嫌われイベントはお約束


「はっきり言って、僕は君のことが嫌いだ! 二度と僕の前に顔を出さないで欲しい!!」


 朝食時、どう見ても主人公ですよみたいな顔をした金髪碧眼の少年が、如何にも三下ですよみたいな顔をした黒髪の少年に、台パンしながらクソでけぇ声でそう言った。

 というか立華くんだった。もちろん、相手は俺である。

 

 ザワザワと騒がしかった食堂が、しん……と静まり返り、俺達に注目の視線を送る。

 端的に言って、最悪の空気だった。


 そんな中、俺は向けられている、滅茶苦茶剣呑な目つきに震えながら天を仰いだ。

 なるほど、ね……。

 どうやら俺は、主人公に嫌われてしまったらしい。


 おいおいおいおい……。

 どうすんだよ、これ……。





 決闘が終わった、その翌日のことである。俺は食堂に足を運んでいた。

 寮制であるアルティス魔法魔術学園は、基本的に一年から八年、全員が一緒の時間に食堂で朝食を摂る。


 何なら先生方も一緒に食べるくらいであり、何というか……小学中学時代の給食時間のスケールを、物凄くデカくしたみたいな風景が練成されていた。


 ゲームだとスチル一枚で済まされていたところであり、雰囲気くらいしか分かっていなかったのだが……。


(いや、マジで凄いなこれ。人多すぎて酔いそう)


 学年ごとに部屋は別けられているのだが、それはそれとして大量の生徒でごった返していた。

 クソッ、先生だけ特等席で優雅に飯食いやがって。


 最奥でモグモグと美味そうに食事している、新条先生(眼鏡が似合う、守護魔法担当の女性教諭。滅茶苦茶存在するサブヒロインの内の一人である)を睨みながらも、無理矢理席についたところ、向かいが立華くんだったのだ。


 ぶっちゃけ、気まずいなんてレベルの話ではない。

 ただでさえ昨日、一方的に喧嘩を売った挙句、ボッコボコにしてしまったのだ。

 話しかけるにしても、もう数日は置くべきだろう──なんてことを考えていただけに、思わず苦い顔をしてしまう。


 しかし、まあ、こうなってしまった以上は仕方あるまい。

 仲直りするなら早い方が良いに決まってるしな。


 明らかに拗れちゃったであろう、俺達の関係を修復し、何とか友達くらいにはなって、彼のレベリングをしなくては……と思案し始めたところ、


「何ですか、わざわざ僕の前に座って。当てつけですか?」


 という、明らかな拒絶の意思を示してくる立華くんであった。

 マジかよ。

 思ってたより全然嫌われていたことが発覚してしまい、ちょっと泣きそうになってしまった。


 ぶっちゃけもう帰りたいのだが、流石にそうする訳にはいかない。

 懸かってるからね、命とか、世界とか。


 なるべく友好的にいかなければ、何もかも失われてしまう可能性があった。

 取り敢えず、土下座するところから始めれば許されるかな──と思った、その時である。


『ガアアァァァァアアアアアァアア!!』


 些か剣呑な。けれども和やかな朝の時間が、絶叫によって引き裂かれた。

 無論、返答に困った俺が、苦し紛れに発したものではない。


 であれば、何のものかと言えば。

 俺達の直上に、前触れもなく現れた魔獣のものだった。


 巨大な両翼をはためかせ、煌々とした火球を発せんとする、赤い鱗の竜──あ!!? 竜型の魔獣ドラグーン!!?

 なになになになになに!? 何このイベント!?


 知らん知らん! こんな序盤から即死できるようなイベントあってたまるか馬鹿!

 も、もしかしてこれも、俺が転生したせいだったりするのか……!?


「あっ──」

「守護魔法:重複展開!」

『Magia dei guardiani:Distribuzione duplicata』


 手元の杖が、俺の呼びかけに応じて魔法を呼び起こす。

 直後、三重に展開されたドーム状の守護魔法と火球が互いを打ち消し合った──相殺、か。


 起動句のみで発動した魔法であったことと、中級の竜型魔獣ドラグーンと初めてエンカウントするのが、三~四年生時代であることを考えれば、やはり俺のレベルはかなり高いらしい……と唸ってしまう。


 この辺も含めて、近い内に検証しないとな……なんて思いながら立華くんを抱き上げた──いや違う! 別にそういう趣味があるという訳ではなく、立華くんが腰を抜かしていたからである。

 しかし、それも仕方のないことだと言えるだろう。


 そもそも『蒼天に咲く徒花』は、レベルが自分より20以上の相手だと【〇〇は怯えて動けない!】とか出て来るタイプのゲームなのである。

 ざっけんな何だこのクソみたいなシステムは……と、当時は文句たらたらであったが、こうして見ると魔獣、めっちゃ怖いな。


 発してる魔力が威圧的過ぎて、物理的にも精神的にも動きを阻害して来る。

 なので当然ながら、他の生徒もほとんどが、その場でガタガタ震えているのだが、まあ立華くんの優先度が一番高いからね、仕方ないね。


 とはいえもちろん、その他の生徒やヒロインに死なれても困るのだが……確定している訳ではないが、それでも俺のせいで誰かが死んだら寝覚めが悪すぎである。


 というか俺の性格上、絶対に落ち込んで引きずりまくるので、なるべく避けたい──なんて不安は、しかし、杞憂に過ぎなかったのだが。

 何故かと言えば、


「日之守くん! 殺れる!?」


 新条先生が守護魔法で全生徒を覆い、なおかつ束縛魔法で竜型魔獣ドラグーンを捕えていたからである。ついでに俺の全身には、多種多様な補助魔法がかけられていた。


 アルティス魔法魔術学園の先生は、誰しもが一流の魔法使いだ。

 俺が出しゃばらなくとも、彼女がいる時点で、全員の命の保証はされているも同然であった。


 ……まあ、俺に攻撃を委ねていることから分かるように、彼女はとある理由で攻撃魔法が使えないのだが。


 その辺は立華くんがどうにかする予定である。頑張ってくれよな。


「砲撃魔法:拡大展開」

『Magia del bombardamento:Distribuzione espansione』


 ……急に冷静になってきたんだけど、これってもしかして、主人公のレベリング用レアイベントだったりするんじゃないか……?


 中級の竜型魔獣この程度なら、誰でも倒せそうなくらい補助魔法バフかけられてるし……。

 何か、そう考えたらそうとしか思えなくなってきたな……。


「弾種:通常」

『proiettile:Generalmente』


 あーあ、最悪。もう最悪だよ。

 立華くんレベリング計画、初手からガバりすぎだろ。


 俺のレベルが上がるのは嬉しいが、それはそれとして、立華くんが弱いままなのは困るんだよな。マジで。

 魔王を殺せるのは、選ばれし勇者だけなんだから。


「目標捕捉──3,2,1」

『Sparare!』


 瞬間、俺の想像を遥かに超えたゴン太ビームが竜型魔獣ドラグーンを貫き、勢い余って壁にも大穴を空けてしまった。

 まあ、そうなるだろうな……という感想を、甘楽おれの記憶が絞り出す。


 どうにか俺への経験値が彼に流れ込んだりしないかな、と立華くんの手をキュッと握ってしまったところ、滅茶苦茶嫌そうな顔で跳ね除けられた。

 いや、ごめんって……。


「えーっと、だ、大丈夫……?」

「……そりゃ、君に抱えられてたんだから、無事に決まってるでしょうよ」


 だよねー……。

 相変わらず塩対応な立華くんだった。


 とはいえ、これは千載一遇のチャンスである。なにせ、実質新条先生のお手柄とは言え、ギリギリ俺の功績と言えなくもない状況なのだから。


 ここで恩を売っておけば、多少は仲良くなれるのでは?

 そう思って手を引こうとしたら、無視して立ち上がった立華くんがダァン! と机を叩いて俺を見た。


「一応、感謝はする。君には助けられた」


 でも、と。

 短い金髪を揺らしながら、主人公は俺を睨んだ。


「はっきり言って、僕は君のことが嫌いだ! 二度と僕の前に顔を出さないで欲しい!!」






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