第1章31 0から1へ
話にオチもつき、柊さんとも近くTBを一緒にプレイすることを約束して通話から退出した。
彼女のおかげで、懸念や不安がかなり払拭された。もちろん発言や距離感に気を遣うのは当たり前だけど、少なくともきまずさとか過剰な怯えはなくなったと思う。
その日の配信。冒頭で柊さんたちとのやり取りを知らない人達向けに軽く説明とひよりに謝ってからスタートした。
ひよりからも今日の柊さんとのやり取りで解決していることを説明してもらい、引き続き配信でコーチングしていくと伝えた。
コメント欄を見てみたけど、否定的なコメントはほとんど見受けられなかった。柊さんの言うとおり、好意的に受け止められてるのかななんて考えていると、
「てぇてぇを逃がすな」
なんて柊さんがいきなりコメ欄に書き込むもんだから勢いがさらに加速してる。
「ちょ、美月!? なんで身内が一番の厄介リスナーなのよ」
「あっ、ひよりの方にもいたんだ。こっちにも来てたよ」
「こっちは美月だけじゃなくて他のライバーもいる…もう! 面白がって」
へぇ、柊さん以外にぶいあど所属の人は知らないけど、結構見られてるんだな。応援してくれてるならありがたい限りだ。
「はいはい、もう解決したんだろ? そろそろ行こうぜ」
「そうだな。いつもどおり訓練場いくか」
すっかりこれまでどおりの雰囲気だ。それぞれ軽くエイム調整を行って感覚を整える。配信外でもプレイしてるからいらないっちゃいらないけど、もはや習慣だ。
ただこの後、俺たちのいつも通りに1つの変化が生まれた。
「やべ、ガバった…くっそ」
「おぉ!」
「あっ…やった! やったやったあぁあぁぁ!」
ついにひよりがSetoから1勝を挙げた。今日の戦績的には7対1で圧倒的に負けてはいるけど、ついに刻んだ1という数字。ひよりのこれまでの努力が明確に刻まれた瞬間だ。
「ついにやったね。おめでとう」
「うん! ここまで長かったぁ…。1勝するのにこんなにかかるなんて。まぐれでもホント嬉しい」
「まぐれじゃない。さっきの1戦はひよりがSetoを上回ったから勝てたんだよ。なぁSeto?」
「……」
Setoはさっさと自己蘇生してすでに起き上がっていた。普段の人を食ったような雰囲気は鳴りを潜め、マグマのように激情が渦巻いているのがひしひしと伝わってくる。
ひよりもその雰囲気を感じたのか黙ってしまう。まぁ怖いよなぁ。実際キレてるだろうし。とはいえ撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴って偉人の名言があるしな。
「初めて一本取られた感想は?」
「チッ、うるせーよ」
「またまた。今までひよりをサンドバッグにして散々煽ってきたんだから、今回はちゃんと弄らないと」
「わぁ~ってるよ! さっきのは確かに俺のがザコだった。認めるよ。まさかこんなに早く一本取られると思ってなかったってのに…くそ」
いや~、めちゃくちゃ悔しそうだね。実際、戦績で見れば圧勝でもSetoからすれば今日はこれだけで敗北って感じだろうし。
始めたてのころの動きを見て、大会終わるまでに何回か勝てれば御の字ってぐらいに開きがあった。それをここまで前倒したのは間違いなくひよりの練習の成果だ。
Setoもそれは認めてるけど、実際負けてみると思いのほか悔しすぎたってとこだろう。
「お~、今回はちゃんと素直に言ったな。偉い」
「ね、めっちゃ意外。意外過ぎてテンション落ち着いちゃった」
「言いたい放題だなお前ら」
「そりゃあ散々おもちゃにされましたからねぇ。積りに積もった恨みでぺしゃんこになりそうだったし。ねぇ、ザコさん、あっ、間違えた、Setoさん?」
「ぶふぅっ」
怖いもんねぇのかこいつは! まぁSetoの雰囲気見て大丈夫と思ったんだろけど。いや止めないけどね? バカおもろいし。
「てんめぇ! 上っ等だぁ! しばらく盾突く気も起きねぇくらい擦り潰してやる」
「この程度で済んでありがたいと思いなさいよ! もうじきもっと負けるようになるんだから」
「お~っほぉお~、言うねぇ。とりあえず構えろよ。その思い上がりをへし折ってやる」
さすがに2連勝とはいかなかった。なんならこの後はSetoが圧倒。ただ、今日はそのあとひよりを煽るような真似はしなかった。
さぞ危機感を感じているんだろう。ひよりの言った”もうじきもっと負けるようになる”って言葉が、現実になる気配を感じているだろうから。
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