秩序は崩れ始め、女は求婚をした

 ────飛ばさない! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!


 全員を囲うように、七枚の守護魔法を展開させる。

 さながら津波の如く襲い掛かって来る暗闇を、力づくで押し返しきるのと同時に、パリン、と音を立てて守護魔法は消え去った。


「うわ、魔力の圧だけで、七枚全部破るのかよ……ありえねぇ……」

「い、いやいや、有り得ないのはそっちだ、少年。今の一瞬で七枚も展開し、なおかつ、せんせーの魔装攻撃を防ぐなんて──全く、さっきの試合と言い、キミにはビビらされてばっかりだなぁ」


 驚いたように、黒帝は笑う。

 何笑ってんだ、ビビってんのはこっちなんだよ、と文句を言いたいところではあるのだが、流石にそんな軽口を叩いてられるほどの余裕がない。


 一先ず全員回収して、後ろに隠したけれど、ほとんど意味のない行動だろう。

 それに、何とか抵抗出来てるように見えてるけど、普通に負ける気しかしないし……。


「ていうか、黒帝? それこそ有り得ないだろ……レア先輩の肉体狙いじゃなかったのか?」

「それ、キミが言うのかい? 少年が邪魔するから、こういう形になったんじゃないか……もちろん、言うまでもなく、せんせーにとっては今が、理想以上なんだけどね」

「は? 何だよ、それ……また俺のせいってこと……!?」

「お陰だよ、お陰──キミが最初のプランを破壊してくれたことによる、ラッキーと言っても良いだろうね」


 俺の知ってるアテナ先生と、寸分変わらない笑みを浮かべながら、黒帝が言う。

 やばいな。


 意味不明な状況な上に、意味不明なことばっかり言うから全然頭に入ってこない。

 これもう一回質問して良いやつかな、と思えば


「せんせーはね、キミがレアに関わった時点で、レアのことは諦めたんだ」


 と、何でも無いように、彼女は笑った────は?

 諦めたって何? えっ……え!?


 逆に、諦められるもんなの!? 唯一憑依できた、最高の肉体だろ? レア先輩は!


「おっと、詳しいね。流石、せんせーの見込んだ生徒だ──その通り、憑依は凶悪な魔術だけれど、その分条件が厳しい。血縁くらいでないと、憑依したところで、万全に身体は動かせないさ」

「だったら!」

「でも、例外はある──何事にもね。これはせんせーも、キミのお陰で知ったんだけど、混ざりものになら、その限りではないっぽいんだよねぇ」

「混ざりもの……?」

「ふふ……少年みたいな、一つの肉体に、二つ以上の魂が混ざり合っている人間を、せんせーは"混ざりもの"って呼んでいる。と言えば分かるかな?」


 いや分からん。全然分からん。もうビックリするくらい分からなかった。

 え? いや──その、なに?


 つまり黒帝は、俺が転生者だってことを見抜いてる……ってことか?

 それで、そういう人間は容易に憑依できると?


「憑依と言うか、融合と言うべきなんだけどね」

「また新しい単語出てきた……」

「言葉通りだよ、分からない? つまり、二つを一つにするのも、三つを一つにするのも、同じってことさ」

「……?」


 如何にもわかるでしょう? みたいな顔で言われてしまったのだが、パッと分からなかった。


 というか、情報量が多すぎて、脳みそがパンクしていると言っても良い──何だろう、一人分の肉体に、二つの魂を入れる(これが多分、俺がさせられた転生)のも、三つの魂を入れるのも変わらない、ということだろうか。 


「……いや、だとしても、おかしい。仮に俺が該当するとしても、アテナ先生は違うだろ」

「おかしくないさ、だってせんせーは──ああ、つまり、『アテナ・スィーグレット』は人生二回目の女だったんだから。時間逆行者……とか言えば伝わるかい?」

「は?」


 いや知らん知らん知らん知らん知らん!

 また全然知らない情報が出てきた!!

 何で一言喋る度に、俺が知らない情報が出てくるんだよ!


 は? 二周目以降でしか出て来ない理由って、つまりそういうことだったの!?

 何でこんなクソデカ情報を、こっちに転生してから知らなきゃならねぇんだ……!


 謎多き女だとしても、抱えてる謎がデカすぎるだろ!


「未来の彼女の魂が、現代の彼女の肉体に入り込む、その現場に居合わせちゃったからさ。ついお邪魔してみたら、上手くいっちゃったって訳だ」

「……つまり?」

「今やせんせーは、『アテナ・スィーグレット』であり、『ノエル・ヴァルトリク黒帝・リスタリア』である……ってことさ。三つの魂は、今や完全に一つに溶けあった……魂と魔法魔術は深く結びついている。今のせんせーは、全盛期のせんせーより強いよ」


 ゴクリ、と息を呑む。

 遅れてきた恐怖が、手を微かに震わせた。


 それはつまり、その気になればいつでも殺せる、という意味合いなのだから。

 ──だから、落ち着け。

 ゆっくりと深呼吸をして、思考をクリアにする。


 ということは、殺さない理由・・・・・・があるはずなのだから。


「……それで、結局のところ、俺達に何の用なんだ? それだけの力があるなら、校長を狙っても良かったはずだ」

「ん、そうだね。でも万全を期したくてさ。少年の肉体に、入り込ませてもらおうかなって──」

「ッ、砲撃魔法──」

「──思ってたんだけどね・・・・・・・・・やめにするよ・・・・・・。プランはまたしても変更だ」

「は?」


 展開しかけていた魔法が、ふわりと霧散する。

 同時に、アテナ先生──いや、黒帝か? が、魔装を解いた・・・


 何で?


「今の攻防で理解したよ、アテナの言うことは正しかった。キミは強い……強すぎるくらいだ」

「???」

「だから少年、キミに一つ、頼みがある────せんせーと、結婚してくれないか・・・・・・・・・?」

「なんて?????????」

「あっ、間違っちゃった……つい本音が……コホン。せんせーと、?」

「何をどうやったら今のを間違えるんだよ」


 突然シリアスが終わった音がした。

 は? マジで何なの? この女……。


 明らかに雰囲気が霧散したにもかかわらず、取り繕ったばかりの真剣な表情を向けて来る、アテナ先生/黒帝を見ながら俺は、


「いや、どっちも無理です……」


 と答えるのだった。

 冷静に考えなくても、十三歳に求婚して来る成人女性は怖すぎるし、世界を救うのは立華くんの仕事なのだから、当然すぎる回答だった。


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る