#8 part1
放送開始直後にテレビ画面が映したのは珍妙な黒鵜座の姿であった。虹色のアフロを被り、目には星形のサングラスに付け髭。そして肩には『本日の主役』と書かれたタスキが提げられている。容姿のほとんどをカムフラージュしている変わり果てた姿からは、もうユニフォームに書かれた番号でしか彼を判別することができないだろう。
「本日もやってまいりましたブルペン放送局! 司会の黒鵜座一です! いやー、昨日はいい試合でしたね! 4番ドゥリトルのあの痛烈な左中間を破るサヨナラタイムリーは見事でした! 延長戦に突中にした時はダメそうな感じがしましたけど、やっぱり分からないものですねスポーツってものは! 今日も相手は東京タイタンズです、昨日の勢いそのままに早い内に勝負を決めに行きたいですね。正直僕は昨日投げて勝ち投手になったし今日の登板は遠慮したいところですから。……あぁ、そうですね。まずこの見た目の説明をするべきでした。一見ふざけているように見えるかもしれませんが必要なんですよ、自分を守るために。だからこれは魔除けというか防御のための鎧というか。決して趣味ではないです、決して! 本当ですよ? さぁ皆さん衝撃に備えてください。それでは本日のゲストを紹介しましょう! 『ノリに乗ってるサーファー系投手』、
「ちぃーっす! 皆いい波乗ってるー!? バイブスあげてこー!」
開幕からいきなり少し高めの声を上げながら登場したのは、水色の髪を肩まで伸ばした小麦色の肌が目立つ美形の男子だ。整えられたあごひげに手を当てながら、機嫌がよさそうにカメラに向かってピースサインをしている。
「ちょいちょいカメラさん、マジかっこよく映えるように撮ってちょうだいよ!? 上手く撮れなかった日はもうあれだよ? そんなのナイアガラの滝だからね?」
「……はい、見てわかる通りこんな感じの遊び人です」
「あれ、サラッと悪口言われたくさい? というか黒鵜座センパイ何かテンション低くね? もっとアガッていきまっしょい! ほら、ウェ―――イ!」
「胃もたれしそう……」
早速これだ。あまりの温度差に風邪をひいてしまいそうなレベルではあるが、これはまだ地獄の一丁目である。何故なら番組はまだ始まったばかりなのだから。まったくもってこれから先が危ぶまれる。
「えーっとじゃあ、まず海原選手の経歴について軽く紹介しましょう」
「もうちょっとフランクでいいよー、ほらウェイブちんって呼んで!」
「続けまーす。海原浪男、浪に男と書いてウェイブと読むんですね。……どゆこと? まぁうん、唯一無二な感じがいいんじゃないですかね。僕だったら絶対名前負けしますけど。それで出身が確か沖縄だっけ?」
「そうそう! もうバリバリの沖縄生まれ沖縄育ちよ! 沖縄はいいよー、ハイビスカス、シーサー、そして青い海! もうウェイのウェイよ!」
「後半は方言なのかちょっと何言ってんのかわからないですね。それで沖縄の高校を卒業して、都内の大学に進学……それも名門! 羨ましい限りだな」
「いやーオレっち天才だからさ! 高校時代はもう飛ぶ鳥を落とす勢いだったわけよ! 『地元じゃ負け知らず』的な? それでも今のままじゃプロで通用しないと思ったし、親にとりあえず大学に行っとけば後々困らないって言われたからプロ志望届は出さずに大学に進学したわけ」
本人に全く悪気はないだろうが、その言葉は黒鵜座にとってぐさりと来た。いくら有望な選手であろうとプロ野球選手としてやっていけるのはほんの一握り。戦力外になった選手が球団職員となる事はあるが、コーチなどとして野球に関われるチャンスはあまりない。となると、セカンドキャリアに進むにあたって色々準備をしておかないといけない。勿論ネームバリューやプロ野球選手だったという箔はつくのだが。いやほんと、今を生きる若者にとって将来の話はきついよ。
「……ハッ! 意識が飛んでた! 話を戻しましょうか、大学時代は2年から徐々に頭角を現して3年生の頃にはベストナイン受賞、一気にプロ注目となったわけですね。正直なところ勉強とかどうだったわけ?」
「どうって言われても、普通って感じ? 心理学とかはそこそこ面白かったけど、まぁそんくらいかな」
「うぐぅ、こいつちゃんと勉強してやがる。チャラ男の癖に、チャラ男の癖にぃ……!」
こいつさては出来る子だな。黒鵜座は授業中に居眠りした事は無かったが、成績は残念なことにお世辞にも良いとは言えなかった。残念なことに。
「ヘイヘイ、しょげないでよベイベー! それでそれで、続きはどうなってんの?」
「続きって言っても後は一昨年に2球団競合してドラフト1位指名ってとこしかないぞ」
「ちぇー、つまんねーの。もっとこうさー、あるでしょ? あるでしょー?」
「やめろくっつくな気色悪い! 僕がそういう風に寄るのを許すのは女子相手だけだ! あー、強いて言うなら昨シーズンいきなり先発として8勝をあげて新人王に輝いたくらいか」
「分かってんじゃん黒鵜座パイセン! そう、俺っちこそ去年の新人王にしてキング! 優勝の原動力と言っても差し支えないっしょ!」
「図に乗るなよ小僧……!」
「あっはは、口調変わってんのおもろい!」
黒鵜座の威圧に対しても全く怯む様子などなく、むしろ海原はこの状況を面白がっている。プロの門戸を叩くものは大抵肝が据わっているというが、彼の場合は別格である。といってもここまでになる必要なんてないし先輩に対しての礼儀がなっていないとOBからは苦言を呈されていた。それでもあんまり怒られないのは彼の人となりの良さが垣間見えるというものだが。
「お前周りとの関係性とか気を付けろよ」
「オーライオーライ! ちゃーんと話し方とかは人によって分けてるんで」
「おい待てそれはつまり僕が舐められてるってことじゃないか? そう言いたいのか貴様」
「黒鵜座パイセンにはこれくらいフランクな方が本人も喜ぶってサクっちが言ってたんで!」
サクっちとは前々回のゲストとして登場したベテラン投手、滑川削の事である。基本的に感情に身を委ねる事もないが、この呼び方は流石に怒られるのではないか?
「おまっ、サク先輩の事そうやって呼んでんの? 怒られないそれ?」
「? サクっちはこう呼ぶと飴くれるけど?」
「おじいちゃんか何かかよサク先輩! もっと威厳を持とうよ! ……まぁいいや、変にかしこまられても困るのは事実だし」
「あざーっす! じゃあ黒鵜座センパイ、これからも仲良くしようぜ☆」
海原から唐突に手が差し出される。一瞬躊躇したがその手を握ってやった。するとその腕をぶんぶんと振り始めた。
「じゃあこれからはズッ友っていうことで! チャオ~」
「おい待てそこまでは言ってないぞ。……あっともうこんな時間。CM入りまーす」
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