#3 part3

「何だかんだ八家さんも修正してきたな。てっきりこのままズルズル行くもんだと思ってたけど」


 


「まぁあの人の場合ちょっと特殊だからってのもあるだろ。俺たちとは全く違うタイプの人だし」


 


 画面の先では八家が3回の表を三者凡退で締めてベンチへと帰る姿が映っていた。その姿を見て二人とも各々の感想をこぼす。自分がいつ登板するかに備えられるために、こうして試合の状況を見ておくのも大事な要素だ。


 


「それでもこのままビハインドで行くとあっという間にお前の出番が来そうだけどな。はいっ、そろそろ質問の続きに進みましょうか。熱田、続き」


 


「俺に指図すんな。えーと次は、『回転数並びに? 回転方向の調整』だと。俺の場合はそうだな、ストレートはしっかり握ってリリースポイントで力が100%、いや120%伝わるように投げる! こう、シュッという感じでな! まぁとにかく力強くを意識していればおのずと回転数などついてくるものだ!」


 


「2100回転の方は黙っておいてもらえます?」


 


「んだとコラァ!」


 


 熱田の威圧に怯むことなく、黒鵜座はひらひらと手を振る。寄ってきた野良犬をしっしと払いのけるかのように。


 


「そういう脳筋な考え方はもう古いんだって、それにこういう質問はどう考えても僕向きでしょうが。だからお前はそこで茶でもすすってろ」


 


「お茶なんてここにあるわけないだろ!」


 


「比喩表現すら分かんねぇのかよこの馬鹿! だったら水でも飲んどけ! えー、まぁ実はこれあんまり言いたくないんですよね。何故かって? そりゃあ真似して僕みたいな選手が量産されると困りますからね。それに当時の投手コーチと二人三脚で身につけたこれは、感覚に等しい物なので最終的には自分で掴み取るしかないんですよね。ですから理論で説明できる部分はそこまであるわけじゃなくて」


 


「なんだ、やっぱ感覚で覚えるのが正しいんじゃねーか」


 


「外野は黙ってて下さいねー。回転数を調整する上で大事なのはやっぱり指なんですよ。ボールに触れるのも指、最後に力を伝えてなおかつ回転を加えるのも指なわけです。つまり何が言いたいかというと、回転数を伸ばしたいなら指でその感覚をつかめって事ですね。『指で弾く』だとかそういう表現がありますけど、人によってその感覚は千差万別です。僕の場合なんかは指を食器のフォークに見立ててそれを突き刺すっていうのがしっくり来ますね。バックスピンの回転が多ければ多いほどボールの軌道も変化してくるので、皆さん頑張って自分なりの回転を身につけましょう!」


 


 ストレートの握りを見せたのち、説明を終わらせた黒鵜座が満足そうにドヤ顔を浮かべる。そのよそで、熱田は納得のいかないような表情で黒鵜座を見つめていた。


 


「……フォークで突き刺すってあんまり食事のマナー的にどうなんだよ」


 


「だから例えだっつってんでしょうがあぁん!? 終いにゃ普段温厚な僕でも流石にキレるぞコラァ!」


 


「お、やるか? リアルファイトで決着つけるか?」


 


 再び二人の額と額がぶつかり合った。互いの睨み合いはいよいよ危険な状態へと……行かない。黒鵜座も熱田もそこは流石に自重する。二人ともプロ野球選手という立場が無ければもしかすると殴り合いに発展していたかもしれない。


 


「……はぁ、馬鹿。本当に馬鹿。リアルファイトなんてプロ野球選手がやるわけないでしょうが。そんな事したら週刊誌にすっぱ抜かれて即干されてお払い箱まっしぐらだろうが。あー視聴者の皆さん安心してくださいね。僕らの仲はもう修正が効かないほど壊滅的ですが、ブルペンは今日も平和です。だから110番を押そうとするその手を今すぐ止めて下さい、お願いします」


 


「つーかお前が言ってた話も結局感覚の話じゃねーか!」


 


「……あのなぁ熱田。究極の理論派ってのは何だと思う?」


 


「究極って響きなんか良いな……ってそうじゃねぇ! あれだろ、こう……とにかく、理詰めで行く奴!」


 


「はい馬鹿。お馬鹿一級の資格を貴様に進呈しよう」


 


「何言ってるかはよく分かんねーけど馬鹿にされている事だけは分かるぜ……だったら何だってんだよ!」


 


「仕方ない、お前にも教えてやろう。究極の理論派とはな、自分の動きにの事だ。自分がどういう動きをして、結果ボールがどのような軌道を描いたか。それに名前や理由を付けられるから、説明が出来る。そして説明が出来るから、再現が出来る。再現が出来るという事はつまり、それを自分の手中に収めたと同じことだ。分かるか?」


 


「ちょっと何言ってるか分かんねぇ」


 


「お前マジ……かなり懇切丁寧に伝えたつもりだぞ今のは。だからな、自分の動きを体ではなく頭で理解できるのが理論派の究極型であり、理想だ」


 


「あー、それならまだ分からなくもない。うだうだ話を長引かせてないで、最初から一言で済ませりゃいいんだよ」


 


「今のはイラっと来ましたが、僕は大人なので続けます……。確かに僕の握りの表現は人によっては当てはまらないだろうし、違う解釈をする人だっている。でも最悪理解できるのは自分だけでいい。自分さえそのメカニズムを理解できているなら、動きを忘れないでいる事が出来る。大事なのはその原因だ。最も納得する原因を見つけるために、今の野球、いやスポーツ選手は自分の動きを繰り返し映像や画像を見て理解しようとする。正確には言葉で説明を付けようとするわけだ。これが今いる理論派の求める形、だと勝手に僕は思っている」


 


「ほーん、なるほどねぇ……通りで最近理論を付けようとする野郎が多いわけだ。てっきり今流行りの草食系が増えたのかと」


 


 熱田はというと、納得はしているみたいだ。先ほどまで黒鵜座が苦労していた分、今の説明で理解してくれたことで感涙にむせびそうな気分だ。


 


「感覚が全く重要じゃないかと言えばそんな事はない。お前みたいに感覚でつかむような選手が一定数いるのも事実だしな。だけど理論ってのを考えるのも中々に悪くないとは思うぞ?」


 


「ま、俺にとっちゃあ感覚第一だけどな。理論まで身につけちゃったら、いよいよ俺が最優秀投手としての才能が開花しかねないぜ」


 


「はいはいそーかよ、勝手に言ってやがれ。勝つのは僕だ。後でピーピー言ってても聞いてやらねーからな」


 


「ふんっ!」


 


「へっ! えーそろそろCMのお時間となります。放送はまだまだ続きますのでどうぞお楽しみに!」

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