#5 part5

「試合は現在7回の表、ブルーバーズが2点リードで迎えております! これがどういう事かというとつまり、僕が登板するまでの時間が近づいてきているという事ですね。あー、嫌だねぇ」


 


 


 


「黒鵜座、準備」


 


 


 


「あ、分かりました。えーでは次回のゲストを紹介して僕は消えるとしましょう。次回のゲストは、中継ぎ投手でございます! 不死鳥の左腕、スペランカー兄貴こと滑川削なめかわさく選手です! というわけで八家さん、後はお願いします」


 


 


 


「任せておくがいいさ、君は何の心配もせずにじっくり準備を重ねておけばいい」


 


 


 


「そういう自信満々なところが余計心配なんですけど。分かっているでしょうけど、とにもかくにも、くれぐれも変なことは言わないように! いいですね!」


 


 


 


 何度も釘を指すように繰り返す黒鵜座に対して、いかにも余裕そうに八家は笑みを浮かべる。いやほんと、そういうところが却って心配なんですけど、と黒鵜座はつぶやいた。しかしそろそろ行かなくては仲次コーチから何を言われるか分かったものじゃない。仕方なく、すごすごと黒鵜座は投球練習に上がっていった。


 


 


 


「さて……一人になったところでコメントでも読んでいくとしようか。『八家選手はいつも帽子を深めに被っていますが、ちゃんとサインとかは見えているのでしょうか』、ふむ、これは愚問だね。当然見えているに決まっているじゃないか。第三の目でね。……うん、これは本当に信じそうな人がいるから撤回しておこう。時折帽子の下から様子を見てたりするんだ。これは本当の話だよ? じゃあ次、『どうしていつも目元を見せようとしないのですか?』、なるほど、いい質問が来たね。俺は昔っから目つきが悪いとずっと言われてきてね。この目がコンプレックスだったのさ。だからあまり目元を見せないように工夫していたんだ。だけどうちの姫君はそれを肯定してくれた。その時の嬉しさといったら、全くなんと表現すればいいのやら。行く当てのない砂漠の中にオアシスを見つけたような、そんな感覚さ」


 


 


 


 八家がそんなことを話している間に、試合は動きを見せていた。この回登板したKKがヒット二本で無死一三類の窮地を迎えていたのだ。コメントでそれを指摘され、八家はその内容を拾うことにした。


 


 


 


「おや、ピンチを招いてしまっているようだね。見たところ今日のKKは変化球の精度が定まっていないらしい。明らかなボール球が多いし、ストライクを取ろうとした直球を狙い撃ちされているような感じだね。まぁだけどここからが腕の見せ所といったところだろう。この状況だと……そうだね、2点差あるから1点を犠牲にしてダブルプレーを狙うか、それとも1点も取らせない姿勢か。キャッチャーや投手の判断力が試されるね」


 


 


 


 サードとファーストが若干前進して守備についている。セカンドとショートはベースの近く。良く言えばどんな打球に対しても柔軟な姿勢、悪く言えばどっちつかずなポジションである。三塁ランナーを一度目で牽制して、KKが第一球を投じた。縦に割れるカーブ。出来は悪いが、それでも今日投げた球の中では一番いい。バッターが見逃しストライクがコールされた。


 


 


 


「ふむ、最初はカーブか。いやぁ、俺はナックルとスローボールとちょっとした変化球しか投げないからこういう風に配球について語るのは新鮮だね。うん、悪くない。きっと今の打者は直球狙いだったんじゃないかな。パスボールの危険もあるこの状況だと中々勇気のいる決断だね。相手もきっと面食らったんじゃないかな」


 


 


 


 続く2球目、バッテリーはストレートを選択した。打者がバットを振るも、ほぼ根本に近い。ふらふらと上がった打球は、ショートが少し下がったところでしっかりグラブに収めた。


 


 


 


「今のはバッテリーの勝ちだね。『森の中でイルカを探す』ようなものさ。さっきのカーブが頭にちらついたんだろうね。どちらに絞るかを打者が決めきれなかったがゆえに打ち損じた。そういう意味ではバッテリーの勝ちではなく打者の敗北と言った方が近いのかな?」


 


 


 


 これで1アウト。併殺に打ち取れば無失点で窮地を脱する事も見えてきた。ここでキャッチャーの扇谷がマウンドまで上がってくる。恐らくは作戦の確認だろう。


 


 


 


「うん、1アウト取った事でKKにも落ち着きが出てきたんじゃないかな? これがもっと僅差だと満塁策という手もありえなくはないのだろうけど、ランナーを二塁に進めるとそれはそれで傷口が開きそうだからね。俺だったらそうだね……風の赴くままに身を委ねる、つまりこの場での勝負かな」


 


 


 


 八家の宣言通り(?)バッターを歩かせないまま、バッテリーは勝負を選択した。初球、153km/hのストレートでファウルを奪うと二球目はアウトコースへのストレートが外れて1ボール1ストライクとなる。


 


 


 


「ギアを上げてきたというよりは、ようやくKKの本調子が出てきたという感じかな? まさに重量機関車、エンジンがかかってくるのは遅いけれどその分馬力も他に比べて違うものがあるね。まぁ今日は調子が悪かっただけなんだろうけど。それにしても外野フライは避けたいところだね、当たり前だけれどこのまま無失点で切り抜ける方がいいから」


 


 


 


 その思いはKKとしても同じだろう。三球目、微妙に動く球が内角高めに外れて2ボール。バッターが上体を反らしてボールをかわす。よろめきながらバッターボックスを外れた。そして四球目、高めに浮いたカーブを捉えると、打球はライトの正面へ。もちろんランナーはタッチアップの姿勢を示している。


 


 


 


「おっと、これは面白い事になったね。まさに野球の華というやつじゃないか」


 


 


 


 打球をライトの武留たけるが前進しながら掴む。それと同時にランナーがスタートを切った。ここから先は瞬き厳禁、僅か数秒の出来事である。前進した体勢のまま右肩から繰り出されたボールはまさにレーザービーム。中継に入ろうとするセカンド美濃も思わず姿勢を下げてボールを避けた。バシィン、という気持ちのいい音が響いたのと同時にランナーがヘッドスライディングで滑り込んできた。しかしキャッチャーの扇谷は流石ベテランというべきか、この状況においても冷静であった。バックホームの勢いそのままに身を任せて体を反転、そのままタッチにかかった。息もつかせぬスピード勝負。早かったのはランナーか、それともキャッチャーか。


 


 


 


「ア……アウト―!」


 


 


 


「良かった良かった。番組が終わる前にいいものが見られたね。これぞプロフェッショナルって感じのプレーだったよ、お互いに。さてと、それじゃあそろそろ番組を締めくくらせてもらおうか。いつか大空へ羽ばたく君たちへ、俺からエールを送らせてもらおう。Have a nice trip!」

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