渋谷転生~F欄大学生だけど、最弱スキル【選択視】で生き残れ~

君のためなら生きられる。

一話完結 黒猫と女子高生

「いらっしゃっせえ」


 福内亀汰ふくうちかめたはコンビニのレジの中、うだつが上がらない声を吐き出した。

 時刻は20時頃。

 店内より広い駐車場には2台のトラックがとまっている。

 作業服を着て頭にタオルを巻いた客が、エロ本を立ち読みしている。

 入口では蛍光灯の明かりに虫が集まり、バチバチと音を立てた。


 先ほど招き入れたフリをした客が、コンドームと酒を持ってレジに来た。30代の男女だ。すでに酔いが回っているようで、交わし合う下品な愛の言葉は酒臭かった。


「あと、肉まん2つ」


「畏まりましたぁ」


 亀汰の語尾は緩くのび、行動はトロい。

 手を消毒し、肉まんの袋に詰めた。


「おせえよ」


「す、すみません」


 亀汰は特別に能力が低い人間ではなかった。ただ、中学から部活にも入らず、習い事もせず、楽な方、楽な方に逃げ続けていた。受験勉強もろくにせず、そのままの学力でいける田舎の所謂F欄大学に通うコンビニバイトだ。

 周りの同級生たちは、みな就職活動に勤しんでいたが、亀汰は特にそれを見て焦ることもなく、ダラダラとバイトを続けていた。


「うお、こっちくんなぁ」


 定時でコンビニを出ると、入口の光に吸い寄せられた蛾が亀汰にも吸い寄せられる。手でパタパタと追いやると、広い駐車場の隅に向かった。

 車止めのレンガに腰を掛け、チャーハンのおにぎりを甘いサイダーで流し込みながら、あたりを見渡した。


「おーい、ミミ。いないのぉ?」


 亀汰がカンカンと音を立てると、草の茂みがゴソゴソと蠢いた。


「へへ、いるじゃんか」


 ニャー。と小さな鳴き声がする。田舎特有の広い駐車場に、亀汰にしか聞こえないほどの小さい声が響いた。

 茂みから現れた黒猫は、亀汰を見上げた後、足にすり寄った。

 亀汰はコンビニで買っておいた猫缶を開け、地面に置く。ミミと名付けられた黒猫は小さな口でそれを食べ始めた。


「今日も来なかったんだよぉ、桜ちゃん」


 亀汰がコンビニでバイトを継続出来ているのには理由があった。たまたま始めたアルバイトだが、そこに来た女子高生の客に一目ぼれをしたのだ。

 家が近いのか、あるいは通学路の途中にあるのか。理由はわからないが、彼女は高頻度でコンビニに現れる。

 その桜のヘアピンで前髪を止めているセミロングで背の低い色白の女の子を、亀汰は桜ちゃんと勝手に呼称している。

 好きになった理由などいくつも考えつくが、亀汰の目をみてありがとう、と笑ってくれるのは、この子くらいなものだからかもしれない。


 気持ち悪い恋愛相談を野良猫にしながら、星を見上げた。澄んだ空気だ。少し肌寒い秋の風が頬を撫でた。

 亀汰は、なんだか自分の居場所はここじゃない気がしてタバコに火をつける。

 綺麗な場所にいるのが耐えられない、といわんばかりに。初めはかっこをつけたくて始めたタバコも、すっかり辞められなくなっていた。


「ニャー」


 食べ終わった後も、ミミは亀汰から離れる様子はなかった。缶の中に水をいれてやると、ペロペロと飲み始める。


「うちがペット可物件なら連れて帰ってやるんだけどなぁ。いつか一緒に住む?」


 ミミは水を舐めるのを辞め、亀汰を見てニャーと鳴いた。

 そうかそうか、とうなずいていると、頭上前方から声をかけられる。


「わ、可愛い! すごいですね、この子全然懐かないで有名な子ですよ」


「あ」


 亀汰が見上げると、そこには桜のヘアピンをつけた制服姿の女の子がこちらを見ていた。目があったが、咄嗟にそらしてしまう。


「亀汰さん、猫好きなんですね」


「え、なんで俺の名前」


「ここで働いてる方ですよね? 珍しいお名前だからネームプレートみて覚えちゃってて」


 呼称桜ちゃんはそう言って愛想のいい笑顔を見せると、その場にしゃがみこんでミミを撫でようとする。亀汰はミニスカートからのぞく、色白の太ももに挟まれたピンク色の下着に目線を奪われた。


「シャー!」


「嫌がられちゃった。ごめんごめん、触らないよ」


 彼女の動きに合わせて、亀汰も急いで視線を外した。

 黒猫は亀汰の足にもう一度体を摺り寄せたり、鼻をぶつけ始める。


「ええー! ずるいです亀汰さん、好かれすぎです」


 亀汰はミミを撫でながら、呼称桜ちゃんに見とれてぼーっとしていた。


「あ、私は城咲真紀しろさきまきです。すみません、自分だけ名前知られてたら気持ち悪いですよね」


「あ、いやそんなこと全然。城咲さん」


「はい!」


「あ、ごめん、呼んだだけっていうか」


 小さな沈黙の後、城咲真紀は笑い出した。つられて亀汰も笑った。信じられないことに、亀汰の今までの人生で最も幸福を感じられた瞬間だった。


「もうこんな時間だ、早く帰らないとパパに怒られちゃう。また遊んでくださいね亀汰さん」


「うん」


「シャー!」


 亀汰は城咲真紀が見えなくなるまで手を振った。真紀は一度振り返るとその様子に気づき、飛び跳ねながら手を振り返してくれてから去っていった。


「ふふ、ふふふ、ふふふふふ」


 亀汰は一人クツクツと笑った。黒猫は同じようにのぞき込んでいる。


「ミミ、お前いい子だなぁ。そうだ、お礼にチャール買ってくるからここで待ってて」


 亀汰は立ち上がり、足早にコンビニに戻った。さっき交代した夜勤の名も知らぬオジサンに軽く会釈して、猫が夢中になるおやつ、チャールを購入した。自動ドアを癖でくぐるように頭を下げたが、蛾はなぜか寄ってこなかった。


 顔を上げると、車道にミミが立ってクルクル回っていた。亀汰を探しているようだった。

 亀汰は心臓に痛みを感じた。チャールの入ったビニールをポケットにしまい、走り出した。今まで運動してこなかったツケがまわり、体は重く、上手く足が回らない。車のハイライトがミミを照らした。ミミは亀汰に気づいたのか、嬉しそうにニャーと鳴いた。


「ミミ!」


 亀汰がミミを抱きかかえる。ミミと目が合うとともに、体に今まで感じたことのない衝撃が走った。高速で視界が回転していく。

 地面に激突したかと思うと、亀汰は白い何もない空間にいた。


「あちゃー、君どうしてここにきたの。まだなはずだよね?」


 亀汰の視界はぼやけている。立ち上がることすらできずにいた。


「猫助けて死んじゃったのか。……ん? あー、猫も死んでるから助かってないね。無駄死にってわけだ。ねえ、君まだ死にたくない?」


「お、俺は……」


 昨日までなら、別に死んでもいいと思っていたかもしれない。でも今日はちがった。好きな子と会話できたから。ミミのお墓も作ってやらなきゃとも思った。


「死にたくない」


 亀汰の視界はぼやけたままだ。発光する人型の何かは、うんうんとうなづいたように見えた。


「えー、福内亀汰。君の生前のスコアはー。おお、低いな。こんな低い人も珍しい。まあ可能な限りいいやつ振っとくから。少し世界がズレるかもだけど。頑張ってね」


 そういうと背中をドンっと押された気がした。白い空間の床が抜け、落下する感覚が亀汰を襲う。


「うわああああああ!! ……え?」


 亀汰は気づくと人の波の中で叫んでいた。


「なにあいつキモ」


「薬やってんじゃね?」


 変わるがわる人々に悪口を言われてはすぐに去っていく。複数のCMの音、反政府的な野外演説、人々のざわめきが亀汰をつつみ、とっさに耳を抑えた。しかし、そこで亀汰は一つ疑問を覚える。


「怪我、してない」


 体を見ると外傷は一切なく、痛みすらなかった。抱きしめていたはずのミミはいない。

 突っ立ったままいると、肩に人がぶつかりよろけてしまう。


「邪魔だよてめえ。ったく」


「っ、すみません」


 亀汰は目の前に大きな看板を見つけ、それを背後にして立ち止まった。あたりを見渡す。


「え」


 右側には渋谷駅、と書いてあった。四国の田舎に住んでいた亀汰は、都会に来るのは初めてだった。ざわめきがとまらない街の喧騒に、バランス感覚を奪われそうになる。左側をみると、複数の広告液晶モニターと、テレビで何度か見たことのあるスクランブル交差点がみえた。


「どういうことだよぉ」


 亀汰がその場にしゃがみこむと、悲鳴が聞こえた。


「キャー!」


「何あれ? 本物?」


「え、待ってマジで怖いんだけど」


「やば、ストーリーあげなきゃ」


「もしもし、今渋谷いんだけど。え、もうツイットゥーでみた? そうそうそれ。なんかの撮影かな?」


 ただでさえ騒がしいスクランブル交差点は、青信号なのにも関わらず誰もわたることなく、中央の上空に向かって人々が注目していた。

 つられて亀汰もしゃがんだままそちらを見ると___目を疑った。巨大な円盤型飛行船が、空中でなんの音も出さずにとどまっていた。


「嘘だろ……」


 すると亀汰の目の前に、ARで拡張されたように文字がでてきた。


 逃げますか?

 逃げませんか?


「なんだよ、これ」


 亀汰が困惑していると、また悲鳴が聞こえてきた。そちらを見ると、スクランブル交差点の中央で記念撮影をしていた、いかにも陽キャな集団が円盤型飛行船から出た光と共に吸い上げられていた。


 それとともに、視界の中央左下に出ていた 


 逃げますか?

 逃げませんか? 


 の選択肢が大きくなった。


「逃げる! 逃げます!」


 しかし何もおきない。


「どうやったら選べるんだよぉ」


 亀汰が逃げますか? を見ながらもう一度「逃げる!」と叫ぶと、選択しなかった方の文字は消え、選択した文字が渋谷の街に光る線として灯った。


「こっちにいけってこと?」


 ふと円盤型飛行船に目をやると、吸い上げられた人々は完全に収容されたようだった。


 人々はまだ他人事のように動画をとっていた。が、ベチャ。という音と共に中央に何かが産み落とされた。その何かが起き上がると、人々は悲鳴と共に一斉に走り出した。

 集団パニックが起き、蜘蛛の子を散らす。

 亀汰も一目散に光の線をたどるように走った。


 背にしていた看板前から見えていたスターブックスを右に走り続ける。MOLDIと書いてあるビルに光が続いていた。

 車道を渡り中に入り、そのエスカレーターを走り登った。

 2階の窓際に向かい外を見る。円盤型飛行船が複数現れているようで、人々を吸い上げては何かを産み落としている。


「はあ、はあ。なんだよこれぇ、死後の世界なの? リアルすぎるんだが」


 服屋のZORAから出てきた客が、その産み落とされた何かに噛まれて___いや、喰われている。そしてその近くにいる制服の女の子の頭が月光に反射して光った。その子は腰が砕けてしゃがみこんでいる。


「おい、まさか」


 助けますか?

 助けませんか?


 また選択肢が突然現れる。


「あの白い人が言ってたスキルってこれ?」


 また女の子の方をみる。間違いない。城咲真紀だ。


「助けます!」


 選択肢を目視しながら答えると、助けませんか?の文字が同じように道筋に変わった。その道は真紀の方に続いている。


「そんなのわかってるって!」


 一人文句を言いながら気づくと亀汰は走り出していた。逃げる人々とぶつかり、一度転んだが、すぐに立ち上がった。

 何かの近くに辿り着くと、紫色の皮膚をした筋肉質な一つ目の化け物が、人を食っていた。それを絶望的な表情で尻餅をつき眺めている真紀を見つける。


「城咲さん!」


 喰われている人と化け物を一瞥して、すぐに白い線をたどった。彼女の腕を掴む。


「ひぃ!」


「俺だよ、亀汰!」


「え、亀汰さん!? なんでここに」


「それはこっちのセリフだよぉ。いいから、立って」


「こ、腰が抜けちゃって立てないです」


 グルル、と音がした。嫌な音の方に顔を向けると、先ほどの化け物が食事を終え、こちらを見ていた。


 戦いますか?

 戦いませんか?


 また選択肢がでた。


「た、戦いません!」


 すると今度は何も道案内が出なかった。


「選択を間違えたってコト? もうぅ」


「亀汰さん、私をほっといて逃げてください! はやく!」


 真紀が亀汰の足を揺さぶった。言葉とは裏腹に真紀の表情は怯え切っていた。

 亀汰はしゃがみ、背を向けた。


「乗って!」


「でも」


「はやく!」


 亀汰史上最速の言葉のやり取りだった。

 真紀は亀汰の肩につかまり、背に乗った。ミニスカートから露出する太ももを掴み、亀汰は立ち上がり走り出す。背中に当たる胸の感触にドギマギする暇もない。

 とりあえず元居たMOLDIに向かい駆けた。化け物は襲ってくることはなく、すんなりとたどりつく。先ほどまでいた店員や客は全員いなくなっていた。

 窓際で真紀を下ろすと、隣にしゃがみこんだ。膝がガクガクと笑っている。


「ありがとう……ございます」


 真紀が亀汰の腕を掴み、俯いたまま震える声でつぶやく。


「いやいいんだ」


 亀汰は前を向いたまま言った。


「……俺、あの後どうなったかわかる?」


「え?」


「その。轢かれた後」


「やっぱり亀汰さんだったんですね……」


「うん、間違いないと思う」


「救急車がコンビニの方に向かって進んでいって、音がとまったんです。まさかと思って不安で戻ったら、亀汰さんと猫ちゃんが事故にあっていて」


「そっか、やっぱりミミ駄目だったかぁ……そんなこと言ってたな白い人も」


「……私信じられなくて。私が話しかけなかったら轢かれることもなかったのかなと思ったら、悲しくて悔しくて。亀汰さんに近づいたら、急に白く輝き始めたんです」


「うん」


「それで、咄嗟に亀汰さんを掴んでしまって、気付いたらここに居ました」


「……なんか巻き込んだみたいで、ごめん」


 バンッ!という音と共に急に電気が消え、真紀は小さく悲鳴をあげた。

 窓の外を見ると、街灯は生きているようだが、ビル全体で停電を起こしているようだった。


「か、亀汰さんっ」


 真紀が亀汰にしがみついた。亀汰はこんな時だが、真紀に抱き着かれてドキドキしていた。


「停電みたいだね」


 そんなこと言わなくてもわかっているが、そのまま口に出した。


「手、握ってもいいですか」


 真紀は泣き声で言った。


「う、うん」


 亀汰が暗闇で真紀の腕に手を当て探ると、反対の手で真紀はすぐにそれを握った。


 田舎の女子高生が、突然都会に転移させられたと思ったら、得体のしれない化け物が襲ってきているんだ。怖くない方がおかしい。

 亀汰の肩にもたれかかり、泣き出してしまう。亀汰はどうしていいかわからず、何もせずにいた。


「亀汰さんは怖くないんですか?」


「あー。怖い、よ」


 現実味がないのと、不謹慎ながら真紀のことで頭がいっぱいで、恐怖を感じる隙間がないだけだった。


「話合わせなくてもいいですよ、亀汰さんがいてくれて心強いです」


「うん。俺がなんとかするから、大丈夫」


「ありがとうございます」


 勇気を振り絞っていった。こんなセリフを言う日が来るとは、亀汰は思いもしなかった。

 しかし、助けられなかったミミのことを思い出してしまい、ふと悲しくなった。


 もっと早く駆け出していれば。

 

ポケットをまさぐると、中にライターとメンソールがあることに気づく。


「ちょっとタバコ吸ってくる」


 そういって立ち上がろうと腰を上げると、真紀が叫んだ。


「私を置いて?! この暗闇に?!」


「あ、そうだよね。ごめんごめん」


 ニコチン中毒は思考を犯すのだ。温厚な真紀も突っ込まずにはいられなかった。


「化け物が出てきたときよりビックリしました。ここで吸ってください」


「え、いいの?」


「気を使う場所間違えすぎてます」


「じゃあお言葉に甘えて」


 いそいそと取り出し、子箱を叩く。タバコを指で挟み、フィルターを噛んだ。カチッという音が誰もいないビルにコダマする。ライターに火をつけ、チュウと吸いながら炙った。チリチリとタバコは燃え進む。ゆっくりと肺に煙をためてから、真紀のいない方へ煙を吐き出した。


「ふぃぃああああ」


「……すっごい美味しそうに吸いますね」


「そ、そうかな」


「私にも一本くださいっ」


「え、吸ってるの?」


 亀汰は初めて真紀の方を向いた。真紀はそれが嬉しくて笑顔になる。


「いや、今日が初めてです」


「じゃあ辞めときな」


 亀汰はまた体を前方に向けた。

 もう一度タバコを吸い、携帯灰皿に灰を落とした。

 タバコの先に灯る炎が、心を落ち着かせてくれる気がした。


「えー、ケチ」


 亀汰はむせた。初めてタバコを吸った日のようにゴホゴホと。


「ごめんなさい、嘘です! というか手、握っててくださいよ」


「灰皿にいれなきゃいけないからさ」


「じゃあタバコおしまいです!」


「わかったわかった、急いで吸うから」


 悲しきかな、女子高生の手より、喫煙者にはタバコなのである。

 亀汰がタバコをもう一度咥えようとすると、後ろで鈍い音が鳴った。真紀は咄嗟に振り返り窓の外を見る。


「え、なんですかあれ」


 亀汰は急いでタバコを吸うと、遅れて振り返った。さっきの一つ目の化け物が、円盤型飛行物体から一か所に落とされているようだった。


「あんなに沢山、なんなんですかあれ」


 バシバシと肩を叩かれる。

 亀汰が返答に困っていると、その化け物がぶつかり合い始めた。よくみると、ぶつかった体の一部がくっついている。


「融合してる?」


「みたいだねぇ」


 蠢く何かに変わったに、また円盤型飛行物体から人々が落ちてきては吸われていった。次第にそれは全てを飲み込みながら膨れ上がり、爆発を起こす。


「きゃあ!!」


 分厚い窓に、その肉片の一部がこびり付いて垂れた。爆発の中心を見ると、そこには2メートルほどの蜘蛛がいた。いや、よくみると、その蜘蛛の上には角のはえた人型がついていた。


「な、なんですかあれ!!」


「牛鬼……」


 亀汰は呟いた。昔やった妖怪を倒すゲームによく似た敵がいた。


「ギュウキ?」


「日本の妖怪。結構強い」


 ニコチンに満たされて不安と焦燥感が欠如した亀汰がのんきに説明すると、牛鬼と目が合った。一気に亀汰の背筋が凍り現実味を帯び始める。


「逃げるよ」


 亀汰は立ち上がり、真紀の腕を掴み立ち上がらせる。しかし、牛鬼は直接二人のいるほうへと跳躍した。


「きゃぁぁああ!!」


 間一髪、今度は間に合った。真紀を抱きかかえてビルの内部側に飛んだのだ。楔をうつかのように蜘蛛の足がコンクリートの地面に突き刺さり侵入してきた。


「選択肢、でないの?!」


 亀汰は叫んだ。今こそ一番欲しいときだ。いや、もしかしてすでに万事休すなのか。倒れたまま真紀と抱き合い、足で牛鬼から離れようともがくが、人型を揺らしながら牛鬼は床を突き刺し向かってくる。

 長髪の男性の人型に上からのぞきこまれ、下半身の蜘蛛の複眼と目が合う。蜘蛛の刃に似た口が二人を切り裂きかけたその時_


「ニャー!」


 黒猫が現れ、複眼を引っ掻いた。牛鬼は雄たけびをあげ、後ろによろめく。


「シャー!」


 亀汰を守るように、牛鬼との間に入り、しっぽを高くあげ威嚇した。


「ミミ、なのか?」


 亀汰が呟くと、ニャー。と振り向き猫は鳴いた。すると、視界に選択肢が現れる。


 ミミと契約しますか?

 ミミと契約しませんか?


 牛鬼は先ほどのダメージで怒っているのか、こちらを強く威嚇してきた。

 ミミも負けじと威嚇し返すが、どうみても勝ち目はない。


「する! ミミと契約します!」


 亀汰は選択肢を見ながら叫んだ。するとミミの体が発光し、しっぽが4本に分裂した。


「ニャー!」


 ミミが空中を右手で引っ掻くと、青白い斬撃の刃が顕現し、牛鬼に直撃した。


「すごい! ミミちゃん頑張れ!」


「シャー!」


「なんで?!」


 振り返りミミは真紀を威嚇した。嫌われているらしい。ミミは跳躍し、牛鬼の周りを飛び跳ねながら斬撃を繰り返す。


 怒った牛鬼が足を伸ばしたかと思うと、蜘蛛のお尻の先端を亀汰と真紀の方に向けた。

 ミミは慌てて牛鬼との間に立つ。蜘蛛のお尻から、槍を束ねたように太い糸が放出された。


「ミミ!」


 亀汰はさけび駆け寄ろうとする。


「ニャー!!」


 しかし、ミミと糸との間に何か見えない壁のようなものがあり直撃を免れる。

 立っていたミミの尻尾がユラユラと揺れ出した。と同時に、ミミの右前足の爪が輝きだす。


「ニャッ!」


 ミミが虚空を切り裂くと、少しおくれて牛鬼に5本の線が入った。牛鬼はその線の空間ごと削り取られ、沈み込んだかと思うと、塵になって消えていく。


「ミミー!」


 亀汰が両手を広げると、ミミは飛びついて甘えた。


「助けにきてくれたのぉ?」


「ニャァ~」


 ゴロゴロと喉を鳴らし亀汰に甘える。亀汰は顎の下と鼻を撫でてやった。


「ミミちゃん、ありがとうっ」


「シャー!」


「だからなんで?」


 真紀が頭を撫でようとすると威嚇されてしまうのだった。

 牛鬼が完全に消えると、赤い球のようなものが転がっていた。ミミは亀汰の腕から飛び降り、その玉の匂いを嗅ぐと、大きく口を開けて飲み込んだ。


「あ! こらぁミミ! 出しなさい」


 亀汰が慌ててミミを吐き出させようと思い駆けよると、選択肢が出てきた。


 レベルアップしますか?

 レベルアップしませんか?


「え。じゃあ、レベルアップします」


 すると、亀汰の体から小さいファンファーレの音が鳴った。


「レベルアップするの俺ぇ?」


「ニャー」


 ミミは笑っているようだ。亀汰の肩に飛び乗り、マフラーのように丸まった。


「あ、そうだ」


 亀汰は反対側のポケットをまさぐると、ビニール袋が出てきた。チャールを取り出すと、真紀に手渡した。


「食べさせてやって」


「え、いいんですか?」


 真紀がチャールの封を開け、ミミの顔の前にちらつかせた。最初は抵抗していたミミだが、不服そうにチャールを舐め始めた。


「か、可愛いぃ」


 すっかり真紀は目がハートだ。これから沢山の苦難や妖怪に襲われるかもしれない。だけど、かならず真紀とミミと共に生き残ろう。次は遅れないように、素早い判断と行動で。そう胸に誓う亀汰だった。



 完


        ☆☆☆

 最後までご愛読ありがとうございました!


 カクヨムコン8参加記念に書き下ろしたこの作品、楽しんでいただけましたでしょうか? 

 いぬやしきとか、アイアムアヒーローのような作画でコミカライズされたらなと思いながら執筆させて頂きました!

 

 星レビューで感想など頂けると幸いです!

 1話完結ですが、カクヨムコン終わったら続き書くかもしれないのでフォローも是非お願いします!ランキングも上がります笑


 それと同時に長編でもカクヨムコン8に参戦中です!

 よろしければこちらも応援いただけると作者が飛び跳ねて喜びます。

 基本一人称で進行する下ネタとギャグがメインのライトノベルです。


 今世ではもう騙されな……凄いおっぱいと尻だ〜童貞おっさん、ハーレム無双出来るまでタイムリープして王になる〜

 https://kakuyomu.jp/works/16817330649446361153


それでは、またどこかでお会いできる日を楽しみにしています。

ありがとうございました!


著 君のためなら生きられる。

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