World End 外伝:ハヤトの章
@nao0899320
第1話よくある日常
今から一つ話をしよう。
なに、誰よりも優れた才能を有しながら、何も守れず、何も成せなかった愚かな男の話さ。
この話の結末はもう決まっている。もう一つの物語の主人公である「彼」を知っているのなら、皆も分かっているだろう。当然の事だけど、この物語は残念ながら悲劇で終わる。
それでもいいなら物語を始めよう。
出だしはもう決まっている。
『昔々、ある所に……』さ。
なんてね。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「あぁ、退屈だ」
まだ12、3歳ほどの少年が空を見上げて呟いた。黒に近い灰色の髪を携え、その黒に近い灰色の瞳には青空が映っていた。
「こんな所にいたのか。それにしても今日もまた随分と物騒だな」
突然背後から男が話しかけてきた。銀色の短く切り揃えられた髪に、顎には同じく銀色の髭が生えている。
「あ? ああ、おっちゃんか」
「師匠と呼べ、師匠と!」
「はいはい、師匠師匠」
「ふん、それでその椅子にしているのはなんだ?」
少年が座っているのは地面に転がって10人の黒い覆面をした黒尽くめの男達の死体のうちの一つだった。
「ん? あぁ、うちのクソ親父が手を出した女の一人が送ってきた刺客かな? 毒付きの武器で襲ってきたし。多分第二夫人のババアあたりだと思う。おっちゃんも賭けるか?」
「ふむ、この事は報告するつもりか?」
「はっ、まさか。あのクソ野郎なら喜んで、もっと殺り合えって言うだろうよぉ」
40歳程の、少年からおっちゃんと言われる男はそれを聞いて顔を顰めた。
「公爵にも困ったものだな。陛下にお話ししてみてはどうだ?」
「それこそまさかだ。自分の弟が奴隷に産ませた餓鬼の声なんて、あの日和見主義のおっさんが聞くはずねぇ。寧ろ何か言ってクソ親父を腹立たせる事の方を怖がるはずだ」
「……陛下も別に臆病な方という訳ではないのだが」
「どうだかねぇ。結局、親父が爵位を継がせる相手を選別するまで放置すると思うぜ。賭けてもいい。だってそうじゃなきゃ、兄貴は死んでないはずだ」
少年は腹違いの兄の顔を思い出す。彼が唯一兄と慕った少年は彼とは異なり、平民の母親から生まれた。しかし、20人もいる腹違いの兄弟姉妹間で行われているこの過酷な生存競争に負け、一年前に命を落としたのだった。
「そもそも、子供同士の殺し合いが行われている事をあのおっさんが知らない訳がねぇ。要は暗黙の了解として受け入れているのさ」
割り切ったようにあっさりと非人道的な現状を受け入れている少年を見て、おっちゃんと呼ばれる男は身震いする。彼らが住むアカツキ皇国は建国の父であり、神の使徒として非現実的な力を有したとされるカムイ・アカツキが消えて以降、その4人の子によって四つに分かれ、100年前に現皇帝の曽祖父が再統一してから後に争いらしい争いは存在しない。
つまり、少年の家はある意味でこの国に存在する魔境のような場所なのだ。強い者が上に立つべきだという現公爵の思想の下に20人もの彼の血を引いた子供達が殺し合いをする。それが暗黙の了解として広く受け入れられていた。それは偏に現公爵が、この世に実在する三柱の神の内の一柱でラグナと呼ばれる神の使徒である為である。つまり、周囲の人間とは隔絶した力を持つ彼に、誰も逆らうことが出来なかったのだ。
「まぁ、おっちゃん。見ててくれ。いつか俺があのクソ親父をぶっ殺すからさ」
そう言って少年、否、ハヤトは屈託なく笑った。それを見たハンゾーは改めて、異常な状況を幼いにもかかわらず完全に受け入れている、そんな彼の異質さに身震いした。
「虎の子もまた虎という事か」
ハンゾーはボソリと呟く。
「ん? なんか言ったか?」
「いや、なんも言っとらん。それよりも、そんな事を言うならさっさといつもの道場に来い! 儂が手ほどきしてやるから」
「えー、ヤダよ。おっちゃん、加減ってぇもんを知らないんだもん」
不満をすぐに口に出すような所だけはまだ少し子供らしさが残っており、ハンゾーは安心する。
「うるさい、黙ってついて来い!」
ハンゾーは問答無用でハヤトの右耳を掴むと歩き出す。
「わ、分かったって。だから耳引っ張んなよぅ」
涙目になり、ブツブツと文句を言いながらも、ハヤトは仕方なくハンゾーの後に付き従ってハンゾーが所持する道場に向かった。二人が消えたその場所には10の死体が放置された。しばらくして、彼らと同じ姿をした5人組が現れ、そこに転がる仲間に驚きながらも、密かに回収するのだった。
〜〜〜〜〜〜〜
ハンゾーはこの国で剣聖と呼ばれる存在だった。最強の剣士を決める4年に一度の大会に二十歳で初出場してから既に5連覇している。そんな彼が、奴隷の子供であるハヤトを鍛えているのは、ハヤトの才能の一端を知った為だ。その才能に魅了され、育てたいと思ったのだ。
二人の出会いは7年前に遡る。道場をこっそり覗きにきたハヤトを快く迎え入れた彼は試しにとばかりに木刀を持たせて、弟子に指導をさせた。その弟子が30分ほど刀の振り方を教えた所、ハヤトの異常な学習能力の高さにハンゾーは気づいた。そこで弟子の中でハヤトと年の近かった少年と試合をさせてみる事にした。しかし結果は一瞬だった。当時まだ5歳だったハヤトはその弟子に真正面から立ち向かい、ものの数秒で勝ったのである。
そして連勝を重ね、ついにはその場にいた弟子の中で最も強かった20歳の青年にすら敗れはしたものの、一撃入れる事に成功したのだ。その異常な才能に、ハンゾーは魅了され、それ以来彼はハヤトを指導している。今ではもうハヤトは肉体を強化する『闘気』と呼ばれる体内エネルギーを完全にコントロールし、『闘気』の最終形にして生半可な扱いをすれば命すら蝕むという『蒼気』すらも完璧に扱えるようになっていた。
その域にハンゾーが達したのは20歳を超えてからだ。剣聖すらも習得に10年以上かかった力を鍛え始めてまだ7年の少年が扱えるのだから、まさにハヤトこそがラグナ神に選ばれた存在だと、ハンゾーは思っていた。
しばらくして、ハンゾーとの激しい訓練に一区切りついた所で、バタバタと外から誰かが駆けてくる音が聞こえてきた。そしてバタンと引き戸が開けられると、
「兄様!」
と言って、腰まである灰色の長い髪を生やした8歳の少女が入ってきた。
「おぉ、アカ……ごふっ」
そしてそのまま、ハヤトの腹に頭突きをするように頭から飛び込み、あまりの勢いにハヤトの息が詰まった。
「シュギョーは終わったんだよね? ね? それなら早く遊ぼー!」
「ごほっ、ごほっ、ちょいと待て。まだまだ終わってねぇよ。なぁ師匠?」
ほんの一瞬だが嫌そうな顔をしたのをハンゾーは見逃さなかった。そしてこんな時にだけ師匠呼ばわりするハヤトに苦笑する。
「姫様、先ほど修行は終わりましたので、どうぞこの馬鹿弟子を連れて行ってくださいませ」
その言葉を聞いて、この国の姫であるアカリはパッと顔を輝かせた。
「うん! あ、それと、ツクヨはどこにいるの? さっきから探してるんだけど見つからないの」
ツクヨはハンゾーの5人いる子供の内の一番下の末娘であり、彼が目に入れても痛くないというほどに可愛がっている子で、歳の近さからアカリの遊び相手として選ばれていた。
「あの子ならお使いで妻と一緒に城下に買い物に出かけました。そろそろ帰っている頃だと思いますよ」
「分かった! 行ってみるね!」
「え? おっちゃ……師匠、まだ修行は終わってねぇよな?」
縋るようにハンゾーを見てくるハヤトにニコリと笑って、ハンゾーは告げる。
「姫様の護衛をしっかりとするのだぞ」
アカリの護衛は今も影に隠れて見守っている。それをハンゾーもハヤトも理解している。そのため、本来ならば護衛など必要ないのだが、そう言うとアカリが喜ぶのだ。元から姫という立場なのだが、彼女にとって敬愛するハヤトに守ってもらえるなど、気分はもうおとぎ話に出てくるお姫様だ。
「このクソ師匠!」
「ほらほら兄様、行くよ!」
「ホッ、ホッ、ホッ」
顎に蓄えた髭を撫でながらハンゾーは引き摺られて去って行く弟子と姫に手を振った。
〜〜〜〜〜〜〜
アカリとハヤトが知り合ったのは4年ほど前だった。当時から暇な時にフラフラと散歩する癖があったハヤトは探検と称してこっそりと皇宮に入り込み、気づけば道に迷っていた。本来なら見つかれば牢屋にぶち込まれる所だが、持ち前の勘の良さから遂には皇女宮まで辿り着いていた。
そうしてハヤトはアカリと出会った。そして彼はまだその時はツクヨという友人もおらず、一人寂しがっていた彼女に懐かれた。ハヤトはなんとなく可哀想だったのでそれからも何回か遊びに行き、彼女からはすっかり優しいお兄ちゃんという風に信頼されるようになった。
いつも平然と殺し合いを行うような殺伐とした家族に囲まれている彼にとっても、無垢なアカリは非常に新鮮で、初めは楽しかった。だがとにかくままごとや人形遊びに付き合わされるので、流石に10にもなると恥ずかしくて遊びに行く頻度は減った。しかし、そうすると今度はアカリの方が道場に顔を出すようになり、結局ままごとに付き合わされるのは変わらなかった。ハヤトも彼女を可愛い妹のように思っているので、側から見ればなんだかんだで自分に甘えてくるアカリを可愛がっているのは明白だった。
「はぁ、そんで、今日は何すんだよ?」
「今日はね、家出しよ!」
「はいはい家出ね……は?」
アカリの口から飛び出した言葉にハヤトは目を丸くした。
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