#2 part5+α

「試合は六回の表、相手チームの攻撃を迎えております。……え、芝崎選手はどうしたのかって? 行ってしまったよ、戦場ブルペンにな。というわけで一人になってしまいましたので、新しくメンバーを呼ぼうかとも考えたのですが。恐らく僕もじきにお呼ばれされる可能性が高いので残念ながら独り言にお付き合いください。……あ、企画がある? 良かったですね皆さん。えー題して? 『黒鵜座一のココがすごい!』。え、これ自分が自分に言うんですか? 絶対他の人と進めるタイプの企画ですよねこれ」




 撮影陣はとにかく進めろとの方針だ。自画自賛する様子を放送するなんて羞恥プレイ以外の何物でもないし、これを企画した奴を一発ぶん殴ってやりたい。




「えー俺自身の事を褒めるの? まぁ自分が球界でも指折りレベルのクローザーである事は自負していますけど、それでも難しいですよこれは。だって良いところがありすぎて、放送時間オーバーしちゃいますよ。まずストレートでしょ? あれだけの回転数で投げられるようになったのはプロに入ってからなんですけど、まぁ高校生時代でもそこそこスピンのある球は投げれてはいたんですよね。それで他の球種を覚えるよりも、やっぱり自分の一番良い球を磨いていくのが一番だとコーチに言われまして。今はそのコーチはもういないんですけどね。当時はあのスパルタ教育を恨んではいましたが、今になって思えばあれがプロ野球選手として僕の分岐点だったと思います。多分そうじゃなかったらとっくの昔にクビになっていたと思います。本人の前じゃなかなか言えないですけど、間違いなくあの人は恩師ですね」




 黒鵜座がちらりとカメラの方向を向く。もういいでしょ? という視線を向けるも反応はない。むしろもっとやれという事なのか? かと思えば、何やら紙を渡してきた。




「あー、なるほど。SNSでそういう話を募集していたわけなんですね。いや本当どうしようかと思いましたよ。このままずっと一人で話し続けるの限界ですもん。えーっと『バンバン三振を取るところがすごい』ですか、これが一番多いみたいですね。ありがとうございます。まぁでも実は僕、あんまり三振を取ることはこだわってないといいますか、意識していないんですよね。結構球数がかさむし、できるなら一球で打ち取る方が楽だとは思うんですよ。三振って最低でも三球は投げないといけないし。まぁそれでも三振を取れた時は爽快ですけどね」




 これ次の紙は? と聞くとスタッフたちは紙をめくるように指示してきた。あーはいはい、めくればいいのね。




「次に多かったのは……えー『四球をほとんど出さないところ』、『コントロールの良さ』、なるほどよく見ていますね。そうです、僕結構コントロールには気を遣ってるんですよね。やっぱりどれだけいい球を投げられたとしてもボールが荒れまくりじゃどうしようもないですからね。だから多少球速が遅くなろうとも丁寧に投げることを心がけています。とはいえ、本気で投げても150㎞/hも出ないんですけどね。はい次。ほとんどはさっきの二つのどちらかに大きく分かれているみたいですね。えーだからここからは少数派の意見になります。『打者を惑わせるチェンジアップ』に『何気にフィールディングが上手い』。何気には余計ですよ何気には」




 パラパラと紙をめくりながら読み進めていく。目的というか、一番指摘して欲しいものはないか。……ないよな、というか流石にそこまで見ていないか。と諦めかけたその時、「それ」は顔を出した。




「えー次は……『何年もずっと投げているのに一度も大きなケガをしていない事』、そうこれ! これは僕も契約更改の度にアピールしているんですよマジで! いやーここに気づいてくれる人がいてくれて良かったー! あ、今視聴者の皆さん地味だなって思いました!? 思ったでしょ! いやこれがね、意外と大変なんですよ。まぁそりゃあ試合に出続けるのは野手としては当たり前だったりするんですけど、投手だと中々難しい事なんです。勤続疲労って言葉を皆さん知っていますでしょうか? 『投手の肩は消耗品』と言われるくらい投手は疲労の残りやすいポジションでして、起用され続けると肩や肘にダメージが残り続けるわけです。だから中継ぎは入れ違いが激しいわけなんですね。その戦場で残り続けていい成績をキープするというのは凄いことなんですよ。だから僕はそれを一番誇りに思っていますね」




 と言い終わったところで紙は最後を迎えていた。黒鵜座はあまりエゴサーチ(エゴサ)をしない人間である。というかそもそも野球選手という存在自体成績によってはファンに叩かれやすいので見ない方が得とも言える。そのためこのようにファンからの意見を見れるのも貴重な体験であった。




「さて、意見は以上ですかね……皆さんたくさんの声援ありがとうございます! こういう声を励みにして頑張りたいですね。あっ……とそろそろお別れの時間みたいです。最後に? 次のゲストの紹介だけして終わりましょうかね。えー次のゲストは、げ」




 次のゲストが知らされると、黒鵜座は文字通り固まった。その人物は彼が苦手とする人物だからである。露骨に低い声色へと変貌していく。




「えー……はい、次のゲストは名実ともに燃える熱き投手・熱田炎也あつたえんや選手です。いやまだ第三回なんですけど。第三回なのにこいつかぁ……。あっはい、そろそろ行かないといけないらしいんで、このフラストレーションは登板した時にぶつけようと思います。それでは、待て次回!」




 試合は8回表。この回登板した芝崎が先頭打者にヒットを浴びながらも後続をぴしゃりと抑え0行進。すると打線が奮起し、二死一三塁から美濃みののタイムリーで勝ち越しに成功した。そして9回表のブルーバーズの守備、マウンドに送られたのはやはりこの男―――。




『選手交代のお知らせをします。芝崎に代わって、黒鵜座。背番号99、黒鵜座一が上がります。そして角井に代わって扇谷。背番号63、扇谷守がキャッチャーに入ります』




 ―――さて、大きな声援に見送られながらマウンドに上がった黒鵜座が大きく息を吐く。頭は冷静に、されど心は熱く。




(だいたいよぉ……)




 一人目。5球目のストレートを詰まらせセンターフライ。




(何でッ、僕がッ!)




 二人目。4球目のチェンジアップで見逃し三振。




(あいつの相手をせにゃならんのだッ!!)




 三人目。5球目のストレートを空振り三振。絶対零度のクローザー、面目躍如の活躍であった。キャッチャーの扇谷に肩を叩かれながら、黒鵜座は素知らぬ顔を浮かべる。今から明日の放送を考えると憂鬱であった。

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