第1章44 きっかけ

 Setoとぶつかり合って、リスナーと改めて向き合って、ひよりのなかで何か吹っ切れたようだ。


 目が覚めたという声はまだ普段の声とは違うけど、思いっきり今までの鬱憤を吐き出してすっきりできたんだろう。


「もう大丈夫?」

「うん、あたしが大切にしなきゃいけないのが誰なのか、ちゃんと再確認できた」


「そっか。ならよかった。優しいリスナーさん達だよね。TB初めてやったときのひよりの配信コメント付きでアーカイブ見たけど、授業参観の親御さんがずらりって感じだった」


「あはは、たしかにそうかも。走れてえらいとか言われてたなぁ」

「はは、いいなそれ。おいお前らももっと俺を褒めろよ。甘やかせ」


 張りつめた空気はどこかに霧散し、代わりにいつもの雰囲気が戻ってくる。

ひよりとSetoもさっきまであんなにバッチバチだったけど今では笑って話していた。


「ひよりが吹っ切れたんならよかった。コメントしてくれてる人もだけど、コメントしないだけでひよりを応援してくれてるリスナーもたくさんいるしね」

「そうだね。それも忘れちゃいけないね。もう間違えないよ」


「ならこの話は終わりだね。Setoも任せて悪かったな」

「いいって。こーいうのは俺のが向いてる。それにギスったり意見が食い違うなんて当たり前だ。ぶつけ合って擦り合わせて進むのがチームだし」


「おぉ…」

「誰?」

「お前らすぐに手ぇ組んでんじゃねぇよ」


 Setoがまともなことしか言わないとなんかこう、違和感というかむずがゆいというか。


 でもSetoはこういう奴だ。口は悪いかもしれないけど、まっすぐで仲間想い。だから意見が食い違って揉めたとしても後腐れすることがない。


「まぁ最近ギスることもなくなってたし、ちょっと懐かしかったよな」

「あぁそれ思った。初めはヤバかったもんなぁ」

「お前が言うなよ。俺がどんだけ頭を悩ましたか」


「それがIGLのお仕事です」

「へぇ~、2人も揉めたことあるんだ」

「「そりゃあもう!!」」


 俺とSetoの声が綺麗に重なる。お互いに感情が迸るように籠っていた。


「え、そんなにすごかったの? めっちゃ気になる」

「いやもうほんと大変だったから。話せば長くなるから端折るけど、俺とSetoが組んだ当初ってお互いの戦闘スタイルが水と油だったからさ。擦り合わせるのにそりゃもう骨が折れたよ」


「あ~、何となく分かった気がする。一応聞くと2人の考え方って」

「盤面を支配して圧し潰す」

「圧倒的火力でねじ伏せる」

「…よく今の関係になれたね」


 ほんとそれな。実際、お互い最初は印象最悪だったし。お互いの戦闘観がお互いの完全否定なんだから。ただ、だからこそこいつと組んだらどうなるんだ? っていう興味もめちゃくちゃあったんだよね。


「きっかけはレートで偶然3回連続でマッチして3回連続でラスト2部隊になったんだよなぁ」

「そうだったね。で、俺が2連勝して3戦目にSetoが勝った」

「おい、勝ち越したからってマウント取んなよ」


「取らないよ。3戦とも俺の部隊が有利だった。特に3戦目は負ける方がおかしいくらいだった。なのにこいつ1人に返されたんだ。ブチギレたわ」

「はは、キレてんのにマッチの後に俺にフレンド送ってくるんだからお前も大概ぶっ飛んでるよな」

「うるせぇ。お前も秒で承認しただろ」


 3回も連続でやりあえばさすがに相手のアカウント名くらい記憶できる。こいつだけは許せんとお互いに対抗意識バッチバチの状態でボイチャを繋いだのが俺とSetoの始まりだった。


 それが今では互いに全幅の信頼を置いて背中を任せる相棒なんだ。ここまで来るのは大変だったけど、だからこそ俺たちの今がある。


 ひよりが俺たちとぶつかり合ったのも、きっと今後何かに繋がる。そんな気がした。

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