「この名前は既に使われています」

@uji-na

第1話 磐司磐三郎

 自業自得。

 因果応報。

 身から出た錆。

 今の私を言い表すのにふさわしい言葉だ。

 高額家電である「次元転送装置」を違法改造したために、次元の歪みとも言うべき奇妙な空間に放り出されてしまったのだから。

 無駄だと分かっていても、私は情けなく叫んだ。

「……誰か……誰か助けてくれ! 金ならいくらでも払う!」


§


 私の名前は磐司ばんじ磐三郎ばんざぶろう

 大雑貨店「磐司屋」を営む大豪商の一人息子である。

 我が家は代々商人あきんどの一族で、かく言う私も「磐司屋」の次期社長となることが決まっている。

 これは自慢だが、私は幼い頃から金に困ったことがない。

 であるから、そこいらの人間では目玉の飛び出るような高額な買い物も気軽にできる。

 その買い物の一つが「次元転送装置」だ。

 大層な名前だが、装置のポッドに乗り込み遠方へと短時間に移動することが出来るというだけの便利グッズに過ぎない。

 気軽に国内旅行を楽しむのには良いが、それも繰り返せば少し物足りなくなってくるというものだ。

 せっかくなら、ハワイ辺りまでひとっ飛びして、アロハと洒落込みたいではないか。

 そんな安易な考えで、私は「次元転送装置」を改造した。

 当然ながら、転送で外国に出かけるなんてことは不法入国であり、違法行為に当たるものだ。

 しかし、生まれながらに金持ちであった私は少々天狗になっていたらしく、その程度の問題は金銭でどうにでもなると深く考えなかった。


 ――結果、改造を施された「次元転送装置」は、次元転送の名に相応しい能力を発揮し、私を次元の狭間へと引きずり込んだのである。

「おーい! おーい! 誰かぁ、誰かいないのかぁ!」

 転送装置のポッドの中に声が反響するだけで、返事はない。

 何度も叫んだせいで、声は枯れていた。

 いつの間にか、私はその場でへたり込んでしまっていたらしい。


「助かりたいか?」

 突然の事だった。

 背後から女の声がした。

 ぎょっとして振り返れば、そこには仮面を付けた妙な女が立っている。

 私は弾けるように飛び上がった。

 飛び上がった勢いそのままに、その不審者とは反対側の壁に張り付く。

「だ、だ、誰……な、何者だ!」

「助かりたいのであれば、私の言うことをよく聞くことだ。バンザブロウ」

「何が目的だ? というか何故私の名前を知っている? お前は誰なんだ?」

 矢継ぎ早の質問に仮面の女は、うんざりとした様子で溜息を吐いた。

「いずれお前にも分かる時が来る。とにかくだな……」

 仮面の女がこちらに一歩距離を詰めた。


 それで、あまりの緊張から、私はついにパニックを起こした。

「うわああああ!」

「え? おいっ、ちょっと!」

 絶叫を上げながら腕をでたらめに振り回し、散々に暴れまわる。

 そんな私の姿は、後々になってから考えると、自分でも情けないと言うほかない。

 しかし、この時は「やらなければやられる。先手必勝しかない」という考えで頭が一杯だったと強調しておかねばなるまい。


 振り回した腕が、そこらじゅうの壁や物に当たるのも構わずに暴れ続けた。

 目をつぶっていたので半分も分からないが、もしかすると「次元転送装置」の操作盤にもぶつかっていたかもしれない。

 とにかく、そうこうするうちに、ポッドが激しく揺れ始め、私は足を滑らして床に激しく頭を打ち付けた。

「ぎゃあ!」

 直後、一際大きな衝撃と共に「次元転送装置」のポッドは沈黙した。


 頭がぐわんぐわんと揺れているが何とか体を起こす。

「っ……あだだっ」

 先程の揺れでポッド内は、荷物やら何やらで滅茶苦茶な有様だったが、先程の仮面の女の姿はどこにもなかった。

 背筋が寒くなって、勝手に体がぶるぶると震えてくる。

「……一体何だってんだ」

 ぶつけどころのない不満が零れたが、外が何やら騒がしいことに気が付いた。

 人の気配を感じると、自然と安心感が湧いてくるものだ。

 どうも、異次元空間で漂流し続けるという絶望的な状況からは脱することが出来たらしい。

「人がいる! 良かった助かった!」

 私は、慌てて立ち上がり、重い扉を開け放つ。

 外の光が差し込んできて、思わず目を細めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る