#7 part5

#7 part5


「試合は現在、一対一の同点で7回の表の攻撃を迎えるところです。本来だったら僕も準備を始めてておかしくないんですけど、同点ですからね。さて……相手は左打者が並んでいるところなんで、登板するとなればやはりKKか真心でしょうか。あー、そうみたいですね。ちょうど今マウンドに上がろうとしています」


 


 


 


 黒鵜座の視線の先には左津陸がゆっくりと歩いていく姿が映されている。7回は基本KKが投げる場面ではあるものの、最近のKKは少し登板過多気味だ。そんな状況をブルーバーズの投手コーチが見逃すはずもない。それを踏まえての登板なのだろう。


 


 


 


「じゃあここら辺でさっき真心が取ってくれたお便りを読むとしましょうか。えーペンネーム『ハレー彗星』さんから頂きましたお便りです。『黒鵜座さん、左津陸さんこんばんは』、ごめんなさいね、今真心いないんですよ。タイミングが悪かったですね。はい、話が逸れました。『私は日々の生活の中で、フラストレーションがたまる毎日です。それでも少しでも生きがいを見つけるために小さな幸せから見つけることをしています。今日は夕焼けがきれいだとか大体そんな感じです。お二人はどんな時に幸せだと感じますか?』」


 


 


 


 そうですねぇ、と首を傾けながら次の言葉が出てこない。幸せというものは、失ってから気がつくケースが多いものだ。黒鵜座もその例にもれず、多分失ってから初めて後悔するタイプの人間なのだろう。少し悩んだのち、黒鵜座は答えを出した。


 


 


 


「めちゃくちゃ幸せ! って感じるようなことはないですけど。挙げるとするなら『投げられている時点でもう幸せ』って感じですね。志が低いとか思われるかもしれないんですけど、まぁ話は最後まで聞いてください。分かっているかもしれませんがプロ野球とは厳しい世界です。何人もの選手たちが1年ごとに去っては違う選手がやってきてを繰り返すくらいにはね。それで、首を切られる選手にも偏りというか、どれだけ面倒を見てもらえるかというのがありまして。例えば育成選手として指名された選手や、ドラフト下位で指名された選手。彼らは見切られるのも結構早くてですね。逆に上位指名された選手なんかは余程素行や成績が悪くない限りはそこそこの期間球団も残してくれるんですよね。それで自分がどうかというと、4位指名という上位とは言えないけれど下位指名とも言い切れない、何とも言い難い立ち位置にいるわけです。だから活躍できないと早々に首を切られてもおかしくない立場にあったんですけど。あれ、ちょっと聞いてます?」


 


 


 


 放送向けだからほとんど一人で話すとはいえ、反応がないというのは心もとない。せめてうなずくとかさ、してくれよ。何だか泣きそうになるじゃないか。


 


 


 


「……まぁいいです。話を戻しましょう。えーっと、どこまで話しましたっけ。そうそう、自分はいつ首を切られてもおかしくない立場だったってところですね。だからまぁ、自分がここにいるのは運が良いと言うか。僕が今現在で球界でも指折りのクローザーになっているのは事実ですけど、そこに至るまでの過程が結構大変だったんですよね。その点で言えば、僕は周りの環境や人間に恵まれたんだと思います。今となってはいないコーチや、サク先輩だとか指導が好きな人が多くいたので。やっぱり僕一人じゃここに立ち続けるのは不可能だったと思うんですよ。『一期一会』というのは大事なんだなとしみじみと思わされます。はい、大分回りくどい話になりましたねごめんなさい。結局何が幸せかというと、今ここにいるという事ですね。こんな事を言うのは僕らしくもない気もしますが、登板する事自体、自分にとっては恵まれてるんだなと思います」


 


 


 


 かなり長く語ってしまったので、一旦水を飲んで一呼吸置く。落ち着きながら試合に目を移すと、左津陸が一人目の打者から三振をもぎ取った所だった。


 


 


 


「はい、じゃあそろそろ試合の方にも注目していきましょうか。ちょっと様子を見ただけですが、真心はそこそこ調子が良いみたいですね。あ、今ちょっと高笑いしようとして失敗してますね。あーあ、やめとけって言っておいたのに。無理矢理自分を鼓舞しようとしてもキツイでしょ。まぁそれは差し置くとして、調子が良いというのは本当ですよ。彼が一番よく使う球種はスライダーなんですけど、それのキレがかなり良いんですよね。強いて不穏な事を挙げるとすれば、ストレートが甘い所に入らないかという所でしょうか。基本対左のワンポイントとして登板しているのが関係しています。彼のストレートは少しシュート回転をするので、左打者から見て真ん中付近からインコースへと食い込むようなボールならいいんですけど。問題は外角に投げる時のストレートですよね。ボール球から入ってくる、言わば『フロントドア』のようなボールなら相手も打ちづらいんですけども、中途半端に入ってくるとど真ん中にいっちゃうので。後はそこだけ警戒していれば後は何とかなると思います」


 


 


 


 それは左津陸本人も分かっているようで、ほとんどスライダーしか投げていない。投球プレートから少し左に踏み込んだ立ち位置からのサイドスローというのは、左打者にとって脅威だ。1球目は外に逃げるスライダーで空振りを奪うと、今度は打者に当たるかもしれないという所からインコースに入ってくるスライダーでストライクを取り、あっという間に追い込んだ。


 


 


 


「投球で大事な事として言えるのは、常に投手有利なカウントを取るという事ですね。どうしてもボールがかさんでしまうと、必然的にストライクゾーン、それもあまり厳しくないコースに投げないといけなくなるので打たれる危険性が上がるんですよね。多少地味にも聞こえるかもしれませんが、コントロールというのは投手にとって重要な要素の一つなんです。勿論僕もそこら辺には気を配ってますよ。むしろ一番神経を使う所だと思います。お、今度はストレートか。うん、良い所に決まりましたね。詰まらせてセカンドゴロ。セカンドには美濃さんが入っているので安心ですね。ウチのチームは基本守備が固いので大丈夫だとは思いますが、あの人は激戦とも呼ばれるセカンドの中でも2年連続でゴールデングラブを取っていますから安心感が違いますよね。出来れば打つ方をもう少し頑張ってもらえるともっと評価も上がると思うんですけど、あの人良くも悪くも2割5分あたりで安定してるからなぁ。あ、そろそろ自分の出番も近づいてきましたね。それでは次回のゲストを紹介して終わりましょう! 次回ゲストは『ノリにノッてるサーファー系投手』、海原浪男うなばらうぇいぶ選手です。……海原かぁ、接し方がいまいちよく分からないから苦手なんですけど、まぁ多分何とかなるでしょう。では今回はここまで! 次回をお楽しみに!」


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