第3話対峙
ヤクモは従順でない女を屈服させる事が好きだ。それを考えると、今日のフウカは彼にとって少々退屈だった。いつかそうなる事を覚悟していたのだろう。ヤクモが押し倒し、衣服を剥ぎ取っても泣く事すらせず、ただあるがままにヤクモの欲望をその身に受け止めたのだ。
「まぁ、締まりは良かったがな」
下卑た笑みを浮かべるヤクモは、今度はどのように彼女を汚そうかと考える。彼にとってフウカは歳の近い兄妹ではない。単なる奴隷の女でしかない。さらに兄弟の序列で言えば、彼女は年齢順だと9番目になるのだが、フウカは母親の身分の為に19位、その弟のハヤトは最下位だ。つまり、ヤクモからしてみればフウカは自分の欲望をぶつけるためだけに存在するモノでしかないのだ。
基本的に兄弟間の序列は実力で決まる。そこに付加要素として生まれや性別などが関係してくる。例えば1から5までの彼の兄や姉、弟は完全に実力によってその地位を確立している。しかし、6以降はそうではない。事実、ヤクモも序列8位ではあるが、それは母親の一家の力と年齢によるモノであり、戦闘能力を考慮すると下から数えたほうが早いかも知れない。その証明の様に、彼の体は醜く太り、身長が170センチほどなのに対し、体重は100キロを超える。修行などかれこれ5年はしていない。
自分の体の上で腰を振る女は快楽をより味わう為に焚いた香で、完全に狂っている。ヤクモはこれでも使徒の息子である為か、そうした薬物には耐性があり、何も感じない。それが彼にとって少々退屈ではあった。
「あぁ、退屈だ」
ふと、心に飛来したそんな思いを口に出す。次の瞬間、彼の耳に外から悲鳴が届いた。次いで、扉が乱暴に開けられると、母親が駆け込んできた。元々はこの国の伯爵家の娘で、父に輿入れをする事になった第4夫人だ。乱暴者のヤクモとは異なり、臆病ですぐに逃げ出そうとするので、彼にとっては目障りな存在だ。
「ヤクモ、襲撃よ! 早く逃げて!」
そんな彼女が必死な顔でそう叫び、部屋の中に入ってきた。
「あ? ここにはカエンがいんだろ? 何で逃げなきゃなんねぇんだよ」
カエンは母親の実家である伯爵家から連れてきた剣豪だ。その実力は、実際に見た事がないので知らないが、剣聖であるハンゾーにすら届くとヤクモが勝手に思うほど卓越した使い手だ。何よりも以前見せてもらった、神より与えられた超常の力であるカエンの火法術は驚嘆に値するものだった。
「あぁ、カエンってこいつの事か?」
突然そこで入口の方から声が聴こえてきた。そちらにヤクモと母親が目を向けると、そこには、頭だけになったカエンの特徴的な弁髪を掴んだ少年が立っていた。
「やるよ」
そう言うと少年はベッドに向けてカエンの頭を放り投げる。そんな状況になっても快楽に溺れ腰を振っていた女にその頭はぶつかった。ヤクモはそれを見て急いで、女を盾がわりにするためにその首を掴むと一息に首の骨を折り、殺害する。修行はしていない上に醜く太っているが、彼の肉体は父である使徒の血を確実に引いているのだ。だからこそ、この程度の事は造作もなかった。しかし、彼が素早く行動したと思っている間に、その少年はすでに、ヤクモの母親を背後から縦に斬り裂き、文字通り真っ二つにしていた。
「お、お前は……」
「おいおい、弟の顔も分かんねぇのか? まぁ俺に豚の兄貴はいねぇか」
そこで漸くヤクモは少年の顔を認識する。
「ハ、ハヤト! 何しに来やがった!」
「言わねぇと分かんねぇか?」
ハヤトの体から殺意が漏れ出す。
「こ、こんな事をして、親父がお前達に何するか……」
「何もしねぇよ。あのクソ親父は。寧ろもっと殺れって言うぜ。なんせガキが20人もいて数が多いからな。それにテメェみてぇな豚なんざ、真っ先に親父の粛清対象だろうさ。だから俺が代わりに殺っても構わねぇだろ?」
その殺意が本気であると理解し、ヤクモは恐怖する。何せ彼が100回死んでも勝てないカエンを目の前の少年は殺害しているのだ。その手段は不明だが、少なくとも自分よりは強いのは確実だ。
「わ、悪かったって。ちょ、ちょっと味見しただけなんだからそんなにキレんなよ。怪我だって特にしてなかっただろ? フウカだって途中から良がってたしさ。あいつだっていい経験したんだから別に良いじゃねぇか。そ、それに俺が犯らなくたって、イズモがその内犯ってたはずだ。フウカは面だけは良いからな。イズモは他の奴の手がついた女は狙わねぇ。それにあいつに犯られた女は皆、最中に殺される。ほら、俺のおかげでお前の姉貴は助かったんだ。むしろ俺に感謝しても良いくらいだぞ!」
イズモは長男であり、ハヤトが唯一尊敬した次兄であったレイジを罠に嵌めて殺害した男だ。単純な実力ではレイジに僅かに叶わず、それを妬んだ彼はレイジを毒で弱らせた所を襲撃、殺害し、実力で序列入りしたレイジに自分の地位が奪われるのを防いだのだ。その性格は残忍で狡猾であり、人としての道理を持たなかった。
「言いたい事はそれだけか?」
「はぇ?」
ハヤトの質問に呆けた顔をしたヤクモの耳が突然斬り裂かれる。
「ピギィ!?」
「はっ、鳴き声も豚みてぇだな。なぁ、おい?」
「ヒィ、ヒィ、な、何をした!」
痛みを堪えつつ、それでも肉盾を手放さない様に必死に握りながら、ヤクモが叫ぶ。
「さぁ? 今から死ぬやつに教える必要があるか?」
「た、助け……」
「俺、思ったんだよ。どうすれば姉ちゃんに酷い事をした奴を苦しめられるかってさ」
ハヤトは自分の刀は前に立てて、その切っ先を見上げる。
「んで、思いついたんだ」
そしてニコリと笑った。ヤクモは恐怖に顔を引き攣らせた。
「少しずつバラバラに切り裂きゃいいってさ」
「な!?」
「なぁ、豚。凌遅刑って知ってるか?」
「な、何だそれ?」
「少しずつ、少しずつ、お前の肉を剥ぎ取っていくんだ。直ぐには死なない様にな。因みに200年前の南アカツキ国の王がよく犯罪者に行った刑罰らしいぜ。喜べ、200年ぶりにお前が味わえるんだ」
ハヤトはヤクモにゆっくりと近寄ると、肉盾となった少女の首ごとヤクモの指を斬り飛ばした。ヤクモの悲鳴が部屋の中に響き渡る。
「まぁ、俺は本職じゃないんで、ちゃんと出来ないかもしんねぇけど。直ぐにはくたばんなよ? っと、その前にまだちゃんと痛みを感じるうちにこの汚い一物は切っとかないとな」
痛みで床に転がるヤクモを蹴飛ばして、ハヤトは素早くヤクモの一物を斬り飛ばした。またしてもヤクモが大きく悲鳴を上げた。
「さてと、始めようぜ」
〜〜〜〜〜〜〜
それから300回ほど斬り刻まれて、漸くヤクモはその痛みから永遠に解放される事になった。ハヤトは自分が行う残酷な行為に対して、あまりの嫌悪感から血反吐を吐きながらも行い続け、およそ5時間程かけてフウカの為の復讐を終えたのだった。
「あぁ、最悪の気分だ」
屋敷を出たハヤトはそう呟く。初めて人を殺した事を不快に思う。
「こんな事をあと18回もしなきゃいけないのか」
母と姉を救うには自分が当主になるしかなく、その為には残り17人の兄弟と父親を殺害しなければならない。それを思うと憂鬱で仕方なかった。
「でも、母さんと姉ちゃんを守れるのは俺だけだ……俺だけなんだ」
改めて、ハヤトは自分に言い聞かせる様に言った。
「ふむ、その覚悟、しかと見せてもらうぞ」
突然横から声をかけられる。反射的にそちらに顔を向けて刀を構えると、そこには熊の様に大柄で虎の様に鋭い目を持った灰色の短い髪の壮年の男が立っていた。
「クソ親父……」
獰猛な笑みを浮かべるその男に、ハヤトは冷や汗を流す。現状の彼我の戦力差を瞬時に理解し、生唾を飲み込んだ。ゆっくりと、何の気負いもなくハヤトの父親、リュウゴは彼に歩み寄り、彼の頭に手を伸ばした。恐怖で固まった体は動かず、ハヤトは覚悟を決める。しかし彼の予想とは異なり、その無骨な手は彼の頭を撫でた。
「俺を殺したけりゃぁ、その腕を磨いて来い。そうすりゃハヤト、お前の望みは叶うだろうよ。カハハハハハハ!」
そう言って笑いながら歩き去って行った。その後ろ姿を見送ったと同時に膝から力が抜けて、ハヤトは崩れ落ちる。麻痺した様に足は動かず、体の震えは止まらなかった。
「クソが……クソがぁぁぁぁぁ!」
雨に打たれて寒いからだと思い込みたくても、その震えが純粋に父親に対して抱いた恐怖によるものだという事を理解し、ハヤトは雨の中咆哮した。
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