第2章12 暴走列車

「しゃあぁあぁ! 3タテぇ!」

「ナイス!」

「やっば!」


 パンデモ帯に足を踏み入れた俺たちは、文字通り魔境のなかで鎬を削る日々に突入した。ここにきてSetoが暴れまくってる。久しぶりのパンデモ帯で目が輝いてるっていうか、ギラついてる感じだ。


「これだよ。カスタムもだけど、気を抜けねぇヒリついたこの雰囲気。最高だわ」

「出たなぁバトルジャンキー」

「負けらんない」


 ひよりもSetoに当てられたのか気合十分。俺たちはパンデモ帯でも今のところ順調にポイントを盛れてきている。1日で大体1000ポイントくらい積んでいけてるから、このままいけばボーダーの上昇分を含めても1週間くらいでパンデモニウムに手が届くかなって計算だ。


 ただ、ここからひよりにはセイメイ以外のキャラクターにも挑戦させている。競技シーンに挑むのにピックプールが狭いのはいただけない。どんなキャラでも十全なパフォーマンスを出せないとチームとしても取れる選択肢が狭まるしね。


「H4Y4T0、さっきのODなんだけど、置く場所とかってどうだった?」

「うん、問題ないよ。ひよりの投擲の精度はめちゃくちゃ高いからそこら辺は心配してない」

「そっか。よかった」

「タイミングをもっと早めに出来ると文句なしかな」

「は~い」


 ひよりには今はマーリンを練習させてる。ODはセイメイと同じく地点を指定して発動するタイプだからすんなり使いこなせてる。ただ、マーリンの強みはODはもちろんだけどスキルにある。


「スキルはもっと練習だね。キャスリングは離脱はもちろんだけど、攻撃が真骨頂だから。ひよりの投げ物の技術と組み合わせればむしろこっちのが本命まである」

「そうだね。まだ咄嗟の判断が出来るほど使いこなせてないから練習する」

「よろしく」


 マーリンのスキルである”キャスリング”はマーキングした物と自身の位置を入れ替えるというもの。これをグレなどの投げ物と組み合わせることで緊急離脱に使える。それまで自身がいた地点には爆弾が残るので足止めにもなるしね。


 ただ、このスキルはさっき言った通り攻撃でも使える。上空に投げだしてからキャスリングを発動することで相手の上を取って銃撃を加えることができる。高所を取るのが重要なのはどんなFPSでも共通事項。上空からならヘッドショットの確率が上がってダメージトレードが有利になる。遮蔽に隠れて発動すれば相手の意識の外から攻撃が出来るし、これを使いこなせるかどうかがマーリンを運用する上での肝だ。


 ちなみに真上に投げてしまうと着地と同時に足元がドカンだから厳禁ね。


 連戦を終え、俺たちは訓練場に戻る。パンデモ帯での連戦は気が抜けないので集中しっぱなしになる。結構疲労が蓄積するのでこまめに休憩を取るのも大事だ。エナドリをキメて背もたれにもたれかかる。


 見れば、ひよりはトイレから戻ったらすぐにマーリンのスキルの練習を始めていた。ほんとやる気の塊だなぁ。まぁそれは嬉しいんだけどさすがにね。


「ひより、ストップ。そのやる気は買いなんだけど、休む時はちゃんと休みな」

「え~、でも早くH4Y4T0から合格もらえるくらいにならないと、他のキャラも早く練習しないとだし」

「今のペースでも十分間に合うよ。どうせ一人でも練習がっつりしてるんでしょ?」

「う~、でもぉ~」


 最近は特に俺たちと配信してる間もとにかく練習しなきゃって気が急いてる感じがする。別に一切手を抜いてないってのは分かってるんだけどなぁ。


「何か焦ってんのか?」

「そりゃあ焦るよ。あたしは一番遅れてるんだから。他の人との差を縮めるには1秒でも長く練習しないと」

「そう思うならせめて俺らが休んでるときは休むこった。集中が切れた中でやってもパフォーマンスは落ちる。量が大事なのはもちろんだけど、そろそろ質も意識しろ」

「はぁい、じゃあコーヒー飲みながら音楽でも聞こっかなぁ」


 Setoの説得にようやくひよりも応じる。Setoも俺と同じ懸念を抱いてくれてたみたいだ。たまにこうして助け舟のように入ってくれるのはありがたい。俺もSetoもひよりが現時点で他の名だたるプロと肩を並べられるほどとは思ってない。だけど、ひよりには俺たちが止めに入らないとぶっ続けで練習に打ち込むくらいの気合と根性がある。


 そこから生まれる爆発的な急成長。この子が3か月後にどれほどの存在になっているか、俺たちには全く想像もつかない。その潜在能力というかポテンシャルが、俺たちを強烈に惹きつけたんだ。


 とにかく勝つだけならFAになった有力選手に声を掛けるか、実績のあるチームに加入すればいい。話題性のある俺らなら苦労はしないだろう。でも、俺たちは自分達で見出した人とやりたかった。誰と勝つか、勝ちたいか、自分達のストーリーを描くうえで、ひよりほどぴったりな存在はいないと確信できる。


 だからこそ、最速の成長のために焦るひよりにブレーキを掛けるのも俺たちの役目だ。


「はは、ブレーキぶっ壊れてんぞ。怖ぇなぁ」

「ほんとにね」


 ひよりの爆速の進化。味方ながら恐ろしいと感じてしまう。気を抜けばいつの間にか背中に銃口を突きつけられそうな感覚。でもそんな恐怖を一番近くで感じられることは俺らにとってもプラスに働く。


 短い休憩のなかで、自然と俺ももっと頑張らなきゃなとモチベーションが高まっているのをはっきりと自覚できた。

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