第1章21 生活力ブロンズ
余裕だと思ってたのに、工程が少し増えたら一気に難易度が跳ね上がりやがった。
巻き寿司(魚を切る、きゅうりを切る、米を炊く、皿に盛る、海苔を巻く、提供する)が滅茶苦茶難しい。
特に米がヤバい。火にかけて炊かないといけないんだけど、目を離せばすぐに焦げてやり直し。
皿も新たに使うには使われた分を洗わないといけなくて、俺は完全にパニックになっていた。
「あぁもう、お米と皿洗いはあたしがやるから、H4Y4TOさんは魚を拾ってきゅうりと一緒に盛り付けて!」
「はい!」
「はははっ、H4Y4TO怒られてやんの」
「あんたもいいかげん魚ばっか切ってないで海苔持ってこい!」
「はい!」
完全に普段の立場とは真逆の構図になってしまっていた。俺とSetoが足手まといで楠さんのオーダーのもと駆けずり回っている。楠さんが俺と役割を替わってからどうにかこうにか厨房が回りだした。
タイムアップとなりスコアを確認すると、ギリギリではあるがクリア。もう、めっちゃ疲れた。
「…舐めてたわこのゲーム」
「…俺も」
「もぉ~だから言ったじゃん。二人ともTBではあんなに強いのにこんなポンコツになるなんて」
「おい、ポンコツ言うな。料理なんて普段もしないんだからしゃあないでしょ」
「一人暮らしって言ってたけど不健康そう」
「若いからいいんだよ」
「うわぁ...なんかSetoさんみたいなこと言ってる」
「おい、ちょっと俺らより得意だからって調子乗んなよ」
言われたい放題だ。でも実際、こんなにテンパるとは夢にも思わなかった。キャラクターのデザインは可愛いのにゲーム自体は結構ガチ。
効率的に考えて動かないと時間だけがどんどん過ぎていってしまう。TBならどうすればいいかが瞬時に出てくるのに、このゲームでは全く同じように先を見通すことができなかった。
「実際、普段はどんな生活してるの? ここ最近の食事は?」
「エナドリとカップ麺」
「…うわぁ」
「そんな引かなくても」
「生活力ブロンズだぁ」
「あっははは、生活力ブロンズって…。やべぇ、超おもれぇ。あっははははは」
「……」
Setoが机をバンバン叩きながら笑い転げてやがる。コメントをちらっと眺めると草だのwだので大盛り上がりだ。どいつもこいつも馬鹿にしやがって。
「大笑いしてるけどSetoさんはどうなの?」
「俺? 昨日の晩飯は肉じゃがとサラダとコンソメスープだっけか確か」
「えっ…。逆にしっかりしすぎてて怖いんだけど」
「あぁ、俺が作ってるんじゃなくて彼女が作ってくれてっから」
「うえぇえぇええええぇぇ! 彼女いるのぉ?」
あまりの大声にノイキャンが作動して叫び声の途中が聞こえなくなったわ。それにしてもめちゃくちゃ驚いてるな。
俺は付き合い長いからたまに話すこともあるけどたしかにそんなに配信では喋ってないか。
「そんな驚くことかよ」
「いや驚くでしょ! いつから付き合ってるの?」
「ぐいぐい来すぎだろ。元々幼馴染で、中学のころに付き合い始めたからもう5年くらいじゃね」
「すっご~い! えぇ~、いいなぁ~。料理もしてくれるってめっちゃいい彼女さんだぁ」
「まぁ実際ゲーム馬鹿の俺の面倒見てくれてるしありがてぇよ」
Setoはぶっきらぼうな言い方するけど彼女のことは大切にしてるからなぁ。それにあの子はあの子でSetoのことほんとに大好きだし。
Setoといる時間を確保するために同じ大学に迷わず進学するくらいだから筋金入りだ。
「いいなぁ~、リア充かぁ~。ひょっとして…H4Y4TOさんも?」
「絶対来ると思った。毎日エナドリとカップ麺なやつにそんな相手がいるとお思いで?」
「それもそっかぁ。でも生活力ブロンズだから早めに介護してくれる人見つけないとだねぇ」
「今日絶好調だなあんた」
「あっははは、さ~て、恋バナ聞いて休憩できたし、そろそろ次のステージいこっか!」
「そだな~」
「また怒られる…」
「たまにこういうゲームやるのいいかも! 普段と立場逆転できてめっちゃ楽しい」
こうして俺たちは休憩を終えて再び厨房に立つのだった。俺とSetoが楠さんに怒号を飛ばされながら駆けずり回ったのは言うまでもない.
慣れないゲームでめっちゃ疲れたけどわちゃわちゃ騒いで楽しめた。リスナーも面白がってくれたみたいだし、一番良かったのは3人が砕けた口調でやり取りできるようになったことだ。
「そうだ、もう口調はすっかり砕けたんだし、呼び方もさんづけやめない?」
「いいけど、何て呼べばいい?」
「任せるけど、ひーちゃんとか?」
「「パス」」
「なんでよ!」
「いやだって、Vのファンって怖いって聞くし…」
「それな。こんなことで変に小火騒ぎになってもたまんねぇし」
俺も別にそこまで詳しいわけじゃないけど、VTuber界隈は過激派が多いって聞くんだよなぁ。
アイドル売りしてる箱や事務所に所属してるとガチ恋勢もものすごい数いるらしいし。呼び方ひとつで炎上したなんてこともあったらしいから避けれる火の粉は避けるに限る。
「あ~、うちは別にアイドル売りしてるわけじゃないよ。それならそもそも二人とコラボとかできないし」
「それもそっか。まぁとりまひよりって名前呼びで」
「H4Y4TOに同じ」
「じゃああたしもそうするね。あ~面白かったぁ」
「俺はめっちゃ疲れた…。まぁでもおかげで打ち解けられたし。ひよりの提案のおかげだなぁ」
「ならよかった。二人とも、明日からまたコーチよろしくね」
「うん」
「うぃ~」
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