海よ、俺はまだその答えを知らない

堀井菖蒲

第1話 波は問う

 冬を待つ海になど、来るものではない。海岸沿いの道を、愛車を走らせながら京介は思う。北国の日本海は寒々しい色をしている。黒ずんだ水面を見ているだけで、体温を奪われていきそうだ。


 波は問う。

『これで良かったのか』と。


 まくれ上がる波が白波と共に命を終える瞬間、問いかけてくるのだ。

 繰り返し、繰り返し。


「良かったに、決まってる」


 吐き捨てるように呟いて、アクセルを開ける。FFの車を選んだのも、「正月故郷に帰れない」事への理由いいわけにするためだ。四輪駆動車で無ければ、札幌から留萌まで辿り着くことは出来ないだろう。もう、故郷は捨てた。二度と帰らないと決めていた。


 それなのに。


 早朝電話が掛かってきたので反射的に出てしまった。実家からの電話には常に居留守を使っていたが、思考能力停止中の着信に番号を確認するという手順を怠ってしまったのだ。


「お母さんねぇ、癌ができたのさ……。もう、長くないかもしれんから、顔、見せに来て……」


 弱々しい声に、嫌だとは言えなかった。休日は週一日しかない。祝日も盆も無い。一週間空けてしまうと帰京への抵抗が巨壁となってしまう。母に懇願されてなお帰郷しないという態度をとれば、今までの「忙しいからやむなく帰れない」というスタンスを崩してしまう。思考停止した状態を出来るだけ保ちつつ、身支度を調えて車に乗り込んだ。


 札幌から留萌まで、130㎞の道のりを行く。黒々とした海を左手に見るか、長いトンネルを抜けるか。似たような景色ばかりで、うんざりとしてくる。途中でいくつか廃墟と化した建物の横を通る。地方都市の衰退とか、蔓延したウイルスとか、さまざまな毒に負けたのだろう。時は確実に過ぎたのだという現実を、喉元に突きつけられる。


 別に何が嫌だと言う訳ではなかった。というよりは、何もかも嫌だった。自分は親に捨てられて、里親に育てられた。そこには既に実の子供が二人いて、自分を必要とする理由を見付けられなかった。両親が普通にくれた愛を、受け取らなかった。大学に行けという父の言葉を無視し、札幌で生きる術を勝手に見付けて、高校卒業と共に家を出た。給料の中から毎月1万円ずつ仕送りをしている。育ててくれた恩は感じている。だからこれでチャラにして欲しい。


 波は問う。

『これで良かったのか』と。


「良かったに、決まってる」

 吐き捨てるように、もう一度呟く。 

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