第1章01 ハヤトとセト

 バラララララッ。小気味いい銃声が響き、目の前の人を模した穴だらけのパネルが消失する。今日何度繰り返したか分からない光景を見て、俺はマウスとキーボードから手を離した。


「ふぅ~」


 深く息を吐きながらゲーミングチェアにもたれかかる。目を閉じればすぐに眠りにおちてしまいそうなので、目元を指でもみながら、タンブラーに注いだアイスコーヒーを口に運んだ。


 ふと目を窓際にやると、1か月前に手にしたトロフィーが目に入る。今なお脳裏に鮮明に蘇る光景が、疲れた体を癒してくれるように感じられた。


 俺、橘 隼人はこの春から大学生となった18歳だ。地元の福岡を離れ、東京に出て一人暮らしをしている。


 時は4月、入学式を終えた日、慣れないスーツに身を包んだ新入生たちを待ち受けていたのは、獲物を狙う目つきをした上級生たちからの歓迎と、頼んでもないのに積み上げられていくサークル勧誘のチラシの山だ。


 俺の身長は176cm、体重65kg。やや細めの体格でルックスも天から並み程度は与えられているとは思う。


 手に持つチラシの中から気になるテニスサークルやイベント企画系のサークルの新歓コンパに参加し、知り合った同級生と片っ端から連絡先を交換。気になる女の子と連絡をマメにやり取りし、カラオケに行き、ゲーセンに行き、一緒に学食に行き、最後は夢の国でカップルに。


 そんな誰もが思い描くありがちで刺激的なキャンパスライフ……とはならなかった。


 目をぎらつかせた先輩たちをなんとか躱し、手にしたチラシを最寄り駅のゴミ箱にぶち込んで帰宅するや否やPCを起動する。


 ヘッドフォンを装着し、素早い起動とともに画面に立ち上がるのはTriumph Bulletだ。生活の大半をこのゲームに注ぎ込んでいる。


 今の俺の生きている理由と言っても過言ではないくらいに、俺はこのゲームにのめり込んでいた。


 Sleeping Leoというチーム名で参加した18歳以下の日本大会決勝を最速で制した俺たちは、数多くのプロチームや企業からスカウトを受けた。


 俺のこのゲームでの役割はチームの司令塔となるインゲームリーダー(通称:IGL)。戦闘の流れを把握し、移動などのムーブや戦闘の指示を出す役目だ。


 先日までただの高校生だった俺にとってはびっくりするような待遇のオファーも多かったけど、俺はその全てに対して断りを入れた。


 プロになりたくないわけではない。もちろん、世界大会も大興奮しながら見たし、自分もその世界で戦いたいと思っている。


 ただ、どうしても自分がこいつらとと決めたメンバーで挑みたいという気持ちが強かったんだ。大会を制したチームのうち、一人はとある大手のプロチームに加入した。


 仲も良かったし、本人ともしスカウトがあったときは本人の希望を尊重すると約束したうえでの加入だったので何も文句はない。円満な離脱だし、今も近況をやり取りしあう関係だ。


 そんなわけで、今のSleeping Leoは欠員1名という状態で活動している。やっぱチームに加入してからあと一人を探したほうがよかったかなぁという考えを振り払いながら、休憩を終えて再びヘッドフォンを付けたとき、


「ピロン」


 常時起動している通話アプリの通知音が鳴った。チームの通話部屋にいつものアイコンが表示され、やがて眠たげな声が耳朶を打った。


「おいっすぅ~」

「う~っす、寝起きか?」

「あぁ、気づいたら3度寝してたわ」

「声ガッサガサやん」


 寝起き丸出しの声で通話に入ってきたのがSeto。Sleeping Leoの火力担当だ。俺のオーダーを忠実に守り、馬鹿げたエイムとキャラコンでキルの山を築いていく。このあいだの決勝大会も、合計20キルを叩き出した正真正銘の化物だ。


 実際、大会後のスカウトが一番多かったのがSetoだ。IGLが出来るプレイヤーは少ない。


 そのため需要もあるんだけど、どのチームもすでに優秀なプレイヤーを抱えており、そのIGLの指示のもと火力が出せるプレイヤーが求められている。


 大会で圧倒的な火力を見せたSetoは、個人としても多くのオファーがあったけど、


「俺はH4Y4T0のオーダーでやりたいし、H4Y4T0と選んだメンバーでどこまでやれるか試したい」


 と悉くを突っぱねたのだった。俺もSetoと別々のチームに所属してのプロ活動は考えていなかったし、認識が一致していることはとても嬉しかったけど、その分、早くチームを再結成して大会に向けて準備をしたいという焦りが日に日に増していた。


 この1か月、チームの再始動に向けて模索をしているが、どうにも2人がピンとくるプレイヤーは現れていない。


 4か月後には世界大会に向けたプロリーグ予選が始まるため、そろそろ体制を決めないと本気でヤバい状況ではあるのだが…。


「いつものやってんの?」

「そだよ。もうじき終わるけど」

「レートは19時からだよな? 配信つける?」

「つけるつける。あ~、@1(あと1人)は探しとくよ」

「おけ~い、んじゃ飯食ったら俺も訓練場潜るわ~」

「りょ~」


 気の抜けたやり取りを終え、ポロンという通知音とともに通話が切れる。さて、続きを始めますかと思った矢先、先ほどのアプリからメッセージの通知が届いた。


 なんだよ、とチャットを開くと、それはとある大手プロゲーミングチームのオーナーからのものだった。


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