第8話


 不意に、ミルカが奥に進む足を止めた。彼女の停止に、自然と皆の歩みも止まる。


「あら、いけませんわ…どうしましょう、ご主人様」


 困ったように形の良い眉尻を下げるミルカ。ついっとアヤトの服をつまんで、自分の袂に引き寄せた。


「どうしたんだ、ミルカさん?」

「いえ、どうやら私が長らく封印されている間に、ここから先に新たな結界が張られてしまったようです。それも、一定の条件を満たさなければ、通れない結界が」


 ミルカは舌で唇を湿らせると、恥じらいと期待を混ぜた視線で、抱きついたままアヤトを見やり、淫靡に体をくねらせた。


「それが…どうやら…ここから先に進むには、誰か1人が服を脱がなければならないようです。詳しくはよくわからないのですが、無視をすれば災いが起こるようです」


 何その謎設定。

 どう見ても嘘だろと突っ込みたかったが、その前にミルカは頰を赤らめると、勝手に服を脱衣し始めた。

 さてはコイツ確信犯だな!死刑!死刑!


「しかし…このミルカ、ご主人様のためであれば、喜んで服をお脱ぎいたします。貴方様を満足させられるのなら、どんな恥辱も辱めも、お引き受けしましょう」


 私は目にも留まらぬ速さでリッドの服を引きちぎった。

 リッドは半裸になった。


「…………………」


 シーンと場が静まり返る。

「これでOK」

「よくねーよ!」

 リッドの絶叫がこだました。




* * *




「おう、テセラ。誰かさんのせいで、俺、死ぬほどさみィんだが」

「ごめんねリッド!皆、リッドの服に黙祷!」

「黙祷!」

「ご愁傷様です!」

「チーン」

「うるせェよ!」


 あの後、リッドの服を引きちぎった後、ゴミ機械ゴミルカに「余計なことしやがって」と射殺さんばかりの目で睨まれたが、特に負い目もないのでスルーする。

 遺跡の奥を目指す勇者一同だったが、しかし、再びその歩みを止めることとなった。

 誰かによって、ではなく、何かによって。

 不意に風が吹いたかと思うと、視界を遮るほどの砂埃が発生したためだ。

 思わず立ち止まった皆の目の前で、爆風とともにおびただしい砂塵が空へと舞い上げられる。

 それはみるみるうちに集合体を作り、生物の形をなすと、巨大な怪物の形を形成した。

 そして顔の部分に二つの窪みが出現し、ぽっかりと空いた空洞に、ギンと赤い光が宿る。


「こ、これは…………!ミルカさん、これは一体なんですか!?」

「ええ………実は私もあまり記憶にございませんが、これはおそらく、博士の作った遺跡の守り人!しかし、様子がどうやらおかしいようです。普通、守り人というものは、少女兵器を守るためのものですから、私を敵と認識しないはずです。でもこれは………どうやら、長年動かなかったためか壊れてるようですね。まあ大変」


 まあ大変じゃねーよ。

 巨人は赤い瞳を巡らせて、目の前に立つ人間をじっと睨め付けた。ギン、とその瞳に剣呑な色が宿る。どうやらミルカの言う通り、私たち6人を敵と認識したらしい。

 その中でもギロリと、女3人を侍らせた最低最悪女たらしのカス男に目をつけた。


「うぉおお、やばい!俺かよ、てかこっちくんなうわあああ!!」


 ゆっくりと大きな足で歩み寄り、ぐっと拳を振り上げる。モンスターのくせに、なかなか襲う人間の目の付け所がいいと思ったのは、私だけでなくリッドも同じことであろう。

 目で追えるほどの緩慢な動作だったが、しかし巨人はアヤト目掛けて巨大な拳を繰り出した。


「てかうぉおい!お前らいい加減に離れろ!!動けない!俺動けないから!!」


 アヤトは悲鳴を上げたが、三人は離れない。


「きゃー……アヤト助けて〜……………」

「勇者なんだから守りなさいよね!」

「こういう時こそ旦那様の出番ですわ」


 好き勝手なことを言い放題の三人に、ついにアヤトが発狂する。


「そんな理不尽な!なあテセラ、リッド!!助けてくれよ!!」

「「いやいやいやいや」」

「なんでだよーーー!!」


 そんなやり取りを交わしている間にも、拳は容赦なくぐんぐん迫ってくる。

 衝突予定地点で凄まじい旋風が巻き起こり、アヤト達の頭部が陰で翳った。再度アヤトの悲鳴が炸裂する。


「おい、テセラーーー!」


 私は短い息を吐き出すと、そっと彼に助言をしてあげた。


「…大丈夫アヤト。あなたは勇者の補正がかかってるから、巨人の拳に押しつぶされても、そこの三人とは違ってミンチにはならないはずよ」


 …瞬間、三人の少女は目にも留まらぬ速さで逃げ出した。


「えっ…」


 アヤトは地面にめり込んだ。

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