#3 part5

「無抵抗だ……実に無抵抗」




 六回の裏の攻撃を終えてスコアは1-4。5回に1点を返すことができたものの、それ以降はさっぱりだ。今日は打線の調子もあまりよろしくない。打線は水物とはよく言ったものだ。こりゃあ今日は負けだな、と誰にも聞こえない声で黒鵜座はひとり呟いた。




「何とか八家さんが6回まで初回の4失点でまとめてくれたわけですが、やっぱりウチの課題は打撃陣ですね。まぁ球場が広いからそりゃあ長打が減るのは仕方ないとも言えますけど。でも相手は今日本塁打を打ってるわけだしなぁ。えーここでですね、一人では寂しいという事で助っ人に登場してもらいましょう。頼れる我らがリリーフ、石清水禄郎君です! はい拍手!」




 黒鵜座とスタッフの拍手に包まれながら、禄郎がカメラの範囲に入ってくる。その表情はげんなりとしていて、とにかく嫌そうな顔が伝わってくる。




「……あの、困った時に僕を呼ぶのやめてもらえませんかね。だって僕この前出たばっかりじゃないですか」




「はいはい、そういう固い事は言わない! 何たってこの放送は自由がウリなんだから。今決めたけど」




「聞こえてますよ。今決めたなら意味ないじゃないですか」




「それでさぁ、どうだったの? この前の放送の反響は」




「話を聞いてくれませんかね。……どうって言われると一概に答えるのは難しいですけど、一つ変化を挙げるとするならファンレターが少し増えました。まぁ気のせいかもしれないんですけど」




「お、いい事じゃないの! それはこの放送の効果があったってことで受け取っていいのかな?」




「それがですね……結構同情だとかの手紙が多いんですよね。『周りの人がうるさいだろうけど、頑張ってください!』とか『プロの投手と言えども大変なんですね』、だったり」




「まぁやかましい奴もいるからな。熱田とか熱田とか熱田とか」




「多分その中に先輩も入ってると思いますけどね。あとは意外だなって声もあって。『石清水選手もやっぱり緊張するんですね!』なんて手紙もありましたよ。多分僕ほど登板前に緊張している投手の方が珍しいと思いますけど」




「ファンはほとんどマウンド上の禄郎しか見る事が出来ないからな。意外だって声も分からなくないよ。投げてる時のお前は凛々しくて頼りになるし」




「え、凛々しいですか? えへへ、リップサービスかもしれないですけど嬉しいです」




「登板する前からそうならいいんだけどな」




「ああそういう……先輩って上げて落とすの本当に好きですよね。って僕の事はいいんですよ。試合の解説しましょう、ほら今から熱田さんが投げるみたいです!」




 禄郎が指さすモニターの中では、熱田が丁度投球練習を終えてバッターと対面する姿を映していた。だがしかし、黒鵜座は分かりやすく面倒な顔をしている。何で僕があいつの解説すんの? という顔だ。




「えぇ~面倒くさいよ、そこまで競った内容でもないし解説しなくてもよくない? というか現役の解説って役に立つわけ?」




 そんな様子の黒鵜座をよそに、左足を大きく上げてダイナミックなフォームから第一球を投じた。右腕からのオーバースロー、それが熱田のフォームだ。熱田は得意とするストレートを、球場内にも響く声と共に投じた。ストライクが審判からコールされる。




「少なくとも素人が解説するよりは意味があるんじゃないですかね、あっほら、いきなり156km/h出しましたよ!」




「ど~だか、あいつの場合球速が出ないと話にならねーでしょ。気合は入ってるけどコースも若干荒れてるしあんまりいい球じゃないね」




「辛口ですね」




「だってこんなビハインドの試合であんなに気合入る方がおかしいでしょ。まぁあいつにとっちゃ絶好のアピール機会ではあるんだろうけど」




「なるほど、じゃあ先輩は熱田さんの一番良い状態を知っているというわけですね」




 いたずらっぽく禄郎が笑う。この前の放送のお返しと言わんばかりのその表情は、とてもカメラ受けがいいものだろう。これを写真に撮れば多分「イケメンプロ野球選手」の写真集に確実に載る、と黒鵜座は確信した。




「ちょっとカメラマンさん! 今のちゃんと映してましたよね! あれを放送すれば視聴率アップ、ひいては僕のお給料アップに繋がりますよ! は、撮れてない? バッキャローそれでもプロか貴様ぁ! ちょい禄郎、もう一回今の頼む!」




「先輩って意外と分かりやすい性格ではありますよね。露骨に口数が増えた時は滅茶苦茶機嫌がいいか、何かを照れ隠しでごまかそうとするかの二択ですもん」




「は~? そんな事無いが~?」




「僕相手でもそういう下手なごまかしは通用しないですよ」




 禄郎の真っ直ぐな視線が黒鵜座を貫く。少しの沈黙の後、耐えきれずに黒鵜座が降参と言わんばかりに両手を上げた。




「……はぁ、そーですよ。認めます。あいつは最速159km/hのストレートもあるし、ノリがいい日はスライダーにもキレがある。調子が良ければガンガン三振を取れるタイプの選手だ。だから今の立ち位置がおかしいくらいの実力を持ってるんだよ」




「素直じゃないですね。というか何でそこまで熱田さんの事を嫌うんですか?」




「さっきも放送じゃ言ったけど僕とあいつじゃタイプがな……」




「そういうタイプとかで好き嫌い選ぶような性格じゃないでしょ先輩は。大体熱田さんと同じタイプの北君に対しては普通に接しているじゃないですか」




「分かったよ、言うよ。言うけどこれはあいつが後でこれを見返さない事前提だからな。くれぐれも本人には伝えるなよ」




「はいはい、ちゃんと秘密にしときますよ」




「……あいつがドラフト一位で僕が四位指名だから」




「え、そんな理由? 器小さくないですか?」




「いや気持ちは分かるよ!? けどこれにはちゃんとした理由があるんだ!」




「まぁ聞こうじゃないですか」




 禄郎が水の入った紙コップに手を付ける。これはあれか? 喫茶店で友人に相談する主婦の構図か? その二人を向けたモニターの先にはガッツポーズをしながらベンチへと帰っていく熱田の姿が映っていた。




「あいつには才能がある。だから一位指名なのは当然だと思ってた。だけど最近の体たらくを見ると、何かむしゃくしゃするんだよ」




「ははぁ、つまりは『僕は頑張ってるのに、お前はなんて有様だ!』ってわけですか」




「……外れてはないな。あいつは努力すればローテーションの一角を務めるポテンシャルを持っている。だけどいつまでもポテンシャルを期待するわけにもいかないから、そろそろ尻に火が着かねーとまずいんだ」




「なるほど、かなり面倒くさい感情を抱えてるみたいですね」




「うるさいわ! おっと、そろそろお別れの時間が来たみたいですね。喧嘩から始まり、最後は尻すぼみしたような気がする第三回でしたが、皆さまいかがでしたでしょうか。次の放送は再来週の火曜日です。えー次回のゲストですが……恐らくは黒船セットアッパー、KKケーケーことカービィ・カイル選手に来ていただく予定です。ゲストが変わる可能性も否定できませんが。それでは次回もお楽しみに! さようなら~!」

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