瀬先輩とかだったら、問題なく分かるんだけどな……。


「幾ら何でも不勉強過ぎるやろ……!? やれやれ……こら教育必要かもやなぁ」

「不審者に教えられることは、何一つとして無いと思いますが……」

「不審者て……あ~、これでも分からへんか?」


 言って、女は如何にも魔女です! といった感じのとんがり帽子を脱いだ。


 そうして露になったのは、目を惹く橙色の長髪に、人にしてはいささか尖がっている、白い耳────あっ。


「こ、校長先生……!?」

「はい、正解。これでも分からへんかったら、どないしよかと思たで」


 ほんまに良かった、とため息を吐きながら、胸を撫で下ろす校長だった。

 いや……校長って、その強さと活躍の割には、あまりイラストが用意されてない、プチ不遇キャラなんだよな。


 ただでさえ、今は頭が上手く回ってないし、これは気付けなかったのも仕方がないというやつだろう。


 そもそも、寝起きから校長がいるとか誰も思わないだよな……って、アレ?

 何で俺、医務室に寝かされてんだ?


「ん、軽う記憶飛んでる感じかな……説明したった方がええかい?」

「いや、今気合で思い出すんで、ちょっと待ってください」

「気合でどないかなるものなんかいな、それ……」


 校長の、こっちの世界ではかなり珍しい京都弁を聞き流しながら、少しだけ考える。


 といっても、もう粗方思い出してはいるのだが。

 弱体化してる魔王に風穴空けて……えっと、それから?


「それから、きみは救護班に回収されて治療を受けるも目ぇ覚まさんと。今日でちょうど一か月を迎えたとこやで」

「ふぅん……え!? 一か月!? 俺、寝すぎだろ……」

「逆や、アレほどの無茶をしたこと考えたら、早すぎるくらいやよ」


 身体もズタボロやったしなあ、と笑いながら校長が言う。

 全然笑いどころではないのだが、まあ、死ななかったのだから別に良いか……とも思う。


 どこも欠損してないっぽいしな。

 左腕とか、まあまあグッチャグチャになっていた記憶があっただけに、ほっと一息吐いてしまう。


「あっ、ていうか、そう。魔王は? どうなったんです?」

「きみがボコしたところを回収して、無力化しとるよ……いざとなったら空城くんの力を借りるつもりやけど、今は色々聞きたいことがあってなあ」

「ふぅん……」


 何というか、イマイチ要領を得ない返答ではあったのだが、これ以上突っ込んでも教えてくれなさそうだな、と思う。


 まあ、色々考えがあるんだろう。多分。

 隠し通す! って感じではなさそうだから、その内話してくれるだろう。


「まあ、それで、気になってるやろう、うちからの用件なんやけど」

「はいはい」

「まずは、ありがとう……色々な事情があったとはいえ、結果的にきみには救われた形になる」

「うお……成人女性に頭下げられるの初めてです。結構優越感出ますねこれ」

「きみ、性格悪いって言われへん?」


 じっとりとした目を向けられる俺であった。

 あまりにも失礼な目つきである……いや何か、寝起きなせいか口が軽いな。


 仮にも相手は校長先生である。

 もうちょっと敬う感じで行くとしよう。


「ええ、ええ。今更すぎやさかいね、ほんまに。ガチで」

「え? 顔こわっ……めっちゃ念押しするじゃないですか……」

「うちも、生意気なクソガキは嫌いやあらへんしなぁ」


 心にもないことをニコニコと言う校長先生だった。

 いや、あるいは、俺みたいなのを教育するのが好きなのかもしれないのだが……。


 彼女の活躍は、大体において戦闘であったので、素直に「こういう人なんだ……」という気持ちになってしまう。

 黒帝を倒せたのも納得って感じの圧が笑顔に籠っていた。


「で、本題なんやけど────きみ、魔導使うとったよな?」

「え? あー……うん、まあ、多分……?」

「なんや不安になるような返答やなあ」

「いやっ、何て言うかアレは、ほとんど何も考えずに使ってたんで……」


 魔法とか魔術とか、そういった面から見た場合の、火事場の馬鹿力────とでも言えば良いだろうか。


 身体は上手く動かないし、声も気合を入れなければ出せなかったし、意識ももうすぐ飛びそうって感じではあったのだが、頭だけはビックリするくらい冴えていたんだよな。


 あと、より鮮明に、良く視えていた。

 今も何となく視えてはいるが、流石にあの時ほどではない。


「つまり?」

「今は使えないです……どうやって使ってたのかも、ぶっちゃけイマイチ分かんないですね」

「ほな、うちらに教えるのは不可能ってこと?」

「ですね、自分ですら分かってないのに、教えるのはもっと無理です」


 まあ、仮に分かったとしても、教えることは不可能そうであるのだが。

 何というか……理論と感覚の先にあるんだよな、あの境地は……。


 手法が分かったところで、気軽に辿り着ける感じじゃない。

 あと、すげぇ疲れる。

 無限か? ってくらい湧き上がってきていた魔力が、あの一発だけで全部持っていかれた。


 これは多分、詠唱の方を改良すれば、もっと良くなりそうなものであるのだが……簡単に練習できるものじゃないんだよな。


「ふうん……ま、大体予想通りってとこやな」

「え、それじゃあ、本題は?」

「うん、それなんやけどぉ……きみ、第七秘匿機関・・・・・・に入ってもらうから」

「なんて?」


 全然知らない単語出てきたんだけど?

 何もかもが滅茶苦茶になっており、もうこれ以上は原作から逸れようが無いだろうと思っていたので、強烈なアッパーを喰らった気分になってしまった。


 頭がぐわんぐわんとする。

 第七……なに?


「せやから、第七秘匿機関や」

「何それ……」

「ざっくり言えば、うちの私設部隊なんやけど────せやなあ、分かりやすく言うのなら『七つの滅亡に対抗するための組織』やね」

「は?」

「前々から準備はしとったんやけど、今回は急やったからなあ」

「??????」


 いや、待て。

 待て待て待て待て待て!


 何を言っているんだこの人は!?

 俺ですら、ついさっきまで知らなかった、七つの滅亡とやらに何で校長が詳しいんだ!?


 原作ではこいつら、霞も存在無かっただろうが!


「いずれ世界は七つの破滅に導かれ、終焉へと向かう──ってな。この学園の校長になった人は、そないな言い伝えと共に、この機関を預けられるんよ。まあ、まさかうちの代で来るとは思てへんかったんやけど」

「えぇ……マジか……」

「マジもマジ、大マジやよ~。そやさかい、うちはきみが欲しい。魔導が使えるんや、例え生徒やとしても置いてはおけへん」

「……拒否権は?」

「あっはっは! ある訳あらへんやん、決定事項やで」


 ですよねーって感じの返答をする校長だった。

 まあ、ぶっちゃけ不都合はないのだ。むしろ、好都合と言っても良いだろう。


 最初から、俺一人であれらに抵抗できるとは思っていないのだから……第一の破滅だって、魔王が弱っている状態でなければ倒せなかった。

 というか、倒すのだって命を懸けたのである。


 普通に無理だろ、一人じゃ。

 とはいえ、ここで素直に頷くには一つ、問題があった。それはもう、クソでかい問題が────そう、アテナ先生黒帝である。


 何か当たり前みたいな顔で馴染んできたんだけど、あの人普通に危険人物なんだよな……。

 校長とも殺し合う仲である。事情を説明するのも一苦労である。


 どう考えても協力し合ってくれた方が助かるのだが、どうにも手を取り合ってくれる未来が見えなかった。

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