黒と白の神話-4

 黒い弦が踊り、あっという間に木が木材の形になる。その光景を目の当たりにして、マリアはあんぐりと口を開けた。


「これでいいのか」

「す……っごーい! 便利! わたしの努力はいったい……」


 むしろ今まで何をやっていたのか。一向に進んでいなかった家づくりに、フランツは呆れ顔だった。


「次どうすんだ」

「あ、えーっとね」


 記憶を頼りに覚束ない指示を出すマリアに、フランツは疑わしげにしながらも弦を操った。人間の住居のことなど知らない。正解がわからないのだから、とりあえず言う通りにするしかない。

 なるべくなら魔力は温存しておきたかったが、黒い弦はフランツの手足の延長にあるほど慣れた力だった。それほど大掛かりなことをしなければ、消耗は最小限に抑えられる。


「それにしても、急に家づくりを手伝ってくれるなんて、どういう風の吹き回し?」

「家が無いと死ぬんだろ、人間は」

「そのくらいじゃ死なないけど」


 死にそうだったくせに。思ったけれど、言わなかった。彼女を心配しての行動だと思われたらしゃくだ。


「でも嬉しい。ありがと」


 にひ、と子どもっぽく笑うマリアが、ちかりと光った。


 それからフランツは、気まぐれにマリアを手伝うようになった。いつも共にいるわけではないが、食事は一緒にとるようになった。会話が増えて。接触が増えて。マリアには、笑顔が増えた。

 二人で過ごすことが自然になった頃。ついに、家が完成した。


「や……った~! 長かった!」


 感激した目で家を見つめるマリア。簡易なログハウスなので、快適さはさほどない。まだ内部は改良の余地があるだろうが、最低限の機能は果たすだろう。


「ありがとう! フランツ! ほんっとうにありがと~!」

「大げさなんだよ」


 両手をとってぶんぶんと振ってみせるマリアに、フランツは体を引いた。


「これで一緒に住めるわね!」

「住まねェよ」

「えっ!? なんで!?」

「そろそろ出てく」


 マリアは、先ほどまでの興奮が嘘のように、一瞬で表情を変えた。

 何かを言おうと口を開いて、空気だけを吐き出して、俯いて唇を噛んだ。

 再び顔を上げた時には、眉を下げながらも、笑顔をかたどっていた。


「そっか。元々、出てくって言ってたものね。家ができるまで居てくれて、ありがとう」


 フランツは顔を逸らした。その通りだ。本当は、もっと早くに出ていけた。けれど、家が完成するまでは、と。ここに残ったのは、フランツの意志だ。それを見透かされたことが、なんだかきまりが悪かった。


「たまには、会いに来てくれる?」

「アホか。そうひょいひょい来れる場所じゃねェよ、ここは」

「あはは、だよねぇ。だって、フランツ以外、誰も……来ないものね」


 寂しそうに笑ったマリアに、フランツはじりじりとした居心地の悪さを感じていた。

 もう用は無い。義理も無い。地上に戻れば、人間は山ほどいる。マリア一人を気にかける必要など、ありはしないのに。

 自身の中に渦巻く感情を追い払うように、大きく舌打ちした。


「おい。『がらくた箱』漁んぞ」

「え、え?」


 『がらくた箱』とは。マリアが、砂浜から拾い集めた物を詰め込んだ箱のことだ。この島には、人間はマリアしかいない。しかし、時折どこからか流れ着いた物が砂浜に打ち上げられていた。この島の周囲の海は、直接外界とは繋がっていない。つまり、この島への漂着物は、どこか異界から紛れ込んだものだということになる。明らかに文明の違う物、理解のできない物、壊れて直せない物。それらを、何かに使えるかもしれないと、マリアは見つけては保管していた。


「これでいいか」


 フランツは一つの壊れたコンパスを手に取った。文字は擦り切れて、何の印もない。けれど、媒体は何でも良かった。しるべとなりさえすれば。

 ぐっと握り込み、それに魔力を込める。


「手出せ」


 疑問符を浮かべるマリアの手をとって、フランツはマリアの指先にコンパスの磁針を刺した。


「いったぁ!」

「うるせェ」


 じわじわと、磁針がマリアの血を吸って赤く染まる。マリアの手を離すと、今度は磁針の反対側にフランツが指を刺した。同じように、磁針がフランツの血を吸っていく。

 さっぱりわけのわからないマリアに、フランツはコンパスを手のひらに乗せて見せた。


「これが、俺とマリアを繋ぐ。マリアの血を辿って、居場所がわかる」

「……くれるの?」

「なんでだよ」


 物わかりが悪い、とフランツは顔を顰めた。マリアはこの島から動けないのだから、道標は必要無い。


「俺が。これを辿って、会いに来る」


 絶対の保証は無いが、一度通った道だ。標と、フランツの魔力があれば。再びこの島へ訪れることは、できるはずだ。


「会いに、きて、くれるの?」

「だからそう言ってんだろ」


 照れ隠しからか、苛立ったようにそう告げたフランツに。

 マリアは、涙を浮かべて、満開の笑顔を見せた。

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