第1章43 ひより視点 本当に大切な存在
H4Y4T0とSetoは不快なコメントを消した方がいいってアドバイスしてくれた。
もちろん、あたしも暴言やあまりにひどい人は消すようにしてるけど、消したら消したであたしが気にしてるって喜ばれるのも悔しいから大抵のコメントは消さずに放置してた。
リスナーのみんなも不快になるっていうのももちろんわかる。だけど、あたしが頑張って強くなって見返すところを見せたい。そう思って今まで辛い気持ちにも耐えて頑張ってきた。
あたしだって何も考えてないわけじゃない。そう思うと2人が善意で言ってくれるのはもちろん分かってるけど、いつの間にかあたしの心は抑えようがないくらいざわついていた。
だめ、2人に八つ当たりするのは間違ってる。ここは堪えなきゃ。
「2人の言うことも分かるけど、なかにはアンチじゃなくて善意でコメントしてる人もいるから…。今日こっちの武器にしたら、とか。そういうのって荒そうと思って書いてるわけじゃないんだろうし」
「だけどそれで実際ひよりが不快になってるなら荒らしと同じでしょ」
「ひよりの配信なんだから、ひよりと応援してくれるリスナーが楽しく過ごせないようにする奴らはいらなくねぇか?」
「そんな簡単に言わないでよ!」
気づけば思わず大声で叫んじゃってた。でも…もう限界。そう出来るならとっくにしてる。
H4Y4T0にもSetoにも、あたしの気持ちは分からないでしょ。だって強いんだもん。
もちろん、2人が今の領域に至るまでに途轍もない努力をしてきたのは分かってる。
でも、2人が配信デビューしたのはあの大会の予選から。初めから圧倒的な強さを見せつけてきた2人と違って、あたしは経験ゼロから始めた。
だからあぁしろこうしろ、あそこはどうこうすべきだったって物知り顔で結果論を後出しじゃんけんで出してくるコメデモがずっとついて回ってきた。
あたしが反応しちゃうのももちろんよくないと思う。でも、負けたら戦犯扱いされて、結果論でマウント取られて、勝っても味方のお陰。
ざけんじゃねぇよ。
それでもTBが好きだから歯を食いしばってやってきたんだ。あんな風にさも簡単なことのように言われて、うんそうだねって返せるほど、あたしはできた人間じゃない。
「あたしだって…あたしだって楽しく配信したいし、見てくれるリスナーのみんなにも楽しんでもらいたい! でも言われっぱなしが悔しいから見返したいって思うのは間違ってることなの?」
「そう思うのは間違ってねぇよ。そういうコメントを拾うのが間違ってるって言ってんだ! 癖になってんだよ、嫌なコメント拾うのが」
「目立つからしょうがないじゃん」
「だから俺もH4Y4T0も消せって言ってるだろ? 自分で楽しくなくしてるって分かんねぇのか?」
「強い2人には分かんないよ! 弱いとか雑魚とか言われる気持ちなんて」
「分かんねぇよ。俺らはめちゃくちゃ強ぇからなぁ。弱くて叩かれた経験は確かにねぇわ」
「この…また馬鹿にして」
Setoの突き放すような言葉を聞いたとき、暴言を吐かずに踏みとどまった自分を褒めてやりたい。
ていうか、一周回って掠れ声しか出てこなかった。いつもの煽りみたいにプロレスで済ませられる精神状態ではとてもない。
あたしの気持ちが分からないなら知った風な口きくな!
気づけば、いつの間にか目からは涙が溢れていた。悔しい、悔しい、悔しい。
「Seto、もうちょい…」
「悪ぃH4Y4T0、ここは喋らせてくれ」
「…分かったよ。ただ言いすぎるなよ?」
H4Y4T0がいつもみたいにSetoを宥めようとするけど、Setoはそれを遮った。いいよ、そっちが売ってきたケンカだし。
「あぁ。で? お前はその意地のために一体いつまで自分と見てる奴らを不快にするんだよ」
「……」
何か言い返してやりたいけど、こればっかりはリスナーに申し訳ないと思ってたから言葉が出ない。
「見返したいって思うのはいいさ。それもモチベーションになんだろ。だけど、お前がネガティブなコメントを拾う限り、消さずにおく限り終わんねぇだろ」
「でも気に入らないの何でも消すとか言われちゃったことあるし…」
「それも消せばいいんだよ」
「でもそしたら誰もいなくなるかもしれないじゃん!」
言った瞬間、ヤバいと思った。売り言葉に買い言葉だったけど、これはライン越えだ。誰もいなくなる、そんなわけないのに。リスナーのみんなにあたしはなんてことを…。
「はぁ? 馬鹿かお前は。何言ってんだ、今すぐコメ欄見てみろよ。お前のリスナーはそんな狂った連中しかいねぇのか?」
「ごめん、今のはちがっ…」
「いいから黙って見てこいよ。そんで自分がどんだけ馬鹿なこと言ったのか思い知れ」
Setoに突き放されるがまま、あたしは通話をミュートにした。さっきまで怒りに支配されていた頭は冷や水を浴びせられたようで、一転してコメ欄を見るのが怖い。
まずはみんなに謝らないと。数秒目をつむって深呼吸をして、覚悟を決める。
「みんな…ごめんなさい。馬鹿なことを言ってしまいました。いつも応援してくれてるのに…」
頭を下げてコメントを眺める。がっかりしただろう。悲しませてしまっただろう。見放されたかも…。
不安と焦燥で鼓動は早鐘のよう。でも、受け止めないと。頭を上げたあたしは、流れるコメントに視線を向けた。
『大丈夫』
『元気出して』
『大丈夫だよ~』
『落ち着いたみたいでよかった』
『Setoも言い方キツかったしね』
『頑張ってきたの見てるから』
『許しました』
『ひーちゃん頑張って!』
『大丈夫!』
『2人にも謝らないとね』
「うっ……うぅっ……ごめん。…ごめんなさい……みんな、ありがとう」
10秒見れたかな。涙で視界がぼやけて見えなくなっちゃった。嗚咽を必死で抑えて、なんとか絞り出すように謝罪の言葉を繰り返す。
温かい。あんなひどいことを言ったのに、優しいコメントで埋め尽くされていた。全部がそうじゃないだろうけど、それでも短い間にあたしの目に映ったのは温かい言葉の数々で。
そうだ、あたしはこの人たちと楽しい時間を共有するために配信をやっていた。なのにいつの間にか、くだらない意地とプライドであたしのわがままに付き合わせてしまっていた。
もう辞めよう。あたしが大切にしないといけない人たちがこれ以上胸を痛めないでいいようにしないと。
結局、あたしが間違ってた。H4Y4T0もSetoもあたしを助けてくれようとしてたのに、今まであたしのために貴重な時間を割いてたくさんのことを教えてくれたのにカッとなってひどいことを…。
2人にも謝らないと。涙を拭って深呼吸を繰り返す。軽くあ~と声を出して話せることを確認して、あたしは通話のミュートを解除した。
「……2人とも、ごめんなさい」
「お前の思ったとおりのコメ欄だったか? 寄ってたかってフルボッコにするようなカスで埋め尽くされてたか?」
「ううん…みんな…みんな励ましてくれた」
「たりめぇだろ。そいつらを楽しませるために配信やってきたんだろぉが。目ぇ曇らせてんじゃねぇよ」
「うん…やっと目が覚めた」
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