第1章29 柊さん その1

 翌日、起きてから改めてエゴサしてみて、寝ているうちに燃え上がったりしていないことを確認してから、ルーティン化した練習をこなしていた。


 キリのいいところで一息ついていると、5分ほど前にひよりからメッセがきていることに気が付いた。


「いきなりごめん。今同期の子とTBの配信してるんだけど、できればトリオでやりたいねって話になって。忙しいなら全然いいんだけど、もし来れたら。昨日のこともあるし、いつもの配信の前に軽くクッション挟んどくといいかなって思って。」


 なるほど。確かに今日の配信の最初どんな感じで始めたらいいか悩んでたとこだ。ひよりも色々気を遣ってくれたんだろう。ありがたい。


「了解。俺は配信の枠は取らないで行くよ。あと、最低限確認してからいくから、その同期の人の名前教えて」


 すぐにひよりから返事が届き、コピペされたぶいあどの公式サイトへのリンクを開いた。


 えっと、柊 美月さん。水色の髪といかにも元気そうな雰囲気だな。背景に夏の砂浜が浮かぶようないかにも”陽”って感じ。


 同期ってことはひよりと一緒に配信を始めたのか。なら気心も知れてるんだろうし、昨日のこともひよりから話があったのかもしれないな。


 駆け足の確認を終えて、俺はひよりに準備完了と連絡。ひよりからも通話の招待といつでもどうぞと返事が届いた。


ポロン

「あ、お疲れ」

「お疲れ様です。初めまして、H4Y4T0です」

「キタ~! H4Y4T0さんだぁ! こちらこそ初めまして。柊 美月です。大会見ました。めっちゃすごかったです!」

「あ、見てくれてたんですね。ありがとうございます」

「見ましたよ。どの試合もヤバかったけど、最後の試合で腰撃ちスナイパーでぶち抜いたの鳥肌立ったもん!


 思った通り、柊さんはすごく明るい感じで話やすい人だった。柊さんもTBはよくやるらしく、Tierも最高到達Tierはダイヤ2とかなりの上級者だ。


「美月、このままだと雑談配信になっちゃうよ」

「え~、ぶっちゃけうちはそれでもいいけどね。H4Y4T0さんに用があるし」

「俺ですか?」

「そうそう」


 俺に用事っていえば…多分昨日のことだよなぁ。怒ってるって雰囲気じゃないけど、軽いお説教ってとこだろうか。


「てぇてぇ警察です! 両手を上げろ! 無自覚てぇてぇの罪で逮捕します!」

「……はい?」


 あまりに想定外なノリと展開に思わず呆けてしまった。


「まぁ無自覚っていうかガチで知らなかったっぽいけど、楠に聞いたのは逮捕案件だねぇ」

「ちょっと美月、変なこと言わないで! 昨日謝ってもらってるし、わざとじゃないんだから」

「いや~だってめっちゃ面白かったんだもん。あの時楠もどこから出してるか分かんないようなキョトン声だったし」

「そりゃまさかあんな質問くるなんて思わないじゃん」


 柊さんは大笑いしてるけどこっちはヒヤヒヤしてしょうがなかった。まさかこんな火の玉ストレートをぶん投げてくるとは。


「はぁ~面白い。まぁでも大丈夫だよ。H4Y4T0さんは心配だろうけど、好意的に見てる人がほとんどだと思うし」

「そうっすか? ガチ恋の人たちからしたら不快なんじゃないかと」

「うちら別にそーいう売り方してないしねぇ。それに、配信見てたら分かるけど、H4Y4T0さんもSetoさんもちゃんと線引いてるって感じするもん」


「そりゃあ頼まれたのはコーチングですからね」

「そう! 弁えてるってのがすごい分かるし、そのうえで全力でやってるってのも伝わるから見ててすごい応援したくなるんだよ」


 今までこんな風に直接俺らの配信の感想を聞いたことがなかったから、柊さんからの感想はとても新鮮だ。


「うちね、ほんとにH4Y4T0さんとSetoさんには感謝してるの。H4Y4T0さんは知らないだろうけど、2人がコーチングしてくれるまでの楠の配信けっこうひどかったから」

「そんなに?」


「うん、楠ってTBが初めて触れたFPSだからさ。指示厨とかコメデモが湧きやすかったんだよねぇ。で、上手くなっていくといつの間にか追い抜かれたことが気に入らない人とかが加わっちゃって」

「あ~…」


「で、楠も気にしなきゃいいんだけどどうしても気になる性格だし、知ってのとおりめっちゃ負けん気強いからさ。どんどん意地になって終いにはソロでやるようになったりして、自分で自分の首絞めちゃってたんだよね」

「だって…悔しいじゃん」


 さっきまで大笑いしていた柊さんの声音はいつの間にか穏やかだけど若干悲しげで、ひよりの声はひどく弱々しかった。二人とも、ちょっと前までの記憶を思い返しているんだろう。

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